第10話認識の枷、意識の檻

どんな傑物でも戦う世界が無ければ英雄にはなれない。

どれほど優れた主人公でも環境の許容が無いままでは生きていけない。

…だからその為の枠組みが必要であり私はその礎となりたいと思う。

そう締めの言葉が客席に伝わったとき、うおぉー!という地鳴りのごとき歓声が上がり、壇上の彼はその熱気を受けて満足気に微笑んだ。

この場の空気は聴衆の魂と意思をとっくに焦がしており、収拾がつかない状態であるのは明らかだ。

これは想像の遥か上をいく事態になっているな…単身乗り込んだのはリスクが過ぎたかもしれない。

それにわざわざ最前列の席を取るんではなかった。始まって数分で客席の暖気運転が済んでいるから怪しんでいたが、この場は確かにGRN社…知的遺産統制機構だったかの構成員が詰め掛けているようだ。

少しでも脇が甘ければ秘匿情報の尻尾のひとつでも掴めるかと思ったがやはり現実はそう甘くは無かった。

…今の世の中虎の穴に馬鹿正直に虎の子を隠しておくわけはないか。

私はこの場に見切りをつけて退散しようとしてようやく周囲の違和感に気づいた。

周囲の人間が全員不自然なほどの慈母のごとき笑顔でこちらを見ている。

しまった…流し込まれるのは善意だけでは済まされまいな。

咄嗟に精神防壁の術式を展開しようと身構えたがすでに時は遅い。この講堂内の空気はちょっとした儀式場レベルの密度の魔力を帯びている。

私はせめてものメッセージを外の同僚に伝えるべく領域記憶の異能を展開していた。


「…ルヴィ…さま、アルヴィナ様。」

まどろみの中で呼び声をかけられてアルヴィナは意識を取り戻した。

それにしてもまた精神力を削る夢を見たものだ…夢見は結構いい方なのだが近々巫女に精神的な面を診てもらうことにするかな。しかし自分の名前を呼びかけられたのは幼い頃以来…その呼び方を許したつもりは無いはずだがどんな酔狂が紛れ込んだかな?

アルヴィナは天蓋付きの巨大なベッドから身を起こすと周囲を見回した…そこには傍仕えのメイドが何人かいて、今日の予定が大規模祭事だということを思い出させてくれる。

その事を気にも留めず、彼女はメイドの一人を呼びつけて先ほどの疑問を解決するため口を開いた。

「先程私の名前を呼んだ者は誰だ?まだここにいるのか?」

「ひっ…雷蹄皇陛下の御名を口に出すなどと不敬な真似をする使用人がここにいるとは思えませんが。」

呼びつけられたメイドは必死に意識を保ち、精一杯の理想的回答をなんとか紡ぎだした。

いつもなら起死回生のファインプレイに他ならないのだが、今朝のアルヴィナの気に障ったのは星の巡りが悪かったに違いない。

彼女の金銀妖瞳の涼やかな目元。そこに殊更鮮やかな緋色の光が灯ったとき、この場のメイド達はアルヴィナの精神の中の不穏要素を狩り立てる冒険に旅立つこととなった。

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