38話 嫁と姑

 夏が過ぎ、秋を迎えると高校では体育祭や文化祭、今年は修学旅行とイベントが盛りだくさんである。

 心躍ると言ってもいい時期なのだが、俺には手放しで喜べない事情がある。


「えっ? 体育祭出られないの?」


 体育祭の準備がそろそろ始まるであろう9月下旬。


 職員室で松先とイチャイチャしていた、かや姉を呼び出した俺はスマホ片手に簡潔に説明をした。


「悪い、かや姉。見ての通り試合だ。しかも首位争いをしてる川崎が相手なんだ」


「あ〜、うん。日程は知ってたんだけどね? やっぱり試合優先?」


「当たり前だろ? そりゃ奥さんの出産に立ち会うから試合行けませんとか、飛行機苦手だから遠征無理とか言える海外のプロならまだしも、プロを俺たちが試合サボるなんてあり得ないって。そんなんしたら確実にポジション失うわ」


 さすがに身内に不幸があって休んだやつはいたけど、ポジションは確約されているわけじゃない。俺みたいな当確線上のやつが体育祭なんかで休んでみ? 下手すればクラブにだって居づらくなるわ。


「う〜ん。そうなんだけどさぁ」


 なぜか快諾をしてくれない、かや姉。


「なんだよ歯切れ悪いな。別に出席日数が足りなくなるわけでもないんだからいいだろ?」


「そうなんだけどね? うちの学校って全員参加がモットーじゃない? だから本番いないのに練習とか準備はやらなきゃいけないのよ?」


「練習って放課後、有志でやるんだろ? 申し訳ないけど不参加。文化祭ならまだしも体育祭なんて準備することないだろ?」


「いや〜、実行委員じゃなくてもクラス対抗の応援合戦とかリレーとかがあったりしてね?」


「えっ? 何? かや姉はそんなに俺からポジション奪いたいわけ? そりゃできる範囲では手伝うけど、あくまでクラブ優先。学校だって認めてくれてるよね?」


 基本的には強制的に部活に入らなければいけない我が校でも、学外での活動に正当性があれば帰宅部と認められている。

 俺以外にも地元のアイドルグループに参加してるヤツや、レーサーや棋士だっている。


「わ、私だってゆうくんを応援してるんだからねっ! それでも教師としては学校生活を楽しんでもらいたいって思いもあるのよ。ほらっ、やっぱり体育祭とか文化祭なんてのは思い出に残るものだし」


「それは一般論だろ? 俺にとっていま大事なのはクラブなんだよ。とりあえずできることは手伝うから。この話は終わりな」


「ちょっ! ゆうくん? 待ってよ」


 ゆうくん呼び連発のかや姉。学校でその呼び方はダメだろ? あっ、俺もかや姉って呼んでたわ。


♢♢♢♢♢


 放課後、いつものように練習までの時間を潰すために屋上に向かう途中でクラスの女子に呼び止められた。それはもう強引に。


「ちょっとカッシー! 体育祭不参加ってどういうこと?」


 俺の腕を力任せに引っ張り不機嫌さを顕にするこいつは金森文乃かなもりあやの


 ショートカットにみっちゃんほどではないが女子にしては高身長の170cm。日焼けした肌に細身ではあるがかなりの筋肉質であるために引き締まったプロポーション。いや、肉体。


「ちょっとカッシー、聞いてる?」


「聞こえてるからデカイ声出すなよカナブン」


 金森文乃、通称カナブン、命名キヨ。


 同じ中学出身でクラスメイト。


 ソフトボール部、扇の要で新キャプテン。


 元気印で誰にでも気軽に話しかけることから、クラスでも人気があるらしい。


「カナブン言うな! ったく! あんたもオグも乙女をなんだと思ってんのさ!」


「乙女? ん? どこだ乙女?」


 キョロキョロと周りを見渡すが、乙女らしき人物は見当たらない。


「よしカッシー。ちょっとツラ貸せや」


 胸ぐらを掴み拳を握り締めて威嚇……いや、実際に殴られた。


「暴力反対! かや先生〜! ここに犯罪者がいます〜!」


「顔はやめてあげたんだからガタガタ言わない! ってか、そんなことはどうでもいいの!」


 フンと鼻を鳴らしながら俺を解放すると、ズイッと顔を近づけながら真っ直ぐに見定められた。


「オグに聞いたけど体育祭、出れないんだって? カッシーの事情は知ってるけど私たち陽キャには欠かせないイベントだよ?」


「いや、俺は陽キャじゃねぇし。どちらかといえば隠キャだけど?」


「リア充のくせに? 噂されてるわよ『柘植ちゃんが柏原にオトされた』って」


 前々から付き合ってるんじゃないかという噂があるということはキヨから聞いていたけど、オトしたってどういうことだ? 


「なんで俺がまりあをオトしたって噂になってんだよ?」


「あれ? 付き合ってることは否定しないんだ? なんでってそりゃあね? カッシーが柘植ちゃんに言い寄ったって方が信憑性高いからじゃない?」


「グウの音も出ないな」


 なるほど、その通りだ。まりあが俺に惚れる要素は見受けられないからな。


「まあ、よく知りもしない人が始めた噂なんじゃない? ちょっと前からの柘植ちゃんの様子を見てるとねぇ、……やたらと熱い視線をカッシーに送ってたから逆もあると私は思ってる! で、真相はいかに⁈」


 興奮した様子で迫ってくるカナブン。こういうところは乙女なのかもな。


「残念。付き合っていない」


「へっ? 付き合って? 含みのある言い方だなぁ。付き合っていないけど好き合ってるってとこ? 最近、カッシーも柘植ちゃんといるときすっごく優しい表情してるもんね」


 さすが扇の要。なかなかに鋭い観察眼をお持ちで。


「そっか? よくわからんけど。それより用件はなんだ? お前の相手してて時間がなくなっちゃったんだけど? お前も部活いいのか?」


 グラウンドからはすでに掛け声が聞こえている。ソフトボール部も練習が始まってるんじゃないのか?


「今日はミーティングだけだからスタートも遅いんだ。あっ、でもごめん。カッシーは練習行かなきゃマズイか」


 スマホを取り出して時間を確認すると、カナブンは少し離れて居住まいを整えた。


「私、体育祭実行委員なんだよね。で、当日カッシーが出られないのは仕方ないとしても、準備くらいは手伝って欲しいなって。みんなも部活の時間とか犠牲にするんだし、事情知らない子はカッシーだけ特別扱いされてるって思っちゃうから。なるべく負担かけないように調整するから協力して?」


 パンッと両手を合わせて頭を下げて懇願されてしまった。


「いや、元からできることはするつもりだから。お前が実行委員なら助かるよ」


 顔を上げてチラッと俺の様子を伺ったカナブンがホッとした表情で両手を下ろした。


「よかった〜。何もしねぇ〜よ! って固辞されると思ってたから」


 俺ってそんなに薄情なイメージなのか?


「で、柘植ちゃんとはどうなのさ?」


 ホッと胸を撫で下ろしたカナブンは、再度興奮した表情で迫ってきた。


♢♢♢♢♢


 夜ともなれば残暑も和らぎ、半袖で風を切るのに少し肌寒く感じる。

 

 自宅のあるマンションに着くと、我が家にはすでに明かりが灯っていた。


 駐輪場にケッタを置き、階段をゆっくり上がり我が家の扉を開けると、玄関には小さな靴が2足行儀良く揃えられていた。


「ただいま」


 キッチンにいるであろう人物に向かい声をかけると「「おかえり」」と言う声が重なって聞こえる。

 

 玄関に座り込み靴紐を緩めていると、ぽふんと背後から抱きしめられた。


「おかえり、ゆーと。もうちょっとでご飯できるから先にシャワー浴びてきて」


 制服の上から真新しいスカイブルーのエプロンをした、まりあが愛情たっぷりに出迎えてくれた。


「んっ、先にまりあって選択肢は?」


 顔だけ振り返ると、その言葉を聞いたまりあが後ろを振り返ってから素早くキスをしてくれた。


「と、とりあえずはこれで。まだ調理残ってるから行くわね」


 そう言いながら俺から離れようとすると「あ〜!」と言う声に身体をビクンと振るわせた。


「もうっ! 玄関先でイチャイチャしないでよ。ほら柘植さん。まだ終わってないんだから早く戻ってきて」


 そこには腕を組んで仁王立ちした、ひながいた。

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