第9話炎の原理、氷の摂理

「対処されるのが織り込み済みだからこそ各方のシナリオ構築のやり方が見ていて面白い。そうは思わぬか?」

「ははッ…同感ですな。おっとこれでチェックです。」

コッと静かな音を立ててナイトの駒が十数手先のチェックメイトを告げた。

唐突な降伏勧告に目を丸くした老人は改めて盤上の戦況を俯瞰してみるが、当然のごとく逃げ場は無い。

見事にしてやられたのだ。

その様子を見て若者は溜飲を下げて敗軍の将のコメントをじっくり待った…そして存外なほど早く望んだ言葉は放たれる。

「うむ、一本取られたようだな。望みどおり貴君に件の案件の指揮を任せるとしよう。

実際に現場を任せているシルヴァへもこちらから言伝てておく…それで良いな?」

その言葉を伝えたことで老人はあくまで上からのスタンスを崩す事無くわが身の権利を譲ることを承認した。しかし若者は不服そうな態度を露にして主張を始める…得られて当然と感じていた権利が付属していないとの不満はかなり胸のうちを焼いていたようで、不躾な言葉はすぐさま溢れ出していた。

「殿下…僭越ではありますが、世界のアルカナの力を受け継いだとはいえそのレイドワークス家の小娘に一国の運命ひいては魔術文化圏全ての命運を背負わせるなど無理だと私は考えるのですが?」

本人はオブラートに包んだつもりの野心の炎はここぞとばかりに燃え上がっており、手がつけられない状態だ。それでも老人は若者へ孫を愛でるかのような感情を寄せることにした。

これから渡るであろう氷海の旅路の中、自らの灯りを彼が見失わないように。


「そう、ウィザースプーン氏が確かにそうおっしゃったのね。ディーナから事前に内情は聞いていたから特段驚くことでは無いけど随分困った事になったものねえ…」

シルヴァリアは使い魔から得られた情報をどう扱うか悩んだものだが、相手に意思疎通の意思が無いことを鑑みてその方向の思考を打ち切った。

…今まで提案してきたヴィジョンにはあまり文句がつかなかったので少しは許容してくれているのかと思いたかったが、以前片思いは続行中のようだ。

やはりユーリアに視てもらった未来は私の器量と裁量だけでは覆すのが難しいようだな。

煩雑に濁る意識の中、シルヴァリアは今一度自分の理想の在り方を模索する時間を確保することにした。

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