第26話現状と戦場における希望的観測
今度の事態は「カトブレパスの視界」絡みだと?
前線に必須情報を伝えるラインは何をしている…意図的な分断は無かった筈だ。
一個師団が丸ごと崩壊してもおかしくない想定が脳裏を駆け抜けて吐き気がしてくる。
そう、「カトブレパスの視界」は有効範囲内の有機生物に心理学で言うところの「ゴーレム効果」を重度にかけるもの。簡単に言えば「培った自信や蓄積したスキルや固有能力を強制的にレベル1の状態にする」という反吐の出る異能だ。
それゆえに「視界」の中ではどれほどの英雄や救世主でも簡単に「村人A」状態の石像同様にしてしまう脅威の力である。
しかもその様子を目の当たりにすれば周囲の者達はまともな戦意はおろか逃げ出すことも考えられない状態になるが道理…即死を振りまいてくれたほうが遥かにマシという壮絶なものだ。
どうする…?今情報を伝達してはより不安と混乱を助長するだけ。しかしあの魔人を止められるのは「視界」の中で戦闘を続行できる心理掌握系能力者に限られる。
八方塞がりの状況の中、彼は不意に一人の少女の顔を思い出した。
彼女に借りを作るというのは寿命を十年差し出すくらいの覚悟がいることだが今はそんな事に躊躇してはいられない。
部隊の者たちの声にならぬ悲鳴が幻聴として聞こえる中、彼は震える手で秘匿回線のチャンネルを開いた。
「”学会”といい”ロスト”の事といい今度の事といい、私が見てこなかった間現世はどういう因果を進んできたと言うのですか?誰か説明できる者をここに呼びなさい!」
「斎木様…なにとぞご容赦を。我らとしてもこの至らぬ身を削って護っている者が有りますゆえ、寛大なお心でご理解頂きたく存じます。」
控えめに見てもヒステリーと表現するしかない感情の高ぶりの羽衣に対して側近達はへりくだりながらも
頑として現地の事に関して口を割らなかった。一言でも情報を漏らせば勇猛果敢な我が主が神器を持ち出して前線に行くのが目に見えているからだけでは無い。
…その場を締めたのが自分の「派閥」の者では無かったのもあるだろうが、それ以上に今の戦線維持の現状を把握されるとよろしくない事情は大きすぎた。
当代の飛天血統の若葉姫だけならまだしも始祖としての存在である羽衣に現存戦力としての役割を持たせておくのは様々な要素で危険が大きすぎる。
しかし我が主は黙って神輿に乗って大人しくしてくれる人間ではない…さてどうしたものか。
側近たちの制止を振り切り、いよいよ羽衣が業を煮やして謁見の間を出たそのとき、庭で満開の桜の木が大きく風に揺れて桜吹雪が舞った。
「あら…貴女がここを訪ねるなんてなんとも珍しいことね。ちょうどいいわ。屋敷の外でお茶にでも付き合ってくれる?」
羽衣の誘いに困った顔をしながらも、側近たちのアイコンタクトを確認した彼女は今回の前線での事情説明役を引き受けることを決意した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます