35話 いつもの幼馴染
身体が重い。
連日の練習とバイトに加えて俺の頭では対応できないマリアとひなの問題で、身体がキャパオーバーによりダウンしたのか?
日は登り、そろそろ起きなければならない時間だということはスマホのアラームが教えてくれている。
気だるい気分の中、なんとか目を覚ますと俺の上に馬乗りになっているひながいた。
「あ、起きた? なかなか起きないから焦って思いっきり身体揺らしちゃったよ」
重いはずだ。それと乗られている部分が柔らかくて気持ちがいいのでそれ以上、下がらないでもらいたい。
「おいっ、なんで勝手に入ってきてんだよ」
「一応、ノックはしたよ? でも返事がないから入ってきちゃった」
「まて、ひな。当たり前のように言ってるけどノックの前にインターホンだろ」
「えっ? カギがあるんだからわざわざ鳴らす必要ないよね? それにそんな早い時間に鳴らしたらゆうくん起こしちゃうじゃん」
「そこの気遣いはできるのな。とりあえず、おはよう」
このやり取りが無駄なことは経験としてわかっている。例え久しぶりのことだとしても。
なんだろ? 最近は何かに遠慮してるかのように来てなかったのに、今日のひなには遠慮が見られない。
「うん。おはよう。朝ごはんできてるから起きてきてね。その……、そっちの方は鎮めてきて、ね?」
スカートの裾を押さえながら、俺の敏感になっている部分に触れないようにひなはベッドからおりた。
「くっ! し、仕方ないだろ生理現象なんだから」
「その、手伝ってあげれないなから手早く———」
「勝手に治るから問題ないわ!」
久しぶりのくだらないやり取りに、なんとなく安心感を覚えた。
♢♢♢♢♢
「ねぇ、ゆうくん。晩ご飯、何食べたい?」
「朝飯食いながらされる質問としては難しいな。ってか、前から言ってるけど俺のお世話はしなくても大丈夫だぞ? 一通りのことは自分でできるから」
「うん。で、何食べたい? 今日は部活ないから腕によりをかけちゃうよ?」
こういうところはブレないのな。頑固というか、何というか。
「まあ、なんでも」
「一番困るやつなんですけど?」
「じゃあ、無理しなくてもいいぞ?」
「ん〜? スーパー行って決めようかな?」
「……まあ、好きにしてくれ」
「は〜い。でね? 大事な話があるんだ。だから……、早く帰ってきてね?」
砕けた口調から一転、真剣な表情と弱々しく懇願するような声。
その変化に驚きを隠せないが、断ることはできないだろう。
「……わかった」
♢♢♢♢♢
おかしなところはなかったかな?
いままでと同じようにできていたかな?
幼馴染として振る舞えるのは今日で最後かもしれない。
明日からは口も聞いてもらえないかもしれない。
だから、今日は遠慮なく
馬乗りで刺激しちゃったのは想定外。ゆうくんのえっち。
夏の暑さのせいではなく、朝から喉がカラカラ。頭もちょっと痛い。胸はギュッと締め付けられたままだ。
緊張して身体が震えるのは必死に堪えている。
ゆうくんは優しい。
それは誰よりもわかっている。
ゆうくんのことは柘植さんよりもわかってるはずだ。
それでも……、
それでも怖い。
罵倒されるかもしれない。拒絶されるかもしれない。殴られるかもしれない。
それでも……、
それでも全部受け入れる覚悟はできた。
決戦は今夜。
ご馳走を作ろうと思っている。
別に懐柔しようとなんて思ってはない。
私にとって、最後の晩餐になるかもしれないのだ。
腕によりをかける。
ゆうくんに最高の私を覚えていて欲しいから。
できれば許して欲しい。
これからも幼馴染でいたい。
できれば恋人になりたい。
将来的にはお嫁さんになりたい。
それが私の本音。
でも、それは叶わないだろう。
わかってる。それだけのことをしてしまったのだ。
だから、だから……
真実を伝えることを、謝ることだけをまずはしよう。
その先に何があるかは神にすらわからない。
もちろん、私にも、ゆうくんにも。
♢♢♢♢♢
週末にリーグ戦を控えていることもあり、今日の練習は戦術とセットプレーの確認に多くの時間を割いた。
ひなとの約束もあり、寄り道せずに帰ると自宅には明かりがついていた。待っててくれる人がいるってのはやっぱりありがたいな。
「ただいま」
扉を開けると室内には美味しそうなにおいが充満している。
「お帰り。もう少しでできるから先にシャワー浴びてきていいよ」
「お〜、了解」
鞄から洗濯物を出して脱衣所の洗濯カゴに放り込む。追加でいま脱いだモノも放り込んだ。
シャワーで汗を流しながら、ひなの話ってなんだろうと考えてみる。
すぐに頭に浮かんだのはマリアが言っていた『付き合ってるのかな?』という言葉。つまり光輝絡みの話。
『実は私たち、付き合ってないの』
う〜ん? ないとはいえないが現実的ではないかな?
『かや姉の結婚が決まったの』
これは有り得そうだが、それならかや姉が直接教えてくれるだろう。
他には〜〜〜、まあ、考えてもしゃ〜ないか。あと少しすれば答えは出るからな。
考えることを放棄した俺は身体を拭いたタオルと、洗濯カゴに入れてあった洗濯物を洗濯機に入れてスタートボタンを押した。
「お〜、美味そうだな」
配膳くらいは手伝おうとキッチンに向かったが、すでにダイニングテーブルの上に所狭しと並べられた後だった。
「えへへへ。頑張って作り過ぎちゃったかも」
「練習後だから大丈夫」
「そう? 無理してお腹壊さないでね? 余ったらまた明日食べればいいんだからね」
「はいはい。そろそろ限界だから食べようぜ」
「うん。じゃあ「「いただきます」」
この日のことを、俺は一生忘れることはないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます