23話 同類

 『ガヤガヤ ガヤガヤ』


美味い処 みっちゃんも夜の営業のピークを迎えて店内は賑わってきた。


 平日ということもあり仕事帰りのサラリーマンがスーツ姿で軽く一杯といった感じなのだろう。カウンターもテーブル席もほぼ満席状態だ。


 有名人が同席しているということもあり、俺たちは個室でゆっくりとしている。

 いや、言葉に語弊があっただろうか、隣に座っているマリアはめったに見せないみっちゃんの乙女の部分に大興奮。スマホで動画を撮りながらも、2人の邪魔にならない程度に会話に加わっている。

 その動画、後でみっちゃんに消されるぞ? マリアは気づいてないかもしれないけど、チラチラとみっちゃんがスマホを見てるからな?


「お〜い、マリア。ほどほどにしておけよ」


 ヨダレが垂れてきそうなほどにだらけた表情のマリアは、俺に肩を小突かれるとハッとした表情になってスマホを鞄にしまった。


「そ、そうね。これからは記憶の中にとどめることにするわ」


 ちょっとだけバツの悪そうに視線を逸らせながら、オレンジジュースをクイっと飲んだ。


「……マリア。後でスマホ貸してね」


 みっちゃんにジト目を向けられたマリアは身震いをしている。


「はぅっ!」


「お前も大概変なやつだよな」


 みっちゃんのジト目に撃ち抜かれてテーブルに突っ伏したマリアにため息混じりの言葉をかけた。


「くっ! 反論できないわね!」


「……いや、そこはしろよ」


 自覚症状があるだけマシなのかもしれない。


「ミチは選考戦、残念だったな。次は一緒に行こうな」


「うん。ごめんね、さき兄。一緒に行くって約束したのに。また4年待たせちゃうね」


「気にすんな。俺のピークもこれからだ。アベック優勝して世界をアッと言わせてやろうぜ」


「ア、アベック!?」


 言葉のあやってやつだろ。アベックという言葉にみっちゃんは異常なほどに反応した。


「ねえねえ、友人ゆうと。みっちゃんたちって付き合ってないんでしょ? ひょっとしてオリンピックで金メダル獲るまでは付き合わないとか言ってるわけじゃないわよね?」


 気を取り直したマリアは頬に人差し指を当てながら小首を傾げた。


「はははは。まさか———」


 天才ってのは、常人では考えられないことを平気でするんだよ。

 マリアの指摘通り、2人は相思相愛でお互いの気持ちにも気付いている。


 だけど、そこは勝負に生きる2人。


「私はさき兄にだって負けたくない。だから、オリンピックで表彰台の一番高いところに登るまでは勝負に生きるよ」


 これはの頃のみっちゃんの台詞だ。


 残念ながら先のオリンピックの選考会を兼ねた大会で、みっちゃんは優勝を逃していた。


「それにしても、ここにいるので凡人って私だけなのよねぇ」


 ボソっと呟いたマリアがそのまま俺を上目遣いで見てきた。


「あんたがプロ目指すくらい真剣にサッカーしてるなんて思ってなかった。しかもあんなに堂々とプレーしてるんだもん。それなのに学校では普通っていうか、全く鼻にかけることもしないし。なんて言うか……、ちょっとだけカッコいいって思ったわよ」


「お、おう。そうか? まあ、なんだ。鼻にかけるようなレベルでもないしな。ハッキリ言って俺レベルなんてその辺にゴロゴロといるしな」


 別に自分を卑下してるわけではない。事実として自分の現状は把握できている。


 俺がそのままチームに残り、トップに昇格できる可能性は現段階で15%くらいだろう。来週の試合からメンバー落ちすることだって普通に考えられる。だからこそ、練習試合だって手を抜けない。


「ふ〜ん。まあ、厳しい世界だってことは私だって想像できるけどね。それでも、この前の試合。私の中で1番輝いてた選手はあんただったわよ? 知り合いだってことを差し引いてもね? みっちゃんや宮園さんが熱心に応援する気持ちも理解できた。だから……私も友人ゆうとを応援するわ」


 視線はみっちゃんとさき兄の方を向けながらも、耳を真っ赤にしたマリアが印象的だった。


「……さんきゅ。期待に応えれるように頑張るわ」


 混じりっ気のない純粋な応援に俺も思わず照れてしまい、マリアから視線を逸らすと、目の前のみっちゃんが柔らかく微笑んでくれた。


「なあ、ユウト。なんとなく甘い雰囲気がしてきてるんだけど2人は付き合ってたりするのか?」


「俺とマリア? まさか、どう見たって釣り合わないでしょ? それに、にはあまり関心がないんだ」


 見た目が釣り合ってなきゃ付き合えないってわけじゃないけど、それも一つの要素だろ?  


 自分でいうのもなんだけど容姿に関してはマリアの評価は的確だと言わざるを得ない。マリアがカッコいいと言ってくれたのもサッカーあってのこと。じゃあ俺からサッカーを取ったらどうなる? ステノクを辞めたら?


「ね、ねぇ友人ゆうと。ひょっとしてあんたも恋愛にはあまり興味がなかったりするの?」


「ああ、縁がないってことは別として、恋愛ってものに興味はないな」


「女の子の身体には興味深々なのに?」


 その言葉に思わずマリアの胸元に視線が行きかけるが、その途中でマリアのジト目に止められた。


「そ、それは仕方ないというか、恋愛とは関係ないだろ?」


「ふ〜ん。まっ、確かにそうね。恋愛に興味がなくてもあんたはスケベだもんね」


「うっ!」


 男子高校生がマリアをみてなにも思わないなんて不健全であり、俺は多数派だ! なんて本人には言えない。


「まあいいわ。これで納得したわ。あんたの周りに美少女がいるのに身体にしか興味を示さないのはなぜか」


「おいっ! 言い方! この際だからスケベは認めるよ。俺は健全な男子高校生だからな」


「背が高いから胸チラ見やすそうだしね」


 だから、そのジト目やめろよ。


 呆れつつも、なんだか満足そうなマリアに俺の頭の中は「? ? ?」だ。


「まあ、冗談はさておき。あんたも私と同類だったのね」


「同類?」


「そ。青春真っ只中なのに、その代表格でもある恋愛に興味がない人種」


 マリアの言葉に違和感を覚えた。


「お前、恋愛に興味ないの?」


「ん? ああ、厳密に言うと恋愛に興味がないってこと。他人の恋愛やかわいい子や綺麗な人は好きだけど、恋愛って言うよりも愛でたいって気持ちが強いのよね」


 後半、サラッと性癖を晒しやがったな。まあ、すでに知ってるから驚きはないけど。


「ふ〜ん。モテるのにもったいない」


「私のこと、たいして知りもしないくせに外見だけで告られてもね。中学の頃からそんな男しか寄ってこないから気づいたらどうでもよくなってたのよ。あんたの場合は……」


 視線を逸らし、言いづらそうに俯くマリア。


「……たぶん、お前の想像通り」


「……そ、っか。まあ、焦る必要ないし。最悪、結婚しなくてもいいからね」


「確かに。あ、でも———、なんでもない」


「男としては経験しておきたいって?」


「おいっ! 言うのやめたんだから流せよ」


「はいはい、ってもうこんな時間? 私そろそろ帰らなきゃ」


 個室の時計をチラリと見ると、すでに21時を回っていた。


「みっちゃん、日置さん。非情に、非情に残念なんですが、そろそろ帰ります」


「ああ、もうそんな時間なのね。マリア、今日は来てくれてありがとうね」


「もう、今日来てなかったらどれだけ後悔していたことか!」


 マリアとしては滅多に見れないみっちゃんを見れたことが大収穫だったのだろう。


「もうっ! スマホの動画はしっかりと削除してもらうからねっ!」


「はうっ!」


 膨れっ面のみっちゃんにまたもやマリアはやられてしまったようだ。


「あははは、面白い子だね。それはそうとユウト。もう遅いからちゃんと———、ああ、準備万端か。送りオオカミにならないようにな」


 すでにボディバックを肩にかけていた俺を見たさき兄が笑顔でサムズアップをしてきた。


「えっ? いいよ友人ゆうと、今日はバイトじゃないんだから1人で———」


「いや、さすがにないだろ。んじゃ、さき兄、みっちゃん。お先に失礼するよ」


 俺はおじさんと二葉さんにお礼を言って先にお店を出た。


♢♢♢♢♢


「あんた、変なところで紳士よね」


「は? こんな時間に女子を1人で帰らすほど薄情じゃねぇよ」


「ふ〜ん。ってことは私じゃなくても送るってことだ」


「あん? 当たり前だろ」


 最近は夜道を1人で歩くってことはなくなったと思う。前みたいにコンビニにちょっとっていうこともできなくなった。


 自意識過剰ではないと思う。


 それでも夜道を歩くのは嫌いじゃない。不安がないわけじゃないけど隣には必ず友人ゆうとがいてくれるから。


 友人ゆうとには迷惑かけちゃってるけど、私はこの特別な時間を大切にしたいと思っている。


 たぶん友人ゆうとなりに気を使ってくれているんだと思うけど、2人での夜道は会話が途切れることはない。


「そう言えば、明日の現国の小テストなんだけ———」


 珍しく友人ゆうとが会話の途中で黙り込む。


「マリア、後ろ向くなよ」


 再び口を開いたかと思うと、真剣な表情で話しかけられた。


「えっ?」


 そうは言われても反射的に振り返ってしまいそうになり、視線を後ろにやろうとしたところ『ガシッ』と肩を抱かれて静止させられた。


「ふぇ? ゆ、ゆうとぉ?」


 あまりの出来事に友人ゆうとの顔を見上げる。


「わりぃ、とりあえず振り向くなよ。たぶん、あいついるから」


 そう言われた途端、全身の体温が下がったような気がした。


「あ、ぁぁあ」


 何か言わなきゃと思ってはいるものの、言葉にならなずに友人ゆうとの顔を見ていると、私の視線に気づき愛好を崩した。


「心配するな」


 その一言と友人ゆうとの温もりは、私をすごく安心させた。

 

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