なんちゃら物語

素元安積

なんちゃら物語

 とあるところに、おじいさんとおばあさんがいました。おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯へと行きました。それはそうと、とある花畑では女の子がお花を摘んでいて、花冠を気になるあの子へとプレゼントしに行っておりました。


 話はおじいさんとおばあさんに戻ります。芝刈りを黙々としていたおじいさんですが、おじいさんはどんどん芝刈りに飽きてきました。


「そうじゃ、お供えしている花が枯れておったな。今日は花でも刈ってくるか」


 おじいさんは花畑へと移動しました。一方おばあさんはと言うと、洗濯ならぬ選択を迫られておりました。


「おじいさんは自分を桃太郎のおじいさんだと思い込んでいるけれど、本当は鶴の恩返しのおじいさんだと、やっぱり言うべきでしょうか……」


 おじいさんは、一年前に崖から落ちてケガをして、同時に記憶を失ってしまったのです。覚えていたのは、自分の名前と、自分が何かのお話で重要になってくるおじいさんだと言うことだけ。そんな事情も知らず、寝込んでいたおじいさんに、おばあさんが読んでしまった絵本。それが、桃太郎だったのです。


 おじいさんは、序盤の文章で、ピキーン! と来ました。それからと言うものの、おじいさんは毎日芝刈りに行くようになり、おばあさんには川で洗濯をしろと言うのです。始めの頃は渋々従っていたおばあさんですが、そろそろ自分のしたいことをしたりもしたいのです。ヨガをしたり、知恵の輪をやったり、地域のグループに入ってカラオケだってしたい。もううんざりだったのです。第一、家には洗濯機があるのです。洗濯する必要などありませんし、鶴の恩返しだってもう終わり、鶴は逃げて行きました。こんなことなら、鶴よりおじいさんが逃げて行ってくれれば良かったのに。おばあさんは深いため息をつきました。


――


「はい、あげる」


女の子は、気になるあの子に花冠を頭に乗っけてあげました。ただでさえ赤い顔が、もっと赤くなります。


「ありがとう。……でも、もう僕と関わらないでほしいんだ」


気になるあの子からの、信じられない一言。女の子は意味が分からず、どうしてどうしてと問いただします。なかなか話そうとしてくれないので、それから一時間ずっと問いただしました。気になるあの子もさすがにお疲れです。やっと本当のことを話してくれました。


「見ての通り、ボク、鬼なんです」

「鬼なの? へー……え、ええっ!? えーっ!!?」

「分からなかったの!? こんなすごい角が額から生えているのに!!」


お互いにのけぞって驚きました。ですが、知らなかったとなれば尚更女の子に嫌われるでしょう。子鬼は横を向き、じゃあと力無く手を上げました。


「行かないで!」


女の子は子鬼の手を掴みました。子鬼は、恋の予感を感じざるを得ません。胸が高鳴っていきます。女の子の顔も少し赤いです。何て素敵な恋なのでしょう! 子鬼は前を向きました。


「私気にしないよ! 私、てっきりトマトの精霊だと思って花かんむり上げてたけど……鬼でも全然気にしない!! 私はずっと、トマトが好きで、トマトが無いと一日落ちつかないくらいトマトが好きなんだ。でも、鬼でも全然良いよ! 一緒にトマト食べようよ!!」

「え、ええ? はあああああっ!!?」


子鬼は険しい表情で叫びました。トマトの精霊って何!? 体が赤いからトマトってのも分からなくは無いけど、真っ赤な肌で頭から二つの角生えてたら大概鬼だと思うでしょう。角生えたトマトって何? そんなのいる? そう言ってやりたかったのですが、彼女の顔が可愛いので言えません。嫌われたくない。葛藤した結果、子鬼は答えました。


「……うん、トマト食べよう」


――


 何と言うことでしょう。その様子を、おじいさんは見てしまったのです。桃太郎のおじいさんだと思い込んでいるおじいさんが、一番見てはいけないものでした。


 ここ最近、自分は本当は桃太郎のおじいさんでは無いのではと感づいておりました。何故ならば、おじいさんの名前は、桃太郎だから。そう、偶然にも、おじいさんの名前は桃太郎だったのです。ただし、鬼を倒した桃太郎とは一切関係がありません。かすりもしません。ただの鶴を逃がしてしまったおじいさんです。おじいさんは、鎌を投げ捨てました。その代わりに仕込杖を引っ張り、中から刀を出しました。そして、子鬼へと駆け寄っていきます。倒す気満々です。


「危ないっ!!」


女の子の声に、子鬼がおじいさんの方を見ましたが、もう遅い。避けきれる距離ではありません。子鬼が叫ぶと、その視界には赤い液体が飛び散りました。けれど、倒れたのは子鬼ではありません。子鬼をかばってくれた、女の子の方でした。


 おじいさんは、ハッと我に返ります。そして目に映るのは、自分のせいで倒れてしまった女の子。おじいさんもしゃがんで女の子を見ます。すると、もっと驚きました。


 女の子の体は、徐々に変化していきます。長い首、ふわふわの体、白い肌。そしてトレードマークでもある、頭上の赤い模様。それはまさに、鶴でした。そしてその横には、切れ目の入ったトマトが置いてありました。どうやら、飛び散った液体はトマトの汁だったようです。にしても、本当にトマト好きなんだな。子鬼は妙に冷静です。


「お前さん……もしや」


 おじいさんは思い出しました。彼女の存在を。その瞬間、忘れていた記憶がどっと頭の中に押し寄せてきました。自分が桃太郎を育てたおじいさんでもなく、桃太郎でも無いこと。実は鶴の恩返しのおじいさんであること。そしてもう一つ……。


「お前、ワシを崖から突き落とそうとしたじゃろう!? あーもう腹立ってきた。折角助けてやったのに人殺そうとするとか。そっちがその気ならやり返してやる!!」


おじいさんは一度はしまった刀を持ち、鶴を突き刺そうとしました。子鬼が慌てておじいさんの背後にまわり、両腕を掴みました。しかし、おじいさんの言葉が引っ掛かります。二人に事情を聞きました。


――


 二人はそれぞれ言い争いをします。子鬼が話を聞いてみたところ、やはり、発端は鶴の恩返し事件からのようです。


 女の子は決して覗かないで下さいと言ったのに、おじいさんとおばあさんは覗いてしまいました。それによって、彼女の正体がバレ、鶴の姿の彼女は逃げて行ってしまいました。おじいさんは、そのこと自体は怒っていません。むしろ、彼女の羽を使ってまで儲けていたと知ってしまって後悔する日々でありました。


 しかし、それはおじいさんが海へ行った時のこと。カメをいじめていた子供らを一喝し、人として良いことをしたなと気持ちよく思っていたおじいさんは、今度は山へと登りました。その途中、雪が降ってしまいました。嫌だなぁ、何でこんなことに。そうは思ったものの、もう半分以上は登ってきたのです。ここまで来たら上まで登ろう。持ってきていた笠を被って山に挑みます。


 途中、六つある地蔵を見つけました。心の優しい誰かが笠を被せてくれたのでしょう。五体には笠が被せてありました。ですが、一つ足りません。心の優しい誰かの手持ちが足りなかったのでしょうか。地蔵が寒そうだとは思いませんが、一つだけ笠を被っていないのは、モヤモヤしてなりません。寒いけれど仕方が無い! おじいさんはえいやっと地蔵に笠を被せて山を登って行きました。寒さに震えあがったものの、何とか順調に進んできたおじいさん。だけど、ここにきて絶望的な光景を見つけました。


 橋が壊れていたのです。それには、動物達も困り果てているようでした。おじいさんもどうしようかと困り果てていると、そこに赤い布切れ一枚だけをした男の子がやってきました。その男の子が大きな木に体当たりをすると、木は折れて向こう側に倒れました。これは凄い! 橋の完成です。動物達は嬉しそうに橋を渡って行きました。おじいさんも男の子に礼を行って橋を渡っていくと、その先の分かれ道で崖を見つけました。折角だ、崖から雪景色でも見ていこう。おじいさんが崖の先まで行き、深呼吸しました。そこにやってきたのが鶴でした。時期が時期ですから、仕方がありません。鶴は再び女の子の姿になり、おじいさんの肩を叩きました。振り向いたおじいさん。その瞬間、女の子は叫び声をあげました。


 なんとこのおじいさん、崖の上から小便をしようとしていたのです。見たくもないおじいさんの姿を見てしまった女の子は、ついおじさんを突き飛ばしてしまい、おじいさんはそのまま崖から落っこちてしまったのです。


 これを聞いた子鬼は、迷うこと無く言いました。


「あ~。じゃあ、おじいさんが悪いかな」

「何じゃと!? お前さん殺人犯を許して良いと言うのか!?」

「いや、貴方もさっきこの子殺そうとしてたでしょうが」


有り得ない事態の連続で、逆に思考がさえる子鬼。冷静な突っ込みに、おじいさんはぐうの音も出ません。


「けれど君、鶴だってバレたら駄目なんだろう? どうしておじいさんに近寄ったんだ?」

「実はあれからすぐ、私は鶴教会を脱退させられたのです」

「鶴協会っ!?」


そんなものがあるのか。子鬼が声を上げます。女の子はさも当たり前のように頷きました。


「うん。そこの協会に入っていると、そう言う決まりがあったから。でも、もうバレちゃった後で脱退させられて。そしたら決まりを守る必要は無くなったので、何時かおじいさんとおばあさんに会いに行きたいと思っていたのです。あの時のお礼と、長いこと悩ませてしまった、おじいさんやおばあさんへの懺悔を……」


おじいさんの表情が変わりました。おじいさんからの威圧感は消え、女の子を抱きしめました。


「いいや。むしろ、もっと早く気付いてあげるべきだと思っていたのだ。君の大切な羽を、あんなに使わせてしまったのだから。もう機織りをしろとは言わない。だから、戻っておいで」


おじいさんの優しい言葉に、女の子は笑顔で頷きました。子鬼も、女の子の幸せそうな姿が嬉しくてなりません。


――


 それからと言うものの、おじいさんとおばあさんの家に、鶴は住むようになりました。鶴のお陰で、以前まで関係に亀裂の入っていたおじいさんとおばあさんも仲良しです。


 遊びに来た子鬼を交え、ご飯を食べている最中のことでした。突然、おばあさんが箸を置いたのです。


「大事な話があるんだけど、聞いてくれるかい?」

「ああ良いぞ。この子が鶴で、彼が鬼なのだ。もう今更何言われても驚かない自信があるぞ」


おじいさんは笑い飛ばしました。女の子や子鬼も笑っています。その様子を見て、おばあさんは安心すると、話を続けました。


「実は私ね、トマトの精霊なのよ」


辺りは静まり返りました。それから数分後、おじいさん、子鬼、そして女の子は声を揃えて驚きの声を上げました。


(完)

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