45話 負けられない戦い
ジリジリと肌が焼けつくような炎天下での体育祭。
元々、運動が苦手な私はこの手の行事は好きじゃない。幸いなことにクラスの実行委員のこうくんがそのあたりの事情を汲んでくれたので、出番も全員参加の種目だけで済んでいる。
「いや〜、ホントに今日は暑いね。こんな日に試合なんて
首に掛けたタオルで汗を拭いながら、障害物リレーを走り終えたこうくんが戻ってきた。
「そうだね。って、やっぱりこの天気だとサッカー好きでもやりたくない感じ?」
「そりゃ、何事もやり過ぎはよくないからね。とくにこの辺の夏はジメジメしてるって言うじゃない? ひょっとしたら川崎あたりは過ごしやすいのかもね」
湿度が高く、まとわりつくような暑さだと表現される地元の夏。
どれだけ体験しても慣れることはない。
「ゆうくん、暑さには強いんだけど、昔からよく夏風邪ひくんだよね」
毎年、お盆明けに一度は熱を出して寝込んでる。今年は柘植さんがいるから私にできることは何もなかった。
「あははは! 典型的なお馬鹿さんだね。季節の変わり目には注意しないとね。って、ひなちゃん、そろそろ出番だよ」
こうくんと話していて気づかなかったけど、クラスの大半はすでに次のクラス対抗リレーのため、入場門に集まっていた。
「ほんとだ! じゃあこうくん、お先に!」
クラス全員参加で行われるリレーは、先に女子が行い、その後に男子がスタートする。
「おっそいぞ陽菜乃!」
「ごめんごめん」
入場門に行くとすでに集まっていたクラスメイトが出迎えてくれた。
「あんた達、別れても仲いいのね。うらやましいわ」
「あははは。まあ、嫌いになったわけじゃないからね〜」
こうくんと別れたことはすでにクラス中に知れ渡っている。最初の頃はみんな様子を伺っていたが、最近では積極的にこうくんに話しかける子も増えてきた。
「陽菜乃、この前バスケ部の先輩に告られてたでしょ? あれどうしたの?」
「うん? 断ったよ。だってあの先輩のこと、私全然知らないんだもん」
逆に言えば、知らない人によく告白できるもんだなって思った。
「そっか。なかなかのイケメンだったし、付き合ってみてもよかったんじゃない?」
「別にイケメン好きじゃないし」
私が好きなのはゆうくんだけだし。
「ああ。そう言われるとあの噂の信憑性が高まるわね」
「噂って?」
「ほらっ、陽菜乃が柘植さんと柏原くんの取り合いして負けたって」
あ〜、そんな噂話があったんだ。取り合いにはなってないと言うか、はじめから私にはノーチャンスだったんだけどな……。
ゆうくんのことを思うといまでも胸がギュッと締め付けられてしまう。
「陽菜乃」
俯いてしまっていた私の耳に、昔から変わらない優しい声が響いた。
「……みっちゃん」
どんな時でも私に手を差し伸べてくれる優しい親友。
顔を上げ、みっちゃんを見ると背後に小さな影。
「あらっ、体調でも悪いのかしら?」
こちらはたまに辛辣な言葉もかけてくる、まあ一応友達。最近では一緒に料理をする仲でもある柘植さん。
「ううん。なんでもないよ」
「これが最終種目だ。
みっちゃんは笑顔でそう言うと、クラスの列に入って行った。
ゆうくんも頑張ってる、か。
違うよ。ゆうくんは頑張ってるだよ。私は何もできていない。何もかもが中途半端なまま。
柘植さんに誘われて一緒に料理をしてるのが最たる証拠だ。
ちゃんと、吹っ切らないと……。
♢♢♢♢♢
200メートルのトラックを半周づつ走るクラス対抗リレーは、私の最も嫌いな競技。
最終種目と言うこともあり、注目度が高い上に走るのが苦手な私はみんなに迷惑をかけるからだ。
まあ、後は男子に変な目で見られるのも嫌ね。
「真理亜。心配しなくてもいいから私のところにバトンを渡すことだけ考えてくれ」
「……みっちゃん」
私が走るのはアンカーであるみっちゃんの前。故に大船に乗ったつもりで走ればいい。
競技がはじまり入場門からスタート地点に向かうと、隣には宮園さんがいた。
「ひょっとして私たち一緒に走るのかしら?」
「そう、かも。柘植さんってテニス部だったよね? オケ部の私じゃ太刀打ちできないね」
知ってか知らずでか私を窮地に追いやろうとする彼女。まあ、他意はないんでしょうね。
「私はみっちゃんに繋げるだけだから」
たとえ私が最下位になろうが、みっちゃんならばなんとかしてくれる。もちろん、限度はあるけど、ね。
それにしても宮園さんとか。
あの噂もあるから変な注目集めそうね。それでも、彼女に負けるわけにはいかないかな? 宮園さんもあんなこと言いながらも同じことを思っているでしょうね。
ゆーと同様、今日は絶対に負けられない戦いになりそうね。
『位置について、ヨーイ』『バンっ!』
リレーがはじまり、さっきまでとは違う緊張感が生まれてきた。
チラリと隣を見ると宮園さんも不安そうな顔でレースを見守っている。
やっぱりこの子も走るの苦手なのね。
ウチのクラスのスターターはアヤ。貫禄の走りでトップでバトンを渡した。お願いだから、トップでこないで。抜かされる度に罪悪感が生まれるから。
「真理亜ちゃん、次だよ!」
私の祈りが通じたのか(みんなごめん)、5クラス中の3位でバトンを受け取った。
「宮園さん!」
「はいっ!」
その直後、ほとんど差のない状態で宮園さんもスタートを切り、あっという間に横に並ばれた。
「はあはあ、な、なかなかやるじゃない」
「はあはあはあ。わ、わざわざ私を待っててくれたんだよね?」
はい? 真剣に走ってますけど? テニス部だからって幽霊部員に変な期待されても困りますけど?
「あ、あなたには絶対に負けないから」
「じゃ、じゃあ、私が勝ったらゆうくんもらうから」
「なっ⁉︎ そんなことっ」
「お先にっ」
元々、ストライドで不利な私は回転数で勝負するしかない。彼女の背中に張り付きながら最後の直線で勝負することにした。
「真理亜!」
コーナーを立ち上がると、みっちゃんが手を上げながら私の名前を呼んでくれた。
「負けないわよっ!」
スッと宮園さんの背中から離れて隣に並ぶ。
「わ、私だって!」
お互いに死力を尽くした戦い。
「みっちゃん!」
バシッと渡したバトンをしっかりと受け取ったみっちゃんは、怒涛の追い上げをみせトップでゴールを駆け抜けた。
「はあはあ。柘植さん、お疲れ様」
「う、うん。お疲れ様」
2人の間に沈黙が訪れ、やがてお互いに口にした言葉は
「「どっちが勝ったの?」」
♢♢♢♢♢
残り時間10分となっても1点のビハインドは変わらず。川崎もこのリードを守るべく、守備的な選手交代をしてきた。
「焦ってプレーの精度が落ちてるぞ!」
修さんがチームに檄を飛ばすが、川崎の堅い守りを崩すのは至難の業だ。
それでも僅かな隙をついたレイのシュートからコーナーキックのチャンスを得ると、俺はいつものように相手ゴール前に陣取った。
ラストチャンスだろうな。
ライナーぎみの早いボールに、俺はニアサイドで潰れ役を演じる。
倒れ際、ボールの行方を追っていると、フォアサイドでボールを待ち構えていたレイと目が合った。
まじかよ!
アイコンタクトでレイの意図に気付き、両腕で無理矢理身体を起こしてゴールから離れると、レイからの折り返しが足元にドンピシャで入ってきた。
クイッと足首を捻りボールのコースを変えると、反対側に振られていたキーパーは一歩も動けないまま、ボールはゴールにふわりと収まった。
『ピッピー!』
このゴールが俺の運命を変えることになろうとは、この時思わなかった。
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