第5話 白鳥の足取り
船をポルテの町で返却した後、ロードたちが向かったのはジャスティンの街だった。
アステリアの第二首都。「王立魔道研究院」、通称「王立」の本部がある都市だ。ポルテからは相乗りの定期馬車が出ている。街道沿いに馬車に揺られてゆけば、三、四日で到着する。
「アステリアにも、こんな大きな町があったんですね」
馬車の窓の外を流れてゆく風景、大通りの人ごみを眺めて、ヒルデが呟く。
「そりゃあね」
ロードは苦笑する。以前フィオを連れて来たときとは真逆の反応だ。
「ノルデンほどじゃないが、アステリアにだって都市くらいある。それに――ここも昔は、ノルデンの一部だった場所らしいから」
アステリアがノルデンから独立したのは、およそ百年ほど前のこと。
ロードが住んでいる村のある辺境辺りは新たに獲得された土地だが、首都を含む中心部に近い場所は、百年前にはノルデンの一部だった場所だ。だから古い建物や通りの設計にも、かつてのノルデン領の頃のものがそのまま使われている。
この街の雰囲気がノルデンに似ているのは、当然と言えば当然なのだった。
馬車を降りると、ロードは、辺りを見回した。
「さてと…確か、あっちだったかな。巧くいくといいけど」
「本当に<王立>を訊ねるつもりですか?」
ヒルデはまだ納得していない様子だ。
「どう考えてもそこしかないからな。手っ取り早く本命から当たるよ」
レヴィに頼まれた人探しのうちの一人、ジュリオという魔法使いはアステリア出身で、どこかの学校で魔法を学んだという話だった。
このアステリアで魔法を教える学校といえば<王立>の付属校くらいしか思いつかない。だとしたら、在学名簿に名前が残っているかもしれない。
慣れた足取りで表通りの混雑をすり抜け、広場から一本通りを入ると、とたんに人通りは少なくなる。
そこに、目指す建物はあった。金文字で「王立魔道研究院」と書かれた看板。太い柱の間を、真っ白な石で作られた階段が頭上の門に向かって続く仰々しい建物は、いかにもノルデン風だ。
ヒルデは、何も言わずに後ろをついてくる。このくらいの建物は見慣れているといわんばかりだ。
階段を上がりきると、真っ白な床と壁という、眩いばかりの白い世界が広がる。行き交う人々も白いローブを制服にしているが、これは、ノルデン側の魔法使いたちが黒いトーガを着ているのに対抗しているせいだろう。
「えーっと。すいません…」
声をかけられた魔法使いが振り返る。
どこかで見覚えがあるな、と思ったのと同時に、相手のほうが口を開いた。
「なんだ、久しぶりじゃないか。あんた、また院長かシャロット主任に呼び出し食らったのかい?」
驚いたことに、顔見知りのような対応だ。
「えーっと、どっかで会ったっけ?」
「なんだ。忘れたのか? 国境の牧場の一件で、一緒に<影憑き>を追い回しただろう?」
「……。」
そう言われると確かに、あの時の魔法使いたちの中で見たような気も、してくる。ただ、一人ひとり自己紹介もしていないから、名前などは分からないが。
「シャロットさんは?」
「主任は任務中で外出してる。けど、院長なら、今はいるかな?」
言いながら二階のほうに視線をやる。
「ちょっと待ってな。見てくるから」
白ローブの魔法使いが去って行くや、すかさず、ヒルデが口を開く。
「…どういうことなんですか?」
不審そうな視線が、背中に痛い。
「ロードさん、どこの組織にも所属してないって言ってましたよね。」
「してないよ。<王立>に入った覚えもない。たまに仕事は、…依頼されてたけど」
「ふーん。ま、いいですけどね」
ノルデン人で、兄たちが<王立>のライバル関係にある<王室付き>に所属するヒルデからすれば、当然の反応だった。むしろ、あまりに顔見知りな反応をされすぎて面食らっているのはロードのほうなのだ。
さっきの魔法使いが戻ってくる。
「院長、時間空いてるって。こっちだよ」
「<王立>の院長が気さくに会ってくれる関係なんですか。ふーん」
「だから、別に、そういう関係じゃないんだってば…」
通されたのは、二階の奥にある簡素な書斎の前だった。最上階の豪華な部屋などに構えていないあたりが、いかにもスウェンらしい。
ノックする必要もなく、扉は開いていた。
二人が中に入っていくと、書き物机の脇で本棚の前に立っていた長身の男が振り返る。
まだ三十そこそこにしか見えないが、スウェンは、アステリア最大の魔法使いの組織を束ねる人物だ。そしてロードとは、ポルテの港に出た<影憑き>退治の一件いらいの知り合いでもある。
手にしていた本を本棚に戻すと、男は、優雅に指をひとふりした。背後で扉が静かに閉まる。
「どうぞ、そこのソファに座ってくれ。」
ロードとヒルデが並んで腰を下ろすと、向かいにスウェンも腰を下ろす。
物腰がいちいち優雅で、貴族然としている。まるでヒルデと同じ世界の人間だな、とロードは密かに思った。おそらくこのスウェンという男も、アステリアではそれなりに名のある家の出身なのだ。
「それで? 今日はどんな用事かな」
「えーっと…。期待してたらすいません、今回は私用なんです。人探しの依頼を受けていて、その魔法使いがもしかしたらここの出身かもしれないので」
「人探し?」
「名前は、ジュリオ。ファミリーネームがあったかどうかは判りません。赤毛で、十三年前の時点で二十歳前後だったと」
ぴくり、とスウェンの表情が動いた。
「十三年…とは」
「何か、思い当たることでも」
「…いや」
だが、男の表情にははっきりと、興味を示したという色が浮かんでいた。
「聞いてもいいかな? 何故、その魔法使いを探しているのか。依頼主とはどういう関係なのか」
「正確には、その魔法使いの家族を探しているんです。依頼元はある高齢の魔法使いで、そのジュリオという魔法使いが弟子入りした先の師匠にあたる人物です。本人は、事故で亡くなったそうなんですが」
「なるほど。それが十三年前、ということか。」
スウェンは納得したような顔になる。
「白鳥に変身して飛ぶ魔法を使えたらしい…あとは、"やたらとお茶の銘柄に詳しかった"とか。そのくらいしか情報が無いんですが」
「――ふうむ」
顎に手をやってしばらく考えた後、男は席を立つと事務机の側の棚を眺めた。
「その魔法使いが、弟子入りした時期は?」
「ええ、すいません…そこまでは」
「なに、それでも当たりをつけることは可能だ。」
言いながら、スウェンは棚から一冊のファイルを取り出す。
「付属学校の年齢制限は十三歳から十七歳の初級部と、十七歳から二十三歳の高等部になる。死んだ時二十歳前後だったのなら、その五年前には確実にどちらかの付属校に在籍していただろう。当時は人数もそんなに多くは…ああ、これだ」
「見つかったんですか?!」
ロードは思わず立ち上がった。まだ、ここへ来て半時間も経っていない。それなのに、こんなに早く。
覗き込むロードに、スウェンは、名簿のそのページを大きく開いて見えやすくしてくれた。ジュリオ、という名前が、確かにそこにある。
「君の探している魔法使いは、相当に優秀な部類だったようだな。初級部を三度飛び級して十五歳で高等部一年に所属。シンダル出身。しかし卒業目前の時期に突然休学して、そのまま除籍処分となっている」
「卒業は、していないってことですか」
「そうなるな。ここについている届出には、休学して旅に出るつもりだと書いてあるが、復学せず、休学猶予の二年の期限が切れて中退扱いになった。旅先で師事に値する魔法使いに出会って、そのまま居ついたということなら、納得がいく」
(そして、十三年前、先代の"森の賢者"に殺された…。)
古びた名簿の上に記された無機質な情報を、ロードは、じっと見つめていた。
どんなに行間を見つめても、そこに書かれた内容だけではジュリオという魔法使いのことは想像が付かない。どんな人物で、何を考えていたのか。どうやって、”風の賢者”に弟子入りしたのかも。
「ここに実家の住所がある。書き写して持っていくといい」
「ありかとうございます! あの、…すいません、こんなことで時間を貰ってしまって」
「なに。君のことだ、どうせその些細に見える内容が
心得ているといわんばかりに軽く肩をすくめると、スウェンは、また元の仕事に戻っていった。
書き写したメモを手に、<王立>を出る。
「…なんか、物凄くあっさり見つかったな」
拍子抜けするほどだ。
レヴィが苦労していたのが不思議…と言いたいところだが、これはたまたまスウェンという知り合いのいたロードだからこそ簡単に見つけられただけかもしれない。レヴィだって、まさか<王立>の学生名簿を勝手に探るような真似は出来なかっただろう。
「ロードさん、ほんとに<王立>とは関係ないんですよね?」
ヒルデは、まだ納得がいかないという表情だ。
「無いって。影憑き退治の時に色々あっただけ。うちの近くにも影憑きが出て、<王立>の魔法使いが退治に来てたんだよ」
「その話は兄からも聞きましたけど…。ロードさん、前に<王室付き>と揉めてたって聞いたから…」
<王室付き>というのは、ノルデンの魔法使いたちの組織のことだ。アステリアはノルデンから分離独立した国だから似ているのは仕方ないにしても、名前や組織体系まで似せているのは、ほとんどわざと、としか思えない。
「何度も言うけど、おれは、どこの組織にも所属してないってば」
「なら、いいですけど…」
ふいと長い髪を振り、彼女は、広場のほうに目を向けた。
「それで、ここからはどっちへ?」
「あー、えっと。」
メモしてきた紙を開く。
「実家の住所は、シンダリア…あれ? この地名、どっかで聞いたな」
しばし考えたあと、はたと気づく。
「――そうだ、確かレヴィが言ってた地名。<影憑き>が出た、って場所」
「あら、じゃあレヴィ様たちもそこへ行ったのかしら」
だとしたら、奇妙な偶然だ。レヴィはそこが、探している人物の一人の出身地だと気づかないまま、既に訪れていたことになる。
(…いや。本当に、ただの偶然、なのか?)
ずっと付きまとうようについてくる視線とともに、何か、例えようの無い奇妙な違和感がある。
一体どこまでが偶然で、一体どこからが必然なのだろう。
それとも、――これらは全て、何かの因果の上にあることなのか。
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