好きな人がイジメを始めた

鷹月のり子

「好きな人がイジメを始めた」

 イジメは最低です。けれど、私が好きになった人がイジメを始めてしまった。私も彼も学校の弓道部に所属していて、イジメられている男子も弓道部。今日も部活が始まる前からイジメをやってる。私たちが女子更衣室で制服から弓道着へ着替えていると、男子の下着と制服が入口から投げ入れられてきた。

「今井っ! 取ってこいよ!」

「いけ、いけ!」

「あははははっ!」

 彼の笑い声も響いてくる。彼の声は低めでコントラバスみたいな響きがあって好きなのに、人をバカにして笑ってる今は不協和音に聞こえる。そして何度かあったパターンのイジメなので、何が起こっているかは女子たちも理解してる。今井くんが衣服を奪われて、わざわざそれを女子更衣室に男子部員たちが投げ込んできた。これって男女逆転だったら死にたくなるようなイジメだと思う。そして、今井くんの声が入口外から聞こえてくる。

「オレの服、取りに入っていい?」

 その声は泣いてもないし、怒ってもないし、慌ててもないけど、感情を抑えて押し殺した落ち着きで、かえって怖い。そして投げ込まれた今井くんの下着と制服は女子更衣室の床に落ちたまま、女子の誰も触ろうとしないし、私も見ているだけ。

「入るぞ」

「入るな!」

 同じ弓道部員の女子が拒絶して、今井くんの衣服を蹴り出した。別の女子が笑う。

「川村さん、ナイスシュート♪」

「イエェッ!」

 他人の服を蹴って床を滑らせて、埃まみれにしたのに笑っている神経が信じられない。それでも女子更衣室から服が出てきたので今井くんが拾っている気配がする。そんな風に稽古が始まって、先生が居てもイジメが続く。

「痛いって! ちょ、やめろよ!」

「あははは!」

 私の好きな人が今井くんを冗談めかして蹴って、笑っている。先生も見ているのに、悪ふざけだと思ってるのか、何も言わない。何も言わないのは………私も同じだ。

「だから痛いって! マジでマジで!」

 他の男子が背後から今井くんの頭を矢で叩いた。かなり痛そう。もともと、今井くんはよく叩かれていた。稽古に遅刻したり、試合を休んだり、先輩への敬語が変だったり、掃除をサボったり、男子たちがイジメだした理由はわからなくもない。私が好きな水嶋くんはそういうのが嫌いな人で、よく注意していた。けど、今井くんは笑って続けたし、蹴られても、笑っていた。そのくらいの強さの暴力しかしてなかったのは女子の目から見てもわかったから、悪ふざけで処理してもいいかもしれなかった。二ヶ月前までは。

「チャギサー♪」

「うっ…」

 意味不明な掛け声で井本くんが膝蹴りを今井くんの腿にした。脚に力が入らなくなるくらいの蹴りで、立っていられなくて今井くんが倒れる。そう、井本くんが転校してきてから、急に暴力のレベルがひどくなって、私には悪ふざけには見えない。服を女子更衣室に投げ込むなんて悪質なことを始めたのも井本くんが来てから。ようするに井本くんは転校してきて友達がいないところから人間関係をつくるのに、今井くんイジリに参加することで自分のポジションを得た。

「今井、ちゃんと掃除しとけよ」

 水嶋くんが練習後の掃除を押しつけて言い、井本くんが続く。

「ちゃんとせんかったら、シゴるでな」

「……」

 今井くんは返事しなかったし、掃除もしない。仕方なく女子の当番じゃないのに私たちで少し掃除した。

「男子って勝手だよね!」

「もういいよ、私たちも帰ろう」

 川村さんたちも帰ってしまったので、私と伊藤さんだけで掃除する。伊藤さんが的場の砂を直しながら言う。

「最近、男子たち今井くんにひどくないかな? あと川村さんも」

「うん、そうだね」

 やっぱり伊藤さんも感じてたんだ。

「おかげで私、変な夢を見たよ」

「どんな?」

「今井くんが部を辞めたあとに、首吊りする夢。気持ち悪かったよぉ」

「………」

「男子たち、今井くんを辞めさせるつもりかなぁ……」

「どうかな……」

 私も嫌な夢を先週、見た。それは自殺じゃなかった。怒りきった今井くんが弓で井本くんを射殺す夢。今井くんはひ弱なタイプじゃなくて多勢に無勢で押されてる中、イジメられてる自分を認めたくなくて、先生にも言わないし、蹴られたら蹴り返そうともする。井本くんたちが巧く逃げるし数の暴力で追いつめてるけど、本気で怒ったら今井くんは自殺じゃない方法を選ぶ気もする。そのための凶器は弓道部だから簡単に手元にある。そして私が見た悪夢の中で今井くんは次々と弓道部員を殺していった。水嶋くんも、川村さんも、そして私に向かってまで弓を引かれて、私は命乞いするように、どうして私まで?! 一度も何もしてないよ! って質問したら、お前も黙って見ていたから同罪だって、言われた。そこで目が醒めた。怖い夢だった。

「…はぁ…」

 思わずタメ息がでる。イジメは本当に人の精神をむしばむ。なのに、イジメられてる本人も認めたくなくて誤魔化してしまう。私も中学でイジメを受けた。ごく軽く……軽くだったと思い込んでるのも、認めたくないことからくるのかもしれない。原因は、癖毛だった。私の髪はパーマをあててるみたいに、くるんくるん伸びる。それを男子にからかわれたし、女子の一部からも校則違反のパーマなんじゃないかって疑われてイジられて、すごく嫌だった。あのとき、殺意というものを自覚した。嫌なことを言われても笑って誤魔化して帰宅したけれど、どうにも我慢できなくて学年集合写真の彼ら彼女らをカッターナイフでズタズタにした。やり終わってから自分は危ない子なんじゃないか、これを親に見つかったら心配されるから隠そうと、もっともっと細かく切ってコンビニのゴミ箱に捨てさせてもらった。私へのイジメは一過性で夏休みが終わったら、もう消えていたけれど、あれが続いていたら私はどうなったんだろう、どうしたんだろう、と今でも思う。

「理絵子ちゃん、いっしょに帰ろう」

 伊藤さんが私を誘ってくれた。けれど、今日は予定がある。

「ごめん、ちょっと用事あって」

「じゃあ、また明日」

 伊藤さんは勘ぐらずに、あっさり帰ってくれた。今日の予定は外せない。なにしろ、水嶋くんを学校そばの公園に呼び出しているから。私と付き合ってほしい、そう告白するつもりで。私は無表情を保って学校を出た。今の願いは二つ。水嶋くんが公園に来てくれていますように、そして公園に他には人がいませんように。公園は通学路から外れていて、遊具もブランコしかない住宅地にある小さな公園で、放課後の時間帯には人がいないはずの私が選んだ決戦地。

「お願い」

 私の願いは二つともかなって、誰もいない公園に水嶋くんだけが待っていてくれた。

「話って何だよ、志木さん」

「ぇ、えっと…」

 一対一で目が合うと、途端に私の勇気はしぼむ。もう引き返せないところまで来たのに、いきなり問われたから、告白できなくなってしまう。

「………」

「………」

 沈黙の時間が痛い。水嶋くんがじれて、靴先で公園の土を掻く。早く言わなきゃ。そう焦って私は言い放つ。

「……えっと……その………」

「……」

「よ、…よくないと思うよ! この頃、今井くんをイジメてるみたいになってるの!」

「……なんだ、そんな話か」

 違う、こうじゃない、今井くんの話をするつもりじゃなかった。なのに勇気がなえた私は変な勇気がふくらんでしまった。

「やめた方がいいよ! カッコ悪いし!」

「…………。……志木さんって、今井のこと好きなの?」

「っ?! 違うよ、おかしな誤解しないで!」

「今井は顔だけはいいもんな」

「違う、違うから!」

「じゃあ、なんで、あいつをかばうんだよ? 好きなんだろ、顔赤いぞ」

「わ、私が好きなのは水嶋くんだから!」

「っ…」

「だからカッコ悪いことやめてよ!」

 私は血が巡ってきてブワッと顔が熱くなるのを感じた。ここで黙ると泣いてしまいそうなほど、感情が高ぶっていたから言い続ける。

「好きになった人がイジメなんてカッコ悪いことしてるの、嫌なの!! やめて!」

「………」

「ハァ…ハァ…」

「……別に、イジメてるわけじゃ……今井は態度が悪いし…」

「誰が見てもイジメに見えてるから!」

「…………」

「お願い!」

「………ああ、わかったよ。話はそれだけ?」

 そう問われて、私はゾクリと背筋が寒くなった。水嶋くんが逃げたそうにしているから怖い。私から好きなんて言われて迷惑だったのかも、さっさとこの場を去りたいのかも、そして明日から避けられるのかもしれない。そんな恐怖で心が凍る。でも、もう突き進むしかない。勇気を出して。言わなきゃ。

「私と付き合って、それもお願い!」

「……………ああ、わかったよ。……」

「……いいの?」

「ってか、呼び出されて、そういう話だと思って来てたから……今井のこと言い出すとか……まあ、もういいけど。……とりあえず、付き合うのにも賛成だ」

 水嶋くんが照れた笑顔になってくれたから、私の身体は熱くなった。嬉しい。さらに、照れ隠しに言ってくれる。

「……まあ…オレも、志木さんのこと……嫌いじゃないし…。……小さい顔とか……まあ可愛いし……おとなしそうに見えて意志があるとこも」

「……そんなことは……」

「あと、とくに、その、ふわんふわんした髪の毛も可愛いよな」

「っ……この癖毛……本当に可愛いと思ってくれる? お世辞じゃなくて」

「ああ、普通に可愛いって」

「っ…ありがとう!」

 劣等感を覚えていた髪まで褒めてくれて、涙が出るほど嬉しい。そして、きっと男子の中でリーダーっぽい水嶋くんがイジメをやめたら、すべて解決する気がして、気持ちが晴れる。こういうのを怪我の功名? ………ううん、……棚牡丹? ……まあ、いいや、ハッピーエンドに違いはないんだから。

 

 

終幕

 

 

副題「それは一石二鳥です」

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