第4話臆せぬ魔神と熟知の王

毎日欠かさず綴り続けた黒歴史日記。

その中では現実の縛りや無力感の類はまるで無く、自分のイメージどおりのハッピーエンドが量産されていた。

努力は必ず実を結び、善行を積めば必然的に例外なく報われる世界。この世の楽園、その理想像だけが毎夜広がっていた…勧善懲悪という言葉が裸足で逃げ出すほどの綺麗で無欠なその在りようは彼女の意識と自我の拠り所であったに違いなかった。

そしてその世界は肥大化を続けて彼女の”リアル”を侵食するに至る。

創造者の意識を糧として外に這い出た理想像は周囲の理不尽や不都合を丸呑みしてついには「現実感」をも我が物として自分の支配下に置くに至った。

さらに彼女の望まぬ因果を紡ぎ始めて物理的異界を形成するようになった「それ」は周囲一帯の因果も決定する程に強大なものとなっていった…それが人々の意思決定に干渉するようになるのは必然の帰結だっただろう。

いずれその「世界」そのものが”神”と認識されるのもまた自然な事であったのだ。


「…それで、話っていうのは例の”神の私見”についてだったよね?ミス・アリステイル。」

「プライベートの場でそう呼ばれるのは好きじゃないわ…ヨハネスと呼んで頂戴。」

ヨハネスはこの頃の世界変動に少々食傷気味であった…人工の神的結界が実用レベルで稼動中ということに始まり、因果や摂理に干渉する能力者の爆発的増加、冥界や天界からの侵攻など何一つとっても「神の奇跡」を具現化したようなレベルの案件ばかりが報告される現状にさすがの自分も何を基準点にしていいのかわからなくなる始末だ…。

この世界の「現実」とは哀れな子羊たちでも全うな幸せを享受できる世界ではなかったのか?

カバラのセフィラとして「聖典」の教えを体現しなくてはならない今の立場、そして受け継いでいかなければならない自らの「家族」の居場所たる世界的企業グループと傘下の基盤。

今や「神の奇跡」たる己の摂理結界だけではこれからの日常の維持すら困難なのは目に見えていた。

そういう経緯を把握してくれているはずの彼女にアポイントを取ったまでは良かったのだが。


「ではヨハネス…今の現状についての貴女の見解から聞かせてくれる?」

やはり始まったか。彼女の期待以上のプレゼンができなければこの先の未来は明るくない事は確かだ。

この先の永劫の服従か断頭台に上るか選べという事態予測がヨハネスの意識を炙り続ける。

その様子を楽しげに観察する彼女は聖母のごとき笑顔でプレゼン開始を促してきた。

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