責務






 アレクセイは、集まりがある前に前もって大きな政策の提案の議題を持ってきただけで、その日のうちに国へ帰った。

 前もっての議題提示は、集まりの期間の短縮に繋がるが、絶対にアレクセイでなければならなかったものではない。

 最大限に礼を尽くそうと思うと彼になるだろうが、普段書簡でのやり取りをしていたのにわざわざ不意打ちで来たところに不快さを感じた。


「では一月後に」


 城に留まることを許されなかったアレクセイは微笑み、去った。


 リリスは私室のソファに沈み込んだ。

 気分は最悪だ。


「……陛下」


 億劫な動作で顔を上げると、ヴィルヘルムが「あの方は……?」と問うた。


「……ヴィルは、アレクセイを見るのは初めてか」


 それどころか他の竜人を見るのも初めてだろうか。

 リリスは、ヴィルヘルムから視線を外し、テーブルの辺りを見ながら教える。


「あれはわたしの『婚約者』で、いずれわたしの伴侶になるべきとされている者だ」

「婚約者……」


 アレクセイはこの国の次に大きな国を預かる竜人の息子だ。嫡男であるが、リリスの婚約者であるからには、国は次男が継ぐ予定になっているのだろう。

 婚約者。自分のことのようには思えない、思いたくない言葉だが、どこまでもどこまでもつきまとってくるものだ。答えを出し、決断するまで。

 決断、とは何を意味することになるのだろう……。


「陛下は、今いくつなんですか」


 方向性の変わった問いに、ヴィルヘルムを見上げる。


「何だ、急に」


 歳とは。


「いえ……竜人の方々は結婚、を、どれくらいでするのが普通なのかと思いまして。あと、どれくらい独身でいつからここに夫となる方が来るのか、と」

「ああ……なるほどな……」


 いつ結婚と言うと、もう結婚していてもおかしくはない。王位を継いだのだから、例え早めでも結婚していてもおかしくない。

 けれど、アレクセイと夫婦になると思うと、嫌だと心の底から思う。

 アレクセイの見目や性格といったものが嫌だというわけではないのだ。根本的なところから嫌悪感を感じてしまう。

 だが口にはしない。こんな醜いところがあると知られたくはない。


「王には、結婚し、子を為し血筋を残す義務がある」


 ぽつり、ぽつり、とリリスは言った。

 歳を答えるのでもなく、その後の質問にもろくに答える内容ではなかった。

 今一度、その問題について考えていた。


 結婚しなければならない。子を遺し、世継ぎを残さなければならない。

 そんな義務を思うと同時に、他の国にいる竜人が治めればいいのではないかと考える。別にリリスの血筋が残らなくても、残った他の竜人から王を決めればよい。

 自分は結婚したくない。そうするべきではないと、思っている部分が根っこを張ってしまっているからだ。

 そして、その部分は一生取れない。竜人でありながら、竜人のあり方を嫌い、竜人そのものを嫌っているところは消えない。


 責務と嫌悪。

 亡き父王に問いたくなった。あなたは、どちらが間違いで、どちらが正しいと言うだろうか。あなたであれば──









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