43話 新たな関係
「じゃあ私、帰るね」
テーブルに配膳を終えたひながエプロンを外しながら寂しそうな笑顔を見せた。
「もう、意地張らずに一緒に食べていきなさいよ」
同じく、真新しいエプロンを外しながらまりあが呆れたように促すが、ひなは首を横に振る。
「意地張ってる訳じゃないから。まあ、ケジメくらいはつけさせて?」
いつもとは違い、エプロンを持ったままひなは自宅に戻って行った。
今更、俺がひなを責めることなんてないのに、新たな罪悪感がひなに遠慮させているんだろうな。
「仕方ない子ね。まあ、時間が解決してくれるのかしらね?」
「かもな。まあ、とりあえずひなのことは置いといて目の前の料理をいただきますか」
美味しそうな匂いが食欲をそそる中、俺が一番に口にしたのは———
「んっ!」
イスに座ろうとしていたまりあを抱き寄せ、たっぷりと時間をかけて吟味した。
「はぁはぁ。も、もう。ひょっとして、この前のこと根に持ってるのかしら?」
「……別に?」
腕の中で息を切らしながらジト目を向けてくるまりあから目を逸らし、イスを引いて座らせた。
「あれは何回も説明したでしょ? その、あのままキスしちゃうとそれだけで済まなくなっちゃうって」
まりあの言うこの前とは、俺がまりあの胸の中で眠った日のことだ。
あの日、眠りから覚めた俺は愛おしそうに抱きしめてくれているまりあにキスをしようとしたところ、「ちょっ、ちょっとストップ! いまは、いまはちょっと待って!」と言われて軽くショックを受けていた。
「……そっ」
寝ぼけていたせいもあり、そっけない態度を取ってしまった俺を、まりあは焦ったように抱きしめ直してきた。
「い、いやじゃないのよ? それは勘違いしないで? ただ、いまはちょっとダメな、の。だってほら、私いま、その……着けてないし、軽いキスだけじゃ済まないから、その、そうすると今度はキスだけじゃ済まなくなってその、ね?」
なるほど。
ベッド抱きしめ合う男女。
お互いに好きと言う気持ちを持っている。
まりあの防御力は低下中。
そりゃ、最後までイク可能性はあるな。
でも俺たちは恋人同士ではない。
まあ、止めるわな。
「ん、わかった」
「ちょっと、待った! たぶん、わかってない! その、するのが嫌ってわけじゃないからね? そうなったら、まあ、拒むこともしないよ? でも、その前にね? ゆーとにはその、言ってもらいたいこともあるっていうか。だから、キスは後で、ね?」
俺が不機嫌になったとでも思ったのだろう。潤んだ瞳のまりあがギュッと抱きついてきた。
「ああ、悪い。
ポンポンと背中を叩くと、そこにあるはずのモノがないことを再認識させられた。
「……なんか、私だけえっちみたいじゃない?」
腕の中で抗議してくるまりあだが、それについては完全な誤解だ。
「大丈夫。俺も普通にスケベだから。これまでにも散々言われてきてるだろ? まりあに」
膨れっ面のまりあがかわいくて、愛おしくて。ただただ腕の中にいて欲しかった。
♢♢♢♢♢♢
体育祭に向けた準備が始まり、放課後の教室にはいつも以上の喧騒に包まれていた。
「ちょっとカッシー! そんな眠そうな顔してないでヤル気出しなさいよ!」
「地顔だわ。瞳の奥に宿るヤル気がお前にはわからんかね?」
定規を俺に向けてくるカナブンに澄んだ瞳を向けてやると、腕組みをしながら小首を傾げた。
「えっ? どれどれ?」
地べたに座り込む俺に近づき、前屈みで覗き込んでこようとするカナブンを、まりあが後ろから捕まえていた。
「ちょっとちょっと。その、せめてボタンとめてからにしないと見えるわよ?」
夏の風物詩ともいえるJKの胸チラ。暑さに負けたJKにはありがちで、カナブンの胸元もたしかに解禁状態だ。
でもな?
「まりあ。カナブンに見るべきモノはないぞ?」
例え解禁されていようが、そこにあるのはグレーか白のスポブラ。
「よしカッシー。ツラ貸しな? 柘植ちゃん、ごめん。このツラ拝めるのはここまでよ」
「いやいや。アヤが言うと洒落にならないからやめなさい」
「……夫婦揃って失礼ね。か弱い私が本当にそんなことできるわけないでしょ!」
どこからどう見ても実現可能なんだけど?
そんなくだらないやり取りを見ていた俺の目の前の男子が苦笑いを浮かべながら口を開いた。
「はいはい。相変わらず仲のいいことで。早く次の作業に入りたいから先に進めようか?」
「うっ、ごめん海野」
柄にもなくしょんぼりしているカナブンを、まりあは珍しそうに見ている。俺にとっては毎度の風景だぞ?
「あらっ、海野くんの前だと素直なのね」
「うっ、うるさいなぁ! 柘植ちゃんだってカッシーの前だと……」
俺の背後に回り込み背中にギュッと抱きついてきたまりあに、カナブンは言葉をなくしてしまったようだ。
「ん? ゆーとの前だと? ちょっとだけ抑えが利かなくなるみたいね」
ねっ、と言いながら俺の顔を覗き込むものだから、教室の中ということも忘れてキスをしてしまいそうになった。
「あっぶね。ちょっとちょっとまりあさん。俺の理性壊しにかかるのはやめてもらえますかね?」
「ん? 我慢しなくてもいいわよ?」
すんでのところで止まっていた俺の唇に、まりあの唇が重ねられ、カナブンと海野が赤い顔で固まってしまった。
「いやいや。ちょっとちょっとまりあさん。最近攻めすぎじゃない?」
「そう? ディフェンスの練習だと思えばいいんじゃない?」
たしかに守るのは俺の仕事だけどな? まりあの攻撃に有効な戦術はまだ持ち合わせてないぞ?
「つ、柘植ちゃん。大胆過ぎ……」
「あばばばば」
カナブンと海野の純愛拗らせコンビには刺激強めだったらしい。
俺とは中学校から一緒のカナブンと
本人たちはなぜか相手の気持ちに気づけないでいるのに、周りの人間はみんな知っているという、どうにも歯痒い状態が中学校の頃から続いている。
バリバリの体育会系のカナブンと、すでにイラストレーターとして商業デビューまでしている海野。
陽キャのカナブンと隠キャの海野。
その真逆のキャラ故に合わないと思われがちだが、お互いにないものを持っている相手を尊重し合える素直な性格のため、周りからはさっさと付き合えよ! と思われているくらいお似合いなカップルだ。
このまりあの大胆な行動も、焦れ焦れな2人を刺激するのが目的———
「ゆーと」
甘えたような声で名前を呼びながら口付けてくるまりあ。いや、そんな何回もしなくてもいいと思うぞ?
まりあの口撃はこの後も続き、様子を見にきたかや姉に止められるまで続いた。
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