第四章 龍笛(1)
道中、盗賊にあった。襲われたのは私達ではない。前を歩いていた農民の父娘である。
正午をだいぶ過ぎた刻だったように思う。平地を抜けて、森に入って少し行った辺り。この辺りは関所(幕府が倒れてからほとんど機能はしてないのだけれど)からも離れているし、東海道沿いとはいえ、宿場からも距離がだいぶある。しかも山道が多く、こういう所は山賊に襲われやすいらしい。つい先程もだいぶ昔のようだが、浪党に襲われたと思われる荷車が蔦を絡ませ侘しく置き去りになっていた。
町への買い出しの帰りらしかった。多くの荷物を手押し車に載せて、父が前、娘が後ろを押していた。その荷物が狙われたようだ。にわかに、前方が騒がしくなり、少し離れた場所で、才四郎に制止をかけられた。耳を済ますと口汚く罵る盗賊の喧騒と、許しをこう悲しい叫び声が聞こえる。
私は才四郎を見上げた。
「放ってはおけません」
「俺も同感だ」
才四郎が、彼方の様子を伺いながら答える。
「小春はあの親子のそばの木陰で、隠れていてくれ。離れられると、もしものときに困る」
「多勢に無勢ですが」
私が言うと、才四郎が鼻で笑う。
「あれ位なんとでもなる。俺が先に行く。やつらを引き付けた隙に前に進んでくれ。なにかあったら、これを鳴らせ」
小さい笛を渡される。私はうなずいて、それを受け取った。彼を見上げる。
「才四郎、くれぐれも、気をつけて」
才四郎は、そのまま親子の方へ駆けていく。いわれてみれば、私は才四郎の忍としての腕を見たことがなかった。私の暗殺の命を受けるくらいだから、それなりなのだろうけど。
彼が何か言いながら、荷車に近づいた。まだ得物は抜かない。才四郎がなにか挑発したのか、一人の男が斧を振りかざし突進した。それをひらりとかわし、組討で男をいなす。男が地面に崩れ落ちるのが見えた。よく見ると盗賊たちは、この辺りの農民崩れの、にわか野党団のようだ。彼にしてみれば、大したことないのだろう。私も護身術を少しかじってはいるが、彼の身のこなしの軽いこと。さすがと言わざるを得ない。そのうち、才四郎が道を外れて林の中に入る。後を追って、数えると十数人がかけていく。私は辺りの気配を伺い、移動して親子のそばの木陰に身を寄せた。
林の中で、才四郎と野党がやり合っているのがここからも見える。多人数相手なため、一人で多くを正面に相手をするのは無謀だ。雑木林という地形をうまく使い、時には木に登り、木から飛び下り、うまく一対一の場を作りだし、一撃で急所を狙い相手を戦闘不能にしている。動きに無駄がなく、型をみているように鮮やかで、彼の能力の高さを垣間見たように思う。木に、まるで一飛びで乗っているように見えるが、違う。素早く枝に足や手をかけ、器用にかけ上がっていることがわかった。しかしこれを闇夜でみたなら、木々の間を飛んでいるかのようにしかみえないだろう。
才四郎が苦無を抜いた。盗賊の得物を交わすために使い、その隙に当て身などで、昏倒させていく。
忍は、暗殺という任務以外は、相手を殺さず、撹乱して逃げ出し、情報等々を持ち帰ることに赴をおくと聞いている。才四郎の攻撃の後の、最後の一打に不思議な間がある。おそらくそこで、通常であれば、
「お止めください」
突如荷車から声がして、私はそちらを振り向いた。どこに隠れていたのか、仲間の一人が、私と年の同じ位の娘を引きずり逃げようとしている。父親の方は殴られたのか傍に倒れていた。荷がだめなら娘を更って人買いに売る魂胆なのだろう。男は丸腰のようだった。これなら私一人でなんとかなる。
私は木陰から出て、二人の前に立った。
「お止めなさい」
男装をしているので、男と勘違いしたらしい。焦りと驚きで、完全に血が登ったようで、娘さんを突き飛ばし、何か叫びながらこちらへ向かってきた。これほど勢いがあれば、倒しやすい。
私は突きだされた、男の両手を払い、その隙に相手の勢いを利用しつつ、腹に一撃当て、怯んで屈む姿勢になった所を、自分の背中に男を乗せるようにしつつ、地面に投げ飛ばす。そのまま片腕を掴んで捻った。
「やるじゃないか。鮮やかなもんだ」
突如後ろから声がして、私は振り返った。いつの間にこちらへ来たのか。才四郎だ。感心したように私を見下ろしている。
「なるほどな。そうやって領主殿を打ち負かしたのか」
「小さいときに、武人の叔父に仕込まれました。体に染み込んでいるので、襲われると図らずとも自然に動いてしまいます」
「叔父上の指導の賜物だな。大丈夫か?怪我はないか」
「ありません。あなたは?」
「大丈夫だ。肩ならしにもならんな」
私は父娘を振り返った。
「あちらの二人が心配です」
「ああそうだったな」
私が娘さんを、才四郎が父の方を助け起こす。娘さんは恐怖からとても冷たい手をしていらしたが、二人ともかすり傷、軽い打身程度で大した傷を負っておらず安堵する。荷物も、命も両方救っていただいたと、多大なる感謝の言葉をいただいた。そのうち、是非今夜は泊まっていってほしい。という話になった。近くに彼らの農村があるらしい。ここから宿場町までは、かなりの距離がある。宿に着くのが遅くなり泊まれないといけないから。と、かなり強く勧められる。最初は、丁重に断りをいれていた才四郎だが、その強い申し入れに観念したらしい。『では一晩だけ』と、甘えることにした。
父娘の押す荷車の後ろを私たちは歩き始めた。途中、東海道から外れ、獣道のような細い道に入り進んで行く。森の中を突っ切っているようだ。村への近道なのだろうか。ここは昔戦場だったようだ。薄暗くなり始めた、森林の木の根もとを見ると、折れたのぼり、竹の囲いのようなものが打ち捨てられ、朽ち果てているのが見える。
――なんだろう。なんだか薄ら寒い。
ふと才四郎が立ち止まって辺りを見回して、目を細めた。
「才四郎どうしました」
「いや。小春、あまり俺のそばを離れるな」
父娘は気にも止めていないようで進んでいく。なんだかそれも段々奇妙に思えてきて、私は才四郎を見上げて、こくりと頷き、少し彼の傍へと寄った。程なくして、日が暮れる。暗くなりそろそろ明かりを、と、声をかけようとしたところ、おもむろに前が開けた。
「ここで、ございます」
父親が、振り返り指差す方向には、橙色の灯りが灯された、木造の家が静かに佇んでいた。
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