第6話意義と動機の真剣仕合

なあ、このままじゃこのネタが使えないじゃないか…しっかりしてくれよ”パラサイト”。

投げかけられた言葉はあまりにも空しくこの場に響いた。

このスキームが組みあがるまでに費やされた時間と様々なリソースと多大な「尊い犠牲」。

それらに何の敬意も示すつもりのないクライアントの言葉に空気は凍り付き、関係者一同の喉は干上がった。

かつての「聖典」が失われてからの失望と混乱の中で、そして様々な願望と妄執の中で必死に組み上げたこのネットワーク体系はもはや幻想の器では無い。実際の現場に稼働し、能力者達の命を繋いでいるライフラインの一つになっている…決して生贄の効率的利益化の為だけに存在しているわけではない。

携わった研究者達はその志を掲げて今にも反論を開始する算段を組み始めたが、「彼」からの一瞥を受けた瞬間に沸騰した意識と義憤は一気に冷めて感情が凍結される。

そう、この領域の全てを賄っているリソース全てが「彼」の資金力とマネタイズによってのみ成り立つという「事実」が一同の意思と精神を隷属させている。

そして「格付け」が終わったこの場において、無念と無力さを意識内に過剰なほど刷り込んできたこの場の「現実」は今一度自我意識の主権を自分に捧げることを要求してきた。


「それで、市ノ瀬さんはその場に帯同していてどういう感じ…ごめんなさい聞くまでもないことよね。」

「金嶋さんがこの話をどうして私に持ってきたのかを考えるのはとりあえず置いておきましょう…勿論任務ですから私情を挟むことはしません。しかし現地の状況があまりにも不自然すぎますね。」

亜希と菫は互いの手札を確認しつつ、この場のイニシアチブを手に取ろうと言葉組みを模索していた。

相手の持てる異能の手の内はわからないがここは相手の庭であり腹の中…余裕を崩さず「使用人然」とした佇まいで来客をもてなす亜希に対して菫は能力領域を展開しての心理戦に持ち込む事も考えた。

しかしこの斎木本家のSP隊と常駐している能力者全員を一時でも敵に回すのは小さな子供でもわかる愚策。

だがこのまま何の因果も知らされず現場に投入されれば面倒事処理の全ては自分が持たされる…確信めいた予感が菫の精神を灼く。

組織としてのアフターフォローぐらいはあるだろうがそれは自分が消し炭になった後の話。

生憎二階級特進に胸躍らせる趣味は無いし力で屈服させられて喜ぶ性癖とは無縁だ。

菫は今の状況をざっと俯瞰認識するとツリー上に広がる選択肢予測演算を始める…因果の支配には慣れていないがシナリオ進行のやり方は前線戦闘員である亜希さんより一日の長がある筈。最低限の人員保障は取り付けねば、ね。

明らかに自分に甘めの算段でこの場への回答を出そうとしている菫を観察していた亜希は人員評価の見直しを真剣に検討しようと思い至った。

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