30話 斜め上

「ちょっと屈んでくれる? う〜ん、やっぱりシンプルな方が似合うかな〜?」


 たたがTシャツ、されどTシャツ。


 着せ替え人形30分、未だ決まらず。


 昼食後、マリアの提案でそのまま大須の服屋を物色することにした。

 急な申し出だったにも関わらず、真剣な表情でアレでもないコレでもないと俺の服を選んでくれている。


「うん。ちょっと方向性を変えてみようかな? 外見がシンプルだから服装くらい派手目でもいいかな? って思ったけど、シンプルな方が似合いそう」


「悪かったな地味で」


「もうっ、別に意地悪で言ってる訳じゃないから拗ねないの。あんたみたいに身長が高くてスタイルがいいとシンプルな方が様になってるのよ」


「なんかスタイルって言われると違和感だな」


「体型でもなんでもいいけどね? でも本当にいい身体してるよね? ……ねぇ、友人ゆうと。ちょっとお腹触らせてもらってもいい?」


 一通り俺の身体を見渡したマリアがジッと俺のお腹を見つめている。


「お腹? あ〜、腹筋か。まあ、いいけど」


「いいの? ありがとう。実は前から興味あったのよね。じゃあ、ちょっと失礼して……、すごい! こんなに固いんだ。ボコボコってしてるし」


 マリアの小さな手が遠慮なくお腹を蹂躙していく。


 そして、しばらくサワサワとした後、徐にシャツを捲って直視しながら触り始めるマリア。


「す、すごい! なんかに目覚めそう!」


「やめいっ! 店の中でいろいろと恥ずかしいわ!」


 興奮気味にサワサワしてくるマリアの頭に軽く手刀を落として落ち着かせる。

 美少女に興奮しながら触られると、こっちまで変な気持ちになってくるわ!


「なによ〜、別に減るもんじゃないでしょ〜」


 なぜか不満げなマリアは頬を膨らましながら渋々手を離した。


「俺の理性が少しずつ減ってくわ! 代わりにお前のも触らせてもらうぞ?」


「仕方ないわね。少しだけよ?」


 少し恥ずかしそうに俯きながら答えるマリア。


「えっ、いやっ、……まじで?」


「……なわけないっしょ。友人ゆうとのえっち」


 あっかんべーと小さく舌を出して顔をフイっと背けられた。


「理不尽だ」


「いいのよ、男子なんだから。女子に振り回されるのが世の常ってものよ?」


「こわっ! 女子こわっ!」


 こと、恋愛に関しては男女平等と言うよりも女尊男卑と言ってもいいのではなかろうか?


 それとも、それはイケメンや美少女のみに認められた特権なのかもしれない。


「はいはい。怖くて結構。時間もったいないから次行くわよ」


 さも当たり前のように俺の左手を握るマリア。


 今日の彼女は気分がいいらしく終始笑顔だ。俺とのデートを楽しんでくれているのがよくわかる。


♢♢♢♢♢


「えっ? ちょっとマリアさん。デパートは敷居が高くない?」


「大丈夫、大丈夫。さっさと行くわよ」


 連れてこられたのは老舗のデパート。どう考えても俺の服を買うには似つかわしい場所だ。


「いやいや。デパートってちょっとセレブっぽいイメージない?」


「あんた、いつの時代の人間よ? ほら、3階まで行くわよ」


 エスカレーター上部の案内板を指さしながら、マリアはグイグイっと手を引っ張っていく。


「ああ、なるほど」


 見慣れた店名を見つけて一安心。俺もよくお世話になってるUNIQL○。


 意気揚々とMENSの売り場まで行くと、すでにイメージはできていたらしく商品を見つけては俺に手渡してきた。


「よし、じゃあ試着してみようか」


「ああ」


 文字通り背中を押されながら試着室に押し込められ、手渡された服に着替える。


「着替えたぞ」


 シャッとカーテンを開けてマリアに声をかけると、パッと振り向いた顔がみるみると赤くなっていった。


「えっと……、うん、似合うわ、よ?」


 白のポロシャツにタイトめのグレーのアンクルパンツ。伸縮性があるおかげで自慢のふくらはぎも問題なく入った。


「そ、か? んじゃこれ買ってくるわ」


 さっきまでの苦労はなんだったのか? 滞在時間僅か20分ほどで店を後にした。

 

「せっかく鍛え抜かれたふくらはぎがあるんだから、見せつけなきゃ損じゃない」


「お前、何気に筋肉フェチだったりする?」


「……ま、まさか。それよりも喫茶店。錦の方に昔ながらのお店があるみたいだから行ってみましょ」


「うわっ。露骨に話変えやがったな」


「ソンナコトナイワヨ」


「カタコトになってるぞ?」


 そんな感じでくだらない話で盛り上がりながら徒歩10分。目的の喫茶店に到着した。


 赤茶色のレンガを用いた洋館風の外観に、ドアを開けるとカウベルがカランカランとなり来客を知らせる。


 休日のオフィス街ということもあり、席にはスンナリと座ることができた。


「すみません。アイスオーレとケーキセット。セットのドリンクはメロンソーダで」


 注文を取りに来た年配のウェイターさんに2人分の注文をしてひと息ついた。


 席に通される時に通ったショーケース。食い入るように見ていたマリアは「別腹だから」と迷うことなくメニューを閉じたのだった。


「いい感じのお店ね。このソファーも年季が入ってる

 けど手入れがちゃんとされてるみたい」


「だな。サラリーマンが疲れた身体を癒すにはもってこいだな」


 店内にはクラシックやジャズが会話を邪魔しない程度に流れ、時間の流れがゆっくりに感じる。


「この後どうしよっか? どこか見たいところある?」


 少し不安げにマリアが尋ねてきた。まだ帰りたくない様子だ。


「地下街で見たいものがあるんだけどいいか?」


「うん。いいわよ。何見たいの?」


 ホッとした様子のマリア。


 実は前々から日頃のお世話になっている、ひなにお礼をしたいと考えていた。


「ほらっ、日頃ひなにお世話になっていたからさ。その、お礼でもしようかと思って。普段、練習やらバイトやらで出かけることなんてないからさ。せっかくだからマリアにもアドバイスをもらおうかと思って」


「……あんた、私とのデートで他の女へのプレゼントをって。……とは言っても付き合ってるわけでもないし、あんたらしいって言うか、そう言うとこも好きよ」


「……はっ⁈ 好き?」


 思いがけない言葉に声が大きくなってしまう。


「ふぇ? あっ! 待って! 違う! あっ、その違わないけど、待って! 今の『嫌いじゃない』にチェンジ!」


「お、おう? そっか?」


「とりあえずは、ね?」


 どんな種類の好きかはわからないが、マリアにとっても、俺にとっても特別な言葉であることには違いがない。


「んっ、うん! じゃあ、気を取り直して。何をプレゼントするつもり?」


 軽く咳払いをして居住まいを正したマリアが、かわいらしく小首を傾げながら聞いてきた。


「地下街にバックやら財布やら売ってる店があっただろ? あそこで見繕うつもり」


「あ〜、あるわね。でもさぁ、彼氏のいる子にはちょっと重くない? あっ、でも———」


「でも?」


「あ、うん。変なこと聞くけどね? あの2人って本当に付き合ってるのかな?」


 マリアの指摘は俺にとっては斜め上からのものだった。

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