29話 らんじぇりー
マリアがランチに選んだお店が大須にあるということで、ピーカンの地上を避けて、いけるとこまでは地下街を進んでいくことにした。
「この天気だし、やっぱり地下街は混んでるな」
道すがら、キョロキョロと周りの店を見渡すとカフェはすでに満席に近くなっている。
「暑いから。私たちもどこかで水分補給しないと」
「お〜、だな。普段なら入らないような喫茶店とかに挑戦したい気分だ」
「喫茶店ね。たしかに古いところは入りにくいかな? でも、まあせっかくだし入ってみる?」
ギュッと手を握り直したマリアがチラリと視線を向けてくる。その仕草がかわいらしくて思わずドキッとしてしまう。
「お、おう。せっ、せっかくだからな」
「ん? なに焦ってるのよ?」
「……別に焦ってねぇよ」
「ふふっ。まっ、そういうことにしておきますか。でもお昼食べてからにしない? その方がゆっくりできそうだし」
動揺が伝わってしまい、笑われてしまった。
「どこか見たいとこあるか?」
「ん〜、とりあえずグルッと回ってみない? あんたと2人で買い物って初めてだし、その……好きなものとかもわかるかもしれないし」
サッと視線を逸らしてボソボソと呟くマリア。
「了解。見たいとこあったら言ってくれよ。どこでも付き合うから」
「あんたもね。あっ、あそこ見たいかも。付き合って」
グイグイッと手を引かれるままついていくが、マリアが足を止めた店舗を見て、俺はそのまま通り過ぎようとした。
「ちょっと
ニヤニヤしながら顔を覗き込むマリア。
店内は女性客ばかりで俺が1人で入ることなどはできない空間。
「いやいや、らんじぇりーしょっぷじゃないっすか。勘弁してくれ!」
定番の白や、パステルカラーのピンクや水色。セクシー満点の黒や赤の下着を目の前にして、俺はどこを見ていいのかわからずに視線を彷徨わせた。
「まあまあ。セール中みたいだし? ちょっとだけ付き合ってよ」
俺の反応を見て楽しんでいるのだろうけど、自分が使うものを俺に見られても恥ずかしくないのか?
「よ、よし、わかった。そこまで言うなら付き合ってやる。ついでに選んでやるよ」
「へっ? ちょ、ちょっと? 選ぶって、あの? まじで? それってサイズまで教えなきゃいけないの? ごめん、待って! 冗談だから!」
「大丈夫! お前に合いそうなのチョイスしてやるから!」
防御力の弱いマリアにカウンターを食らわせると、思った以上に効果があった。
ただこれって本当に選ばないといけない流れなんじゃないか?
「ねぇ、
♢♢♢♢♢
涼しかった地下街を出て、炎天下のアスファルトジャングルを歩く。
マリアの手には小さな紙袋が握られている。
「マリア、荷物持とうか?」
「……えっち」
紙袋の中には先程のランジェリーショップで買った下着が入っている。マリアが選んだ水色の上下セットと俺がプレゼントした白の上下セット。
後に引けなくなった俺は選んだものをプレゼントするという暴挙に出た。
ただ、サイズを聞くのはさすがにまずいのでデザインだけ選んでサイズはマリアに聞いてもらった。
ちなみに、サイズがなくて2回も選び直す羽目になるとは思ってもみなかった。
「やっぱりと言うか、オーソドックスな白を選んだわね。そんな感じがしたのよね。そっか、
「どうやって説明するんだよ?」
「……黙っといてあげる」
「お前、ほんとに防御力低いな」
「うっさい!」
左手で持っている紙袋でバシンと叩かれた。
ランジェリーショップを出てから、どちらかともなく繋がれた手は未だに離れる様子はない。
通称100m道路を渡り栄から大須へとやってきた俺たちは、大きな豚の看板を通り抜けてアーケード街を歩いていた。
屋根があるので直射日光は防げるが、人が溢れかえっているので見た目にも暑苦しい。
横並びでは歩きにくいので、背中にマリアを隠しながら目当ての店に向かう。
「次、右曲がって」
背後からのナビに従いやってきたのは昔ながらの洋食屋さん。
「いらっしゃいませ。おふたり様ですか?」
「予約してる柘植です」
「柘植様ですね。少々お待ちください」
同年代のウェイトレスが確認のため一旦離れたので、耳打ちするようにマリアに話しかけた。
「予約してくれてたんだ」
小声で話しかけた俺がおかしかったらしく、マリアは控えめに笑っている。
「うん。あんたとだったら待ち時間も苦じゃないけど、時間に限りがあるからね」
「サンキュ」
こういうしっかりとしたところはマリアらしい。背が低いため、妹属性の印象がありそうだけど、その実、正真正銘の姉属性だ。しっかり者で頼りになる。
「お待たせしました柘植様。お席へご案内させていただきます」
ウェイトレスさんに案内されたのは店内のほぼ中央のテーブル席。周りを見渡すと家族連れからサラリーマンまで、幅広い客層でアットホームな雰囲気を醸し出している。
「ご来店ありがとうございます。こちら本日のランチメニューです。金目鯛とハンバーグの2種類からお選びいただけます」
テーブルに置かれた小さな黒板にはピンクと白のチョークで書かれたランチメニューが置いてある。
「お決まりになりましたらお手元のボタンでお呼びください」
説明を終えたウェイトレスさんは笑顔を残して戻って行った。
「よく来るのか?」
「ん? 前にみっちゃんと来たのよ。その時に食べたハンバーグが美味しかったのよ。本当は宮園さんみたいに手料理をご馳走できれば良かったんだけど、ね?」
メニューを眺めながら苦笑いするマリアだが、そんなことを思ってくれたのは意外で、うれしいと思う。
「マリアの手料理か。じゃあ、次の機会にでも頼もうかな?」
「……もうストーカーは懲り懲りなんですけど?」
「そういう意味じゃねぇよ」
見事なマリアの返しに、お互い顔を合わせて笑った。
まだひと月ほどしか経っていないのに、笑い飛ばせるマリアに尊敬の念すら抱いた。
「ごちそうさまでした」
ランチに選んだハンバーグはマリアが勧めるだけあって美味しかった。
うん。
純粋にうまいと思ったのは事実だ。
けど、やっぱりというか、ひなの作ってくれるハンバーグには及ばなかった。
あくまで、俺の好みとしてだけど……
久しぶりに、ひなの手作りハンバーグが食べたいと思っていると、ギュッと左手を握られて現実に引き戻された。
「じゃあ、
自分からお願いしておきながら、その言葉と不穏なマリアの雰囲気に戦慄を覚えた。
「……お手柔らかに、お願いします」
「さあ、行くわよ」
楽しそうに歩き出すマリアの横顔は、真夏の太陽にも負けないくらいに輝いていた。
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