十年に一度





 一月後、十年振りの集まりが開かれた。

 各国の主を勤める竜人が集まる。

 空に、鳥より何倍も大きな姿が順にいくつも現れる。太陽の光に鱗を輝かせ、竜が飛んでくる。


 馬車は華美で権力を誇示できるものではあるが、竜人は、竜の姿に誇りを持つ。

 近場であれば馬車を好むが、国間を移動するために何日もかけるのならば、飛んでくる者がほとんどだ。

 ひとつ、ふたつ、みっつ、と次々と竜が降り立つ。いずれも、例外なく人の姿となると裸体だが、堂々と晒される体は美しい。衣服が簡単にかけられると、その一瞬、周りの者には芸術が損なわれたように見えた。



 *



 リリスは、窓から、続々と集まる竜人たちを見ていた。

 ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ……。


「始まってしまうな」


 この期間がやって来た。これからしばらくの間、この城に他の竜人は留まる。

 嫌で仕方がない。


 全てが到着したという知らせを受け、リリスは重い腰を上げ、重い足を動かして謁見の間に向かった。

 扉が開けられれば、広い場所には、各国の主たる竜人たちがずらりと立ち並んでいた。

 この地に来たときには出迎えられ、頭を下げられる立場であった竜人たちは、皆頭を垂れる。


 リリスは扉が開いた位置に止まり、その光景を見る。

 かつて、自分がこの国には集まり以外に立ち入ることを禁じた竜人たち。

 場には、竜人が纏う独特の空気が満ちていた。ぴりぴりと首筋がひりつく感覚がした。嫌な感覚だ。


「十年振りだな、『我が同胞』たちよ」


 人間より遥かに少なく、限られた『同族』を迎える言葉は我ながら白々しかった。

 リリスは部屋の中に一人入った。


 ヴィルヘルム以下、臣下たちはいない。その場には竜人のみとなる。

 定例会議の形で、十年間に起きた主な出来事が述べられ、現状も報告される。あるのなら、どんな問題が生じているのか。


「一部の地域で人間の数が増えすぎており、極端に飢餓等が引き起こされています。人間の寿命は短いものですが、人口の増加は近年著しすぎます。とは言え、どうこうなるものでもありませんが」

「私の地は逆で、三、四年ほど前に流行り病とかで随分減ったようです」

「私の地では、人間ではなく植物の方に一部被害が出まして……」

「精霊に治させたのか」

「ええ、最終的には収めました」


 国には、一般的に大国と呼ばれる規模の国もあるが、小国もある。それらの国に散らばる竜人は、総数としては人間よりずっと少ないが、一つの場に集まるには十分な数がいる。

 報告はそれなりの時間がかかり、一番奥に座するリリスは全ての報告を聞き、一日目はそれで閉幕とした。




 二日目から、この機会に持ち込まれる議題が次々と提示される。

 その中に、前もってアレクセイが持ってきていた議題が挟み込まれた。これが今回の大きな議題になり、余計に日にちを費やすだろう。


「既に陛下には原案の方を提出致しましたが、私は、各国の間に交易路を敷くことを提案します」


 アレクセイの父に当たる竜人が、蒼い瞳でリリスを見る。


「確かに確認した」


 国間の交易自体は現在ある。一番上にリリスという王がおり、その元に治められている国々だ。敵対しているわけでもないため、一国一国全てを自国の中で完結させる必要などない。

 アレクセイの父の提案は交易の拡大にあった。


「現在は取引をし合わない国々がある状況だな。それぞれ交易先が決まっていてそれ以上に広がらず、むしろ広げにくい状況になっているという指摘があった」

「指摘などと……ただ、我々が思うより早く、人間が多くを占める国の平民の世は変わり行きます。昨日耳に挟んだように、人間が急激に増えるなど、変化が早うございます」

「そうだな」

「各国での変化は一様ではないことは無論のことであり──我が国で、最近商人達の取引の幅を増やしたいという声を聞き、この際より多くの国との交易を国同士が正式に結ぶことで、それぞれの国々の変化を補い合うことも可能になるかと思います。我々が精霊をもって解決せずとも、人間達が自分達で調整し合えばいい」


 作物の大規模な不作があれど、他の豊作の国と補い合えればいい。自分達が何もしなくとも。


 ──自由を謳歌し、暴君に。


 この性質はリリスのような竜人の中の王のみのものではない。他の竜人も、治める土地で暮らし、働く人間の上には立つ。国であり領地に戻れば彼らが王だ。

 かの竜人の提案は、そういったものだった。人間に起こった問題を解決できる道は作る。あとは、自分たちですればいい。

 国の頂点に立つ竜人の生活はそうそう変わらない。手を煩わせさせてくれるな、と。


 竜人と人間は異なる存在だ。

 人間もそう感じるだろうが、竜人たちもそう感じている。そして、大方の竜人たちの見方は『下に見る』ものだった。

 実際地位として下に位置する人間だが、それを当然とし見下していると言っても差し支えない。

 元々の竜人の性質を思えば当然だ。

 竜人は強さを重んじる。人間が竜人より強いはずがない。弱い。弱々しい。精霊にも注意を向けられない存在だ。

 ゆえに王を本能的に崇めるのと同じく、彼らは人間を本能的に見下す。


 玉座に座るリリスは、それがいい、という囁きを聞く。

 裏に隠れた理由に気がつかなければ、文句なしにいい提案に聞こえただろう。


「海路の積極的な活用も視野に入れるべきでしょう」

「我々はあまり海を重要視して来なかったからな。船は、荷を運ぶには最適となり得る」


 今までどうして出てこなかったのかが不思議なくらいだった。

 おそらくいつ出てきてもおかしくはなかった提案だったが、今になった理由は一般的に竜人はそれほど人の営みに興味を抱かないからだ。いや、それ以前に庶民の営みに、か。それでも国は回るのだ。


「……これらに関しては、小国まで含めての交易路を定めるのであればそれぞれの細かな調節が必要だろう。明日から具体的に話を進めていく」


 ややこしい問題を持ってこられたものだ。








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