27話 ずっと

 真夏の太陽は容赦なく降り注ぎ、身体中から汗が吹き出している。

 汗でまとわりつくシャツやハーフパンツの不快感を感じることも許されない状況の俺は、ひとりのおっさんと対峙している。


「ヘイ、ユート。カモンカモン」


 ヒゲ面でニヤリと挑発されるのはこれが初めてではない。


 夏休みに入り最初の土曜日。


 俺たちユースチームは、毎年恒例となっているトップチームとの合同練習に参加している。


 これは俺たちのモチベーションアップと地域貢献の一環として行われ、近隣の小中学校の児童や指導者も見学に訪れており、練習終了後にはチャリティーオークションやコーチや選手と直接話ができる機会が設けられている。


 まあ、ファンからすればお祭りみたいなもので、実際に出店なんかもきてるわけなんだが、俺たちからすればプロの実力を間近で感じられる機会であるとともに、アピールの場でもある。


 ちなみにだが、俺にとってはいまのところアピールとは無関係の状況だ。


 原因はこのおっさん。


 元ウェールズ代表、ライトニング・キースとのマッチアップのせいだ。

 マンチェスターの黄金期を支えたレジェンドは、奥さんが日本人という縁で昨季からステノクに加入している。


 ジャックナイフとの異名をもつ彼は、若い頃はサイドを切り裂くドリブルで相手ディフェンダーを翻弄していた。 

 ベテランとなってからは広い視野と正確なボールコントロールでゲームを支配している。


 御年34歳。全盛期のキレはないものの、その技術が衰えることはない。


「クッソ!」


 左足のインサイドでボールを引きずるようにして間合いをつめてくるキース。すでに俺の守備範囲に入ってるのだが、挑発に乗って獲りに行くのは愚策だ。


「ハハハ、オイテイクヨ、ユート」


 緩急をつけて揺さぶりをかけてくるキースがアウトサイドで縦へと急加速。かろうじてついていくが本番はここから。

 追いかける俺を嘲笑うかのように、キースはインサイドで切り返した。


「またか!」


 キースが切り返すのは動作で


 わかっていても止められないドリブル。


 それは身体能力に勝るアフリカ系の選手とは違い、これまでのキャリアで磨き上げたスキルのなせる技だ。


 これがワールドクラス。


 俺なんかでは太刀打ちできない。


 これまでならそう諦めていただろう。


 でも、今は違う。


 解決策はいくらでもある筈だ。サッカーはチームプレイ。だから俺ひとりで解決する必要はない。


 切り返したキースが中央に進路を替えた時、俺は意図的に一歩引いた。


「ン?」


 振り切ったはずの俺が再び進路を遮る。無理に取り行くのをやめて行手を遮り、味方と連携してボールを奪えばいいだけのこと。


「ウン、スナオナイイコダ」


 一瞬動きを止めたキースは膝下だけを軽く動かして横パスを出した。


「あっ!」


 俺の味方が詰めてくるよりも前に、キースは後方から走り込んできたチームメイトにボールを託した。


「ヘイ、バック」


 一瞬、どちらに行くか迷ってしまい対応が遅れてしまった俺は、リターンをもらったキースに振り切られてしまった。


♢♢♢♢♢

 

 夏休み最初の土曜日。


 私たちは大所帯でゆうくんの応援に来ていた。


「ふふふ。トップチームとの練習なんて友人ゆうとがアピールする絶好の機会じゃないか」


 親友のみっちゃんはここ数日、気分が高揚しているらしく興奮ぎみだ。


「へ、へぇ〜。トップチームとの練習ね。ま、まあ、暇だから見に行くわ」


 みっちゃんに便乗するような形で柘植さんも参加することになって。


「部活サボって行きます!」


「ん、大丈夫紗智。そんなことしなくても休みにさせるから」


「あ〜、まあ楽しみではあるよね」


 花巻さん、白鷺先輩、こうくんとオマケに小倉くんも参加するらしい。


 我が家はお母さんが用事で来れず。今朝は応援にこれないからとゆうくんを無理矢理、朝食に連れ込んできた。


「やっぱりトップとの差はだいぶあるのかな?」


 私の隣に座るお姉ちゃんは、その隣に座っている松本先生と話している。


「ああ。でもそれは技術云々って言うよりも経験ってとこだな。それにしても柏原、あのキースの切り返しによく反応できてるな」


「えっ? ボール取れてないよ?」


「ああ。キースのドリブルってな、予備動作が少ないから読みづらいって有名なんだ。それを取れないにしても反応してるってことは柏原がってことをわかってるってことだろ」


 松本先生の解説にみんな満足そうに頷く。


「キース選手はまだヨーロッパのビッグクラブからもオファーがくるほどの選手なんです。柏原選手もいつかきっとヨーロッパで活躍する選手になれるはずなんです!」


 花巻さんが拳を握りしめながら力説。


 そっか。ゆうくん、プロになっても近くにいるって思ってたけどそういう訳にはいかないんだ。プロになるにしてもステノクにいつまでもいられる保証はないし、海外にだって行っちゃうことだってあるんだ。ゆうくんも、そのために英語は頑張ってるわけだし。


 夏休み前に行われた期末テスト。上位30位まで職員室の前に貼り出されるけど、そこにゆうくんの名前はなかった。

 それでも英語コミュニケーションは、みっちゃんに次ぐ順位だったらしい。


「ん、私も最近イタリア語の勉強はじめた。どこにでも着いて行けるだけの準備はできている」


 白鷺先輩、生活力と言うか女子力には乏しいが通訳とか代理人とかでゆうくんを助けれそう。


「わ、私だって、いろいろとできます!」


「へぇ、紗智。そのいろいろとは?」


「そ、それはその……、いろいろです!」


「………まさか紗智。エロエロでは———」


「ちっ、違うもん! お料理とか、お掃除とか、マッサージとかだもん!」


 白鷺先輩の追及に顔を真っ赤にして反論する花巻さん。ああいう反応、かわいいなぁ。


「そ、そっか。あいつ、いつまでもここにいられる訳じゃないんだ」


 そんな中、柘植さんは私と同じことを思っていたみたいだ。

 本当はわかっている。ゆうくんだけじゃない。みっちゃんだって、大学は柔道の強豪校に行くだろうし、高校を卒業すればバラバラだ。


 なにもゆうくんに限った話ではない。


 ゆうくんのそばにずっといたい。それはどんな形でもいいと思っていた。そんな中で、私が1番近くにいられると思ったのが幼馴染。


 だって、恋人にはなれないから。


 でも、気づいてしまった。


 ゆうくんがあの家を出てしまったら、遠いところに行ってしまったら、幼馴染のアドバンテージなんてなくなってしまう。


「みっちゃん、後で話したいことがあるの」


 ずっとそばにいる方法なんて一つしかなかったのに。

 私にはそんな資格なんてないのに。


 それでも私は……


 やっぱり私は……

 

 恋人として、妻として、ずっとずっと一緒にいたい。

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