28話 真夏のデート

 名古屋の夏は暑い。


 お隣の岐阜県の多治見市なんかも全国的にも暑いと言われているが、不快指数100%と言ってもいいんじゃないかと言うくらいに暑い。

 

 カラッとした暑さではなくジメジメとしており、身体にまとわりつくような暑さで、こんな中わざわざ出かけるなんてよっぽどのことがない限りはしたくない。

 と、心の中だけにその気持ちは留めておくことにしよう。


 マンションを出て照りつける太陽を一瞥した俺は目的地の駅に向かい歩きだした。

 駅に近づくにつれてスーツ姿のサラリーマンが増えてくる。

 クールビズが提唱されてからは服装の自由度が上がったとは言え、営業マンがハーフパンツで外回りをするわけにはいかないんだろうなと、ハンカチで汗を拭う大人たちに向け、心の中で敬礼をした。


 このクソ暑い中、なぜ駅までやってきたかと言うと、これからランチを奢ってもらうことになっているからだ。


 待ち合わせ時間10分前、集合場所の改札前にはすでにマリアが待っていた。

 

 周りをキョロキョロと見渡したり、スマホを見ながら髪型を気にしたりと忙しない。


「わりぃ、待たせたか?」


 その様子から何分も前から待っていたことが伺えたので、軽く謝罪をすると「さ、さっき来たばかりよ」と早口で捲し立てられた。


 少し動揺したことにマリアも気づいたようで「っん、ぅん」と咳払いをしてなかったかのように笑顔を浮かべた。


 が、その笑顔はすぐに消え去りため息を漏らした。


「あ〜、予想はなんとなくできてたんだけどさぁ〜。……さすがにデートにジャージはないんじゃない?」


 上から下へと俺の全身を見て、額を押さえながら呟くマリア。


 電車に乗って出かけるということで、KELMEのTシャツにSVOLMEのハーフパンツというよそ行きのコーデをしてみたのだが、マリアは不満みたいだ。


「デ、デート?」


 ちょっと予想外の単語が出てきたので思わず聞き直してしまうと、マリアも焦ったように訂正してきた。


「あっ、いや! その、あ〜、その、お礼ね、お礼! ……全く、私だけ意識してるみたいじゃない」


 後半は独り言のように呟いていたため、なにを言ってたのかはよくわからなかった。

 

 でも、マリアの姿から今日を楽しみにしていてくれたことは容易に想像できた。

 

 今までも私服姿のマリアに会ってはいたけど、今日はいつもとは違い『かわいい』ではなく『キレイ』なマリアだった。


 パフ袖の真っ白なブラウスに若草色のとろみパンツ、ツインテールは解いてなびかせている。


 普段のかわいいマリアとは違い大人びて見える。 


 ギャップ萌えとはよく言ったもので、マリアから目が離せない魅力がある。


「あ〜、そうだな。ただでさえ一緒にいて釣り合いとれてないのに、そんなキレイなマリアの隣でこんな格好だとお前が恥ずかしいな」


 もともとファッションなんかには興味がないのだが、多少は気にしなければいけないんだと反省をした。


「き、きれい? あ、ありがとう」


「へっ? い、いや。まさかお礼言われるとは。お前くらいだったらいままでにも何度か言われたことあるだろ?」


「な、ないよ。えっと、かわいいとかは言われたことあるけど、きれいは、その、初めてかな?」

 

 意外な感じはしたが、確かに普段のマリアはかわいい系。それでもたまにゾクっとするような色気みたいなものを感じることもある。……エロではなくね。


 改めてマリアと並んだ自分を想像してみる。


 まあ、タイプが違うと言ってしまえばそれまでなんだが、手抜き感が否めない俺としては申し訳ない気持ちもある訳で……


「あのさマリア。今日、時間あるんだったら俺の服選んでくれない?」


 今日のところはこれで勘弁してもらうとしても、マリアとはこれからも一緒に出かけることがあるだろう。自分で選べるほどのセンスがあるわけでもないのでマリアの手を借りるのもいいだろう。


「えっ? 私が選んでいいわけ? ……私好みにしちゃうけど?」


「俺が選んでもスポーツブランドになりそうだし。マリア好みがどんなのかはわからないけど、それなりに見えるように頼むわ」


「んっ! そういうことなら頼まれてあげるわ」


 若干、頬が赤い気がするのは暑さのせいだろうか? 今日の予定に俺の服選びが追加されることになった。


♢♢♢♢♢


 最寄駅から地下鉄に乗り込む。


 始発駅からの乗車と言うことで、2人並んで座ることができた。

 地下鉄と言う名前だが、名古屋の東山線は途中までは地上の高いところを走っているため、小さい子なんかは後ろ向きに座って景色を楽しんでいる。


「ねぇ、友人ゆうと


 ガタンゴトンと言う電車特有の走行音に会話が遮られないように、話す時は自然と距離が近くなる。

 少し上向きに話す私に、身をかがめながら耳を近づけてくる彼。仲間内で乗っていれば気にはならないんだろうけど、2人きりということを思うとなんだか照れ臭くもある。


 電車の中ではいつも通り、他愛のない会話だった。夏休み前に行われたテストのこと、バイトのこと、私の部活や彼のクラブの話など、デートなんて意気込んできたけど、話すことはいつもと変わらない。


 一緒にいて心地いいと素直に思える存在。


 初めから友人ゆうととの間には垣根なんて存在していなかった。

 自分で言うのもなんだけど、コミュニケーション能力は高い方だと思う。それでも最初は手探り状態だ。特に男子との距離感は難しい。

 馴れ馴れしくし過ぎて勘違いされてしまったこともある。好意を持ってもらえるのはうれしいがそれは友達までの範疇での話。


 恋愛感情を持たれるのは、ちょっと困る。


 それなのに、彼とは最初からリミッター解除で接することができた。今思えば、彼に恋愛感情というものがなかったからだろう。


 心地いい距離感が保てているのもそのおかげ。


 うれしいような、悲しいような……


『栄〜、栄〜』


 目的地に着くと車内にいた半数の人間がホームに降りた。

 足早に進む人波の中、大きな背中に守られながら改札に進んでいくと、階段の手前で彼がスピードを緩めて左手を差し出してきてくれた。


 シャツの裾をこっそりと掴んでいたのはバレていたみたいだ。

 

 しっかりと手を繋いだまま改札を抜けて、クーラーの効いた地下街を肩を並べて歩き出した。

  

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