第14話理想的実像、客観的偶像

初雪でざわめく雑踏の中、一際目を引いた緋色のルージュ。

初めて見る彼女のさりげないおしゃれを素直に褒めておけばよかったと心底悔やまれた。

そしてその日に刻まれた幸せな記憶の数々はこれからの日常の糧となり、未来への希望となる事は違いなかった…

二度と戻らない刹那の永遠を日々慈しむことは、穏やかな日々の平和を享受している証なのだから。


「ふむ…”ラヴァーズアゲイン、出逢った頃のように”か。ちょっと少女趣味が過ぎるかな?」

「ほたるちゃん、貴女がそれを言うとは相当ね。」

机の上に投げ出された資料には”烏杜零の新境地!降り積もる新雪の中で少女のような初恋を”とのフレーズが踊っていた。

なかなかにベタな…いや直球な幻想の在り方は零の心を大分騒がせていた。

そしてこの「イメージ戦略」には組織の上層部も一枚噛んでいるため、逃げ道は無く拒否権も存在しない。

ほとほと困りかけた彼女は何とか求められているセルフイメージを掴もうとこの企画のヒロイン像を模索していたところ、そういう方面作品のヘビーなファンであるほたるに話を持ち込んだところからこの状況は始まっていた。

…が、しかしそうはうまく着地点が見つかるものではなく、この場の検討会は紛糾するばかりであった。

そんな状況の中朝比奈ほたる御大のダメ出しはとめどなく溢れてくる。

「そもそもが”異性の知識がまるで無い美少女が必死に悩んで、彼氏の喜ぶ姿を探そうと健気に頑張る”なんていうところが幻想のかたまりすぎると思いませんか?それに…」

「ちょっと落ち着いて。確かに貴女の容姿でそれを言われると説得力が違うけれど、求められているのはリアリティのある実像だけでは無いと思うわ。それこそその幻想のかたまりこそが要点でしょう?」

この期に及んで一分も納得のいかないほたるをなだめながら明らかな人選ミスを痛感した零はこの場で答えを得ることを諦めかけていた。

かなりの時間置いてけぼりのレモングラスティーはすっかり冷めてしまい、主張をやめてしまっていた。

そんなところに自分の今の状況に重ね合わせて切なくなってくるが、そこをぐっとこらえてティーカップに口をつけて一口含む。

すると涼やかな風が意識の中を通り抜けて零の自我意識の中に見覚えのあるシルエットが浮かび上がった。

それは家族や知人でもない見知らぬ顔をしていたが、確かに自分の世界を象ったものであるのを確信できる。自分のオリジナリティの根源はそこに起因しているのだという直感が走った。

その刹那の邂逅のあと、零は何かを思い至った。

そう、自分が演じられるものは理想的な偶像だけではないはず。

得られた閃きは瞬く間に脳裏に実像を結び、新たな世界の扉は開かれた。

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