第11話郷愁と邂逅の事前準備

…あのときの口説き文句は本当にひどいものでしたね?

通話口でのその言葉はだいぶ自尊心を挫くものであった。わりと気張ってキメたつもりで大失敗。

一昔前ならチェーン展開の居酒屋で「女なんてよぉわからねぇもんなんだよ」みたいな定番ルーチンを通過すればスッキリできたものだが、今の時代どこで関係者が聞いているかどんな形で情報がネットワーク上に上げられるかわかったものではない。

あまりにも肩身が狭いと感じてしまう世の中になった…かつての上司達は仕事さえ捌ければどんな人格や性癖も全肯定されていた気がする。その背中を見て昔ながらの「成功像」を夢見られた時代は遥か彼方に過ぎ去ってしまったのだ…

そこまで秘匿フォルダに書き連ねてから彼は一気にその文章を削除した。

目の前にぶら下がる破滅フラグはいつでも傷ついた心を癒してくれるものだが、その代償は積み上げた過去を失うだけに留まらない。

それは未来の可能性や周囲の人間の希望と展望も焼き尽くしてしまう紅蓮の炎である。今はそれを回避できる目算も受け止められる打算も無い…それは運命の女神の胸先三寸で決まってしまう事に変わりないのだ。

そして彼は気持ちを切り替えてこれからの運命像の提案を組む事にした。

女神の機嫌は天気の変化程度の優しさで予測できるものでは無いとわかっていながらも。


「えっと…藤宮、舞花さんでよかったのよね?」

「はい、そうですが…何でそんなに腰が引けているのか聞いても構いませんか?」

ふむ、いつものラウンジで話をする時とは流れる空気が違っている事を自認しなければなるまい。

エージェントたる少女達能力者達の保護者役として毅然とした態度で応対する千里であったが、彼女のプロフィールと藤宮という姓の取り合わせによる心理的圧力を感じてしまっている事は否定できなかった。

それは運命を圧倒することのできる斎木の血族とも違う、「宿命を受け止められる器」による迫力に違いないのだろう。

真由美はかの小さな大天使との対峙のときにその器の巨大さで世界的規模の悲劇を最小限に留めて見せた。因果の大改編が避けられなかったのは彼女のせいでは無い…それでも彼女は神ならぬ身で人々の運命を救ってみせた…神がかった力でだ。

そして目の前の少女からも「器の迫力」としか表現できない圧力を感じる。

能力を発現させているわけでも常時力場を発生させているわけでも無い筈だ…ルナ・リンクスの二つ名が示す彼女の異能には今のところリミッターをかけさせてもらっている。

しかしその状態でも彼女の存在は見上げた空の月のごとく遠く、神秘さと存在感を感じさせる…それは能力者一人が持てる限界を遥かに凌駕するものに違いない。

その天体級引力とも言える存在感を目の当たりにして、千里は能力者というカテゴリーからの話の段取りを丸ごと飛ばすことにした。

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