39話 黒歴史

 ゆーとと初めてキスをしたあの夜。


 私たちはお互いの気持ちと今後について話し合った。


「ゆーとのことは、好き。その、……大好き。だけど付き合うのは……少し待って。いまの関係を変えるのが怖いの」


 元々、私たちは恋愛願望が希薄。だから、わざわざ付き合うという選択肢を選ぶ必要はない。


「それは、まあ、いいんだけど。前から自分の恋愛には興味がないっていってたしな。俺も形にこだわる必要はないんじゃないかって思ってる」


「うん、前に少し話したわよね? 恋愛に興味がなくなった理由がちゃんとあってね?」


「おう」


「……私の中では嫌な思い出だし、カウントもしたくないんだけど、中一の時に部活の先輩と少しだけ付き合ってたことがあるの。その頃はちょっとだけ興味あったし、その、すごく優しかったから……付き合うまでは」


「までは?」


 いま思い出してもおぞましい。


「付き合い出した途端、態度が変わったの。私、昔から背は小さかったけど、その他は発育が早くて」


「お、おう」


 ゆーとの視線が一瞬だけ下がった。


「……えっち」


 お約束としてジロリと睨みつける。もちろん、ゆーとに見られるのは恥ずかしいけど嫌ではない。


「その人、身体目当てでやたらとベタベタ触ってきて。3日目だったかしら? 強引にキスされそうになったからね? 嫌って言って思いっきり右手を振り上げたの。そうしたらうまいことアゴにクリーンヒットしてノックアウトして。まあ、それ以来絡んでくることはなくなった。でも、おかげで男はみんな身体目当てってイメージが付いちゃって。恋愛にも興味がなくなったわ」


 触られたのは腕とか足とかだったけど、気持ち悪いとしか思えなかった。

 

 でも、今ゆーとに抱きしめられたらうれしくてたまらない。


「とんでもない野朗だな」


 ポーカーフェイスを装っているけど、怒ってくれているのは伝わってくる。


「思い出すだけでも汚らわしい。だから、その……んっ」


 私は両手を広げて、ゆーとにアピールする。


「えっ? あ〜、うん」


 少し照れながらもギュッと抱きしめながらキスをしてくれるゆーと。

 嫌な思い出はいい思い出で上書きしないと。


 幸せな気持ちで満たされていく。


「その、恋人じゃないかもしれないけど、ゆーとを好きなことには変わりないわ。でも、大きな夢を持っているゆーとを縛り付けることもしたくないの。だから、今まで通り……より、ちょっと親密に? まあ、えっちなことは、その……、ね? こうやってギュッとしたりキスをしたりはしたいわ」


 私のわがままかもしれない。けど、関係が壊れるくらいなら今のままがいい。


「信用してくれてるなら、まあ、いいよ」


「だからって他の子に……ってゆーとに限ってはあり得ないわね」


「悪かったな45点で」


「そういう意味じゃないわよ」


 浮気が原因で家族を失った彼が同じことをするとは考えられない。まあ、そのことがなくても優しい彼が私を悲しませることをするわけがないわ。

 今のゆーとが色んな女の子から好意を持たれているとしても。


「他の子に目がいかないように、私だけ見てもらえるように努力するから、覚悟しておいてね? で、ゆくゆくは、その……恋人になれると、いいな」


 このままゆーとの優しさに甘えてばかりはいられない。これまでのゆーとがモテなかったというのであれば、いまはモテ期に間違いない。


 私にとっては最悪の環境だわ。


 それでも今、ゆーとは私を選んでくれている。約束で縛り付けても意味がない。


 私は、私だけをずっと見てもらえるように努力をしなければいけない。見た目だけじゃなく、中身も。


「見ててね、ゆーと。あなたの隣に相応しいのは私だってみんなに証明してみせるわ」


「証明って大袈裟な。それなら俺こそまりあに相応しくなれるように頑張らないといけないし」


「また。自己評価が低すぎるのはゆーとのダメなところね。そこは……いや、私だけが高評価するわ。変な方向に自信持たれても困るもん」


 ゆーとが気づいてないだけで、周りを見ればゆーとがどれだけ魅力的なのかがわかる。だから、まあ女性関係については自己評価が低いままでもいいかも。


「いやいや、自信って。とりあえずまりあが恥ずかしくない程度には頑張るわ」


 あ〜、うん。現状維持でお願いしたいわね。


 こうして、私たちの今後のが決まった。


「とりあえず、後顧の憂を断つためにも私はと話をしてくるわ」


 明日の放課後に、体育館の裏にでも呼び出そうかしら? 下駄箱に手紙でも入れておこうかしらね?


 そう、私が決意を新たにしていると「なあ」と頭上から呼ばれた。


 ゆーとの胸に手を割り込ませて少しだけ隙間を開けて見上げると、ゆーとはちょっとだけイタズラっぽい笑みを浮かべていた。


「なに?」


「この際だから聞いちゃうけど、光輝との間には何もなかったのか? まりあ、ちょっと余所余所しい態度とるよな?」


「あ〜、私の黒歴史を掘り下げたいわけね? いいわよ。別にゆーとに隠すような……私が言ったって言わないでよ?」


 私自身のことなら、ゆーとに隠すことはない。けど、言っちゃっても大丈夫かしら?


「お? 意味深な。了解。約束は守る」


「約束よ? ……そうね。やっぱり小さい頃から一緒だったからそれなりに勘違いしてた時期はあってね。告白したわよ」


「……告白?」


 息を呑み、真剣な表情をするゆーとを見て私は慌てて首を左右に振る。


「しょ、小学校の低学年の頃の話しよ! その時にね。フラれたわ『女の子興味がないって』」


「あ〜〜〜、……あっ? はっ? えっ? それってか?」


 素で驚くゆーとが私の肩を鷲掴みにして身体を揺らしてくる。


「ちょっ! 驚きすぎよ、ゆーと。ちょっと痛いから落ちついて」


 ハッとしたゆーとが申し訳なさそうな表情で、再び抱き寄せてくれる。


「わ、わりぃ。いや、まじかよ……。んっ? 待てよ。じゃあ、なんでひなと付き合ってんだよ?」


「ね? おかしいでしょ? 宮園さんの行動もおかしいし、何かあると思うでしょ?」


 光輝くんは女の子に興味がない。


 宮園さんは間違いなく、ゆーとのことが好き。


 そんな2人がなんで付き合ってるの?


「そうだな。ここは名探偵の登場だな」


 脳裏に浮かぶのは蝶ネクタイをした丸メガネの小学生。


「そうね。任せておいて」


 上目遣いでパチンとウインクで決めてみる。


「じっちゃんの名にかけてってやつだな!」


 違うわよ。

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