episodes1

7年前の夏、当時10歳の私は、“誘拐”された。というのも新聞やテレビのニュースでそう騒がれていただけで、当の私は誘拐されたなんて思わなかったし今でも思っていない。

たった3日ほどで終わりをむかえた軟禁生活。

あの頃の記憶は断片的に思い出せるけれど曖昧で、唯一はっきりと覚えているのはあの人が私の手を引いて歩いてくれたこと。




現在、17歳、6月。




高校に進学するのと同時に地元を離れた。

私の地元は小さな田舎町で近所付き合いは当たり前のように行われ、良く言えば仲が良く困った時は頼れるが悪く言えばプライバシーがない。だから噂はあっという間に広まり、誘拐のことについては私たち家族が引っ越すまであることないこと言われ続けた。

私は気にしていなかったし気にもならなかったのだけど、両親は、特に母が心を病んでしまい地元を離れた今でも家の中に引きこもったまま。



am7:36



閉まったままのカーテン。薄暗い部屋。

テーブルの上の置かれている朝食とメモ。


“おはよう、ご飯温めて食べてね”


いつもの朝。母は私と顔を合わせようとしない。

電源を入れたテレビから流れてくる天気予報を聴きながら朝食を食べ後片付けをする。一昨日から梅雨入りしたらしい。用意されているお弁当を鞄に入れテレビの電源を消して玄関へ向かい白のスニーカーを履く。

シンと静まる部屋に呟くように



「いってきます」



と言い家を出た。




最寄り駅まで徒歩10分程。

梅雨のせいで湿気が肌にまとわりついて鬱陶しい。


駅のホームには制服を着た学生やスーツを着たサラリーマンで溢れかえっている。


眠たそうにあくびをしている人。


スマホの画面に夢中になってる人たち。


急いでいるのか早足でホームを行き交う人。


この光景も今では見慣れたもので、ただ一つ未だにしてしまうのは“こんな所にいるはずないと思いながらもあの人に似た背丈の人を見ると、どうしても顔を確認してしまう“ということ。


もしかしたら、なんてあるはずないのに。


揺れる満員電車。運良く座ることができた私は、某人気動画サイトで動画を観る。この時間が一番好きな時間。誰にも邪魔されず好きな人を画面越しではあるけれど見ていられる。耳につけたイヤホンから流れてくる音。今はもうテレビや新聞であの日のことや彼のことが報道されることはなくなってしまったけれど、このサイトにはあの日から連日報道されていたものを誰かが匿名で載せてくれている。私はそれを飽きもせず、暇さえあれば毎日観ている。どこの誰かもわからないこれを投稿してくれた人に感謝すらしている。

画面の中の彼はボサボサの髪にあまり綺麗とは言えない無精髭。

だらしのないスウェット姿。丸くなっている背中を画面越しにそっと人差し指で撫でると



「おはよう」



と、頭の上から声が聞こえた。スマホを伏せ、パッと顔を上げるとそこには私と同じ学校の制服を着た男がこちらを見ている。



「…誰?」


「えーっと、去年も同じクラスだったんだけど...」


「...あー、えっと...ごめんなさい」


「謝んないで!まぁ、話したことないし仕方ないか...。俺、碧、よろしくね砂緒ちゃん」




そう言ってにこりと微笑む碧。


正直どうでもいい。この人が誰とか学校とか。


どこから私の過去がバレてまたあることないこと噂されて母の耳にそれが届いたら、



...きっともう立ち直れないだろうなぁ。



死んでしまいそうな気がする。

親にはこれ以上迷惑をかけたくない。だから誰とも仲良くする気はない。




「そういえば、さっき見てたのなんの動画?俺もそこでよく動画見てるんだ」


「あんたには関係ないやろ...」




思ったことがつい口に出てしまいぼそっと呟いてしまった言葉は




「なんていったの?」




碧には聞こえてなかったみたいで、なぜか少しほっとした。

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僕たちの愛について 藤生 @ezoKen

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