夜へ至る二人

怜 一

夜へ至る二人


 リンリン────と、鈴虫の声が、薄暗い部屋に響く。

 僅かに開いた窓から流れる心地よい風が、熱くなった身体を冷ます。


 「ねぇ。まだ、起きてる?」


 同じベッドで寝ている千佳が、そう聞いてきた。

 身体を重ねた後の千佳は、いつも不安そうにしている。日常では、全く見せない態度だ。いつも、クラスの中心にいて、みんなに笑顔を振りまいている。アイドルのような存在だ。


 「起きてるよ」


 私は、いたって冷静に返事をする。

 千佳からの反応は、ない。それは、いつものことだった。だからといって、返事を返さなければ、寂しさのあまり泣き始めてしまう。


 正直、このやり取りは面倒くさい。コトが済んだら、私はさっさと寝たいタイプなのだが、このやり取りがあるせいで、眠ることができない。


 「もうちょっと、そばに寄っていい?」


 私は、千佳と握り合っている手を軽く引き、いいよと合図を送る。それを感じ取った千佳は、繋いだ手を離して、私の背中に胸を押し付けるように張り付き、腰に手を回してきた。


 「んっ…」


 千佳に触れられ、吐息が漏れてしまう。きっと、千佳以外の人だったら、触られただけでこんな声は出ない。

 いつからか、ただの友達だった千佳を意識するようになっていた。千佳と話せない日は、落ち込んだ。千佳と話せた日は、とても気分が良くなった。でも、それが、こんな感情に変化するとは思っていなかった。


 「スンスン…。あはっ。とってもいい匂いがする。史織ちゃんの汗の香り」


 千佳が、私の頭の匂いを嗅ぎはじめる。千佳の鼻先が髪を掠める度に、くすぐったくて、身体を少しよじってしまう。


 「ちょっと、恥ずかしいんだけど」


 私の拒絶なんかお構いなしに、千佳は鼻を鳴らす。


 「私も史織にされたとき、恥ずかしかったよ」

 

 千佳と戯れて抱き合っていた時に、冗談で千佳の頭を嗅いだことがあった。プールの授業が終わった後で、千佳の頭から、塩素と千佳の汗が混ざった甘い匂いを漂わせていた。その強い刺激が、私の理性を崩壊させ、千佳の頭をしつこく嗅いでしまったことがあった。どうやら、それをいまだ根にもっているらしい。


 「でも、もう関係ないよね。もっと恥ずかしい場所、嗅がれちゃってるし」


 千佳は、私の髪を優しくかき分け、頸へ鼻を近づける。


 「それに、キスもいっぱいしちゃってる」


 そう囁いた千佳の唇が、私の頸へ触れる。予想外の快楽に、私の身体は勝手に跳ねてしまう。


 「史織ちゃん、ここ、好きだもんね」


 一回、また一回と私の頸にキスを繰り返す。我慢しようとするも、抵抗も虚しく、だんだんと反応が大きくなってしまい、ついには喘ぎ声まで漏れてしまった。


 「あッ、あぅ。い、やめてッ…」


 さらに千佳は、腰に回していた手を、パジャマの上着に滑り込ませ、人差し指で私のお腹を優しくなぞる。普通ならくすぐったいだけなのに、なぜか、その刺激が身体の奥へ、熱を帯びた快感として伝わってしまう。


 「ッ!ふぅ、ふぅ。んッ、あッ…」


 ここまできたら、私は千佳を楽しませるオモチャにならざるおえなかった。スイッチを押せば快楽に喘ぎ、身体を震わせる。そんな、オモチャに。なのに、千佳は意地悪な質問をしてきた。


 「ねぇ?どうしたい」

 

 もう、私に主導権はないと分かっていながら、そんなことを耳元で囁いた。

 思えば、出会った頃から、千佳と私の関係はこんなカタチだったのかもしれない。私は知らないうちに千佳に遊ばれて、主導権を握られ、しかし、最後の判断は私に委ねる。

 最低な女だ。でも、それでも、私の気持ちは、すでに千佳の虜だった。


 「お…、お願い、します」


 千佳は、私の髪にキスをした。


 「よくできました」


 鈴虫の鳴き声が、静寂に響く。



end

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夜へ至る二人 怜 一 @Kz01

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ