旅の仲間

 女の子は楽しそうにケラケラ笑った。小夜子とふたりでひとしきり笑い、息も絶え絶えになってきたころ、ふいに真剣な面持ちになった。


「それにしても、わたしどうしたのかしら……」

「どこから来たか、わからないの?」

「うん……あなたは、ここの人?」

「まさか! きっとあなたと同じところから来たんだと思うの。あなた……えっと……名前は?」

「タエ」

「タエちゃんね。わたしは小夜子。ついでにこの子は神楽。わたしの道案内役なの」

「道案内? どこへ行くの?」

「どこって、帰るに決まってるじゃない」


 タエの目が輝いた。


「帰れるの?」

「たぶんね」

「小夜子どの、小夜子どの」


 神楽が呼びかける。


「なによ」

「多々良村のためでもあるのですよ。忘れないでください」


 神楽は必死だった。そのために来たのだから当然だろう。多々良村を救わずに帰られてしまっては、巫や村人に合わせる顔がない。


「同じことでしょ。天つ山の岩戸を開くんだから」

「そうですが、わたしは多々良村のために、小夜子どのを案内させていただいているつもりです」


 小夜子はめんどうだと言うかわりに首を振った。


「そんなのどっちだっていいじゃん。ちゃんと多々良村を救って、わたしもちゃんと帰る」

「ご立派でございます!」


 神楽は感激のあまり、小夜子の手を握って、ぶんぶん振る。


「ちょ、ちょっと……」

「それでこそ異形なる者です! 正直、小夜子どのが使命を果たすおつもりがあるのか、疑わしかったものですから」

「失礼ねっ! ……って、それ言ったら、タエちゃんも異形なる者なんじゃないの?」

「え? わたし?」


 突然話の矛先が自分に向いて、タエは目をしばたいた。小夜子も神楽もそんなタエを見つめた。


「うーむ。たしかに」


 神楽がうなる。


「なんの話なの? 異形なる者って?」


 不安げにたずねるタエに、神楽は多々良村に伝わる例の言葉について説明した。水が涸れたこと、天狗の涌き水のこと、天つ山の岩戸のこと。この世界と人間界に往来があったことと、具楽須古の種のことを小夜子がつけ加えた。


 全て話し終えた時には、もう日が暮れかけていた。

 みかん色の夕日が天つ山にかかっている。


「……よくわかったわ」


 タエはしっかりとかみしめて言った。驚いたのは小夜子だ。


「わかったって、タエちゃん、こんな話を信じるの?」


 タエはくすくす笑う。


「なに言ってるのよ。小夜子ちゃんが話してくれたんでしょ?」

「そうなんだけど……わたしは話を聞いてからすぐ信じたわけじゃなくて……でも、タエちゃんは今初めて聞いたのよ? 疑ったりしないの?」

「どうして疑うの? こんな荒れ果てた土地も、角の生えた子供も、その話を信じなくちゃ説明がつかないわ」

「だから、なぜ、この世界そのものを信じられるの?」


 小夜子にはどうしてもわからなかった。自分がずっと夢だと信じて疑わなかったことを、タエはいともあっさりと受け入れている。

 小夜子の勢いに押されて、タエはおずおず答えた。


「えっと……普通の毎日の中にも不思議なできごとが隠れていると思っているから、かな」


 普通の毎日の中にも不思議なできごとが隠れている……。小夜子はその言葉を心の中で繰り返した。


「それにね」


 タエが続けた。


「わたし、よくあるの」

「え? こういうことが?」

「うーん。こんなふうにちがう世界に来ちゃったのは初めてだけど、人魂を見たり、雪女に会ったりしたことがあるの」

「大ばあちゃんと同じだ……」


 小夜子はつぶやいた。


「ん? だれ?」


 タエが首をかしげる。


「え、ああ。わたしのひいおばあちゃんも同じようなこと言ってたなぁと思って」

「へえ、そうなんだ。けっこうよくあることなんだね」


 タエは嬉しそうだった。もしかしたら信じてもらえないことも多いのかもしれない、と小夜子は思った。小夜子が大ばあちゃんの話を信じていなかったように。


 なんだか、すごく大ばあちゃんに謝りたくなった。帰ったらすぐに謝ろう。今まで、作り話だと思っててごめんなさい、って。


「今日はここで野宿ですね」


 神楽が背負っていた風呂敷包みを下ろした。

 いつしかあたりは夕闇に包まれていた。


「ごめんなさい。わたしのせいで遅くなってしまって。急ぐ旅なのに」


 タエはぺこぺこ頭を下げた。


「いえ、タエどののせいではありません。わたしたちの足で進める道のりはこんなものです」

 神楽が言った。実は彼がまだまだ歩けたのを小夜子はわかっていたが、そのことは黙っていた。代わりに、今思いついたことを提案した。


「そうだ。タエちゃんも一緒に行こうよ」

「え? 天つ山の岩戸へ?」

「うん。具楽須古の種を見つけて、一緒に元の世界に帰ろう」

「……いいの?」

「もちろん。ね、神楽」


 神楽はにこやかにうなずいた。


「そうですね。旅は道づれと言いますし」

「こっちにもそんな言葉があるの? わたしたちの世界にもあるわよ。旅は道づれ世は情けってね」


 小夜子の言葉に、神楽は興味を示した。


「なるほど。いにしえにふたつの世界に往来があったというのは、どうやら本当のようですね。ところで、それってどういう意味なんです?」

「えっと、たしか……旅先で同行者がいると心強いように、世の中を渡るには思いやりの心を持つことが大切だって意味だったと思うけど」

「小夜子ちゃんって、よく知ってるのね」


 タエは感心しきっている。


「わたし、大ばあちゃんの話をよく聞いていたからさ、そういうことわざみたいなのも教えてくれたんだよね」


 小夜子の心にまた大ばあちゃんの姿が浮かんだ。わたし、すごくかわいがられていたんだなぁ、といまさら気づいた。


 黙りこんでしまった小夜子に、神楽が竹筒を差し出した。


「お水です。喉が渇いたでしょう」


 小夜子は一口飲んで、タエに渡した。タエも「いただきます」と口をつけた。それから、ためらいがちに神楽に目をやった。神楽はすぐに理解した。


「どうぞ。小さなお友達にも差し上げてください」

「ありがとう」


 首から下げた竹筒を指先でコツコツと叩くと、例の動物が顔を出した。タエが手のひらにたらした水をチロチロなめている。喉がうるおうと、タエの頭や肩を走りまわった。小夜子はずっと気になっていたことをたずねた。


「それって、ハツカネズミ?」

「ちがうわ。これでも狐なのよ」

 小夜子はまゆを寄せた。

「こんなに小さいのに?」

「うん。管狐くだぎつねっていうの」

「だから竹筒に入っているのですね」


 神楽は納得してポンと手を叩いた。

 管狐は、よく見ると妙な姿をしていた。頭は狐、体はいたち。太いと思っていた尾は、二本に分かれていた。


「でも不思議だわ」


 タエは首を傾げて小夜子を見た。


「管狐は特別な生き物でね、ほかの人には見えないはずなのよ。狐使いの家っていうのがあって、代々女の人が管狐を受け継いでいくの。そうは言っても、わたしの場合はただ飼っているだけなんだけどね」

「ふうん」


 今の小夜子は、もうどんなことでも信じられた。だから、管狐の話も少しも疑ったりしない。

 けれども、どうしてもわからないことがあった。タエの飼っている管狐が、なぜ大ばあちゃんちにいたのだろう。あそこになんの用があったのだろう。管狐が現れなければ、小夜子だってこの世界に来ることはなかったのだ。

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