46話 プレゼント

 川崎遠征を終え、クラブハウスに戻ってきたのは翌日の昼前。

 たしかに出発前に『いまから戻る』と連絡はした。

 

「お帰り、ゆーと」


「えっ?」


 クラブハウスに戻り、ミーティングを終えて帰ろうとした俺の目の前にまりあが立っていた。


「おっ! 誰だよこの美少女! ユウ! 説明と紹介を頼む!」


 戸惑う俺に、シンが興奮しながら話しかけてくる。


「うん。じゃあなシン」


 面倒くさいことになりそうだったので振り返らずに、ヒラヒラと手を振ることにした。


「ただいま。どうした? まさか来てくれてるなんて思わなかったぞ」


 キュッと手を握ると、うれしそうに微笑んでくれた。


「早く会いたいな、って思って。迷惑だったかしら?」


 顔を覗き込みながら聞いてくるまりあに「いや、俺も」と返した。


「うぉ〜! ユウに彼女! みなさ〜ん、あそこに裏切り者がいますよ〜!」


 後ろでシンが叫んでいるが、いまはまりあ第一。


「あのっ、ゆーとがお世話になってます。これからもよろしくお願いします」


 くるりと振り返ったまりあがペコリと頭を下げると、ざわざわとしていたのがピタっと止んだ。


「行こっ」


「大人だな〜」


 まりあの対応に、言葉だけじゃなく頭が下がった。


♢♢♢♢♢


「へぇ〜、ひなと一緒に走ったのか。で、どっちが勝った?」


 バスに揺られながら地元に帰る道中、出られなかった体育祭のことを教えてもらった。


「うちのクラスが勝ったわよ。個人的にはどうかしらね? 白黒つかずってところかしら?」


 俺の肩に頭を預けながら残念そうな表情のまりあ。


「でも、楽しかったみたいだな」


「そうね。それなりに楽しめたわ。ゆーとがいなかったのは寂しかったけどね?」


 上目遣いで殊勝なことを言うもんだから、ギュッと抱き寄せてキスをした。


「……バスの中だけど?」


「嫌だった?」


「聞くまでもないでしょ、ばか」


 どこからどうみても恋人同士なのに、実際にはまだ付き合ってないという。

 何が違うのかと聞かれると答えようがない関係性だよな。


「なあ、まりあ」


「ん?」


「そろそろ付き合わないか?」


 この先に進みたいからとかいうわけではなく、今の関係性は恋人同士と言ってもいいから。


「う〜ん。ひとこと足りなくないかしら?」


 まりあはアゴに人差し指を当てて考えるような素振りで俺を見上げる。


「ああ。好きだよ」


 いまさらって感じだけど、言葉にすることが大事だからな。


「……臆面もなく言うわね」


「はじめて言うわけでもないし、大事なことだろ?」


「まぁ、そうだけどね? ゆーとからそう言ってくれるのを待ってた私としてはあっさりと言われるのもなんだか悔しいというか」


「悔しいってなんだよ、ってか、はい。まりあも言うことあるだろ?」

 

 グイッとまりあの肩を押して正面から向き合う。


「ち、ちょっと? 私だけこれってズルくない? それにムードってものがね?」


 まりあの言わんとすることもわからなくもないが……。


「待つ?」


 ちょっと煽りぎみに言うと、眉がピクッと動いて姿勢を正した。


「う、うん! よし! たしかにはじめてじゃないしね! わかったわよ。……そ、その……大好き」


 勢い勇んで話し出したのはいいが、羞恥が優ったらしく赤い顔で俯きながらの告白になってしまった。まあ、これはこれでかわいいと思ってしまうんだけどな。


「で、付き合うことは?」


 そう、肝心なのは付き合うかどうか。


 『好き』という意思表示はすでに済ましている。


「うん。よろしくお願いします」


 ハニカミながらも答えてくれたまりあをギュッと抱きしめた。


♢♢♢♢♢


 体育祭が終わると、今度は文化祭の準備がはじまる。

 文化祭は金曜と土曜の2日間行われるため、多少の参加は見込めそうだ。


「で、ゆうくんたちのクラスは何やるか決まった?」


 まりあと一緒に夕食の準備をしてくれていたひなが、テーブルを拭きながら話しかけてきた。


「ウチは射的をやるらしいぞ」


「へぇ、おもしろそうだね」


 思いのほか食いついたひなに、配膳中のまりあが補足をしてくれた。


「でも、ライフル借りるとお金かかるから、実質はボール投げね。一応蹴るほうもやるらしいわよ」


「あ〜、だるま落としみたいなの?」


「お手玉で直接景品落とすんだとよ。で、景品もみんなで持ち寄るんだ。だから準備もあまりかからずに済みそうだ」


 どんな飾り付けにするかによるけど、そこまで手の込んだことはしないと思う、たぶん。


「宮園さんのクラスは何やるのかしら?」


「ウチ? あ〜、うん。普通のたこ焼き屋さんだよ」


 ひなが視線を彷徨わせながら答えるもんだから、俺もまりあも何かあるのかと勘ぐってしまう。


「へぇ〜。どんなたこ焼き屋さんかしら?」


「例えばメイドとか? コスプレしたりするんじゃないか?」


 フリだとしか思えなかったのは俺だけじゃなかったらしく、まりあと一緒にツッコんだ。


「ひぇっ! なんでわかったの⁈ ま、まだ内緒だよ?」


 逆にわからない方がおかしいだろ?


 3人でこんなやり取りをできるようになるなんて思ってもみなかった。ひなとまりあも仲のいい友達のようだ。

 まあ、正式に付き合うようになったことを伝えたときは落ち込んでいたみたいだけど。


「あっ、そうだ。ひな、ちょっと待っててくれ」


 夕食後、帰ろうとしていたひなを引き止めて自室から持ってきた小さな紙袋を渡した。


「えっ? これ?」


 誕生日じゃないよ? とでも言わんばかりのひな。


「日頃のお礼だよ」


「まだ渡してなかったの?」


 呆れたような顔でまりあが言った。


 なかなかタイミングがなくって、タンスの肥やしになってたんだよな。


「あ、開けてもいい?」


 戸惑い気味のひなが遠慮がちに聞いてきた。


「おう」


 ラッピングを丁寧に剥がしていくひなの手が止まり、身体がワナワナと震え出した。


「キーケース?」


「おう。ちょっと大人っぽいけどひなに似合うと思って」


 まりあに私も選ぶの手伝ったけどね? と言われるかなと思ったけど、場の空気を読んだのか俺の隣で黙っている。


「私ね。もう役目終わったかな? って思ってたの。柘植さんも料理任せられるようになったし。だから、もうくることもないかなって。……でも、ありがとう。ゆうくん、まだ私を必要としてくれてるんだね」


 目に大粒の涙を溜めたひなが、自分のカバンからカギを出してプレゼントしたキーケースに付けた。


「ありがとう! また宝物が増えたよ」


 そう言い残してひなは小走りで部屋を出て行った。


「……なんか勘違いさせちゃったのか?」


「そう、みたいね」


 残された俺たちは呆然と見送ることしか出来なかった。

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