22話 桃源郷

「えっ、と。次の角を右に曲がって……、あ、あった!」


 辺りも暗くなった夕方? 18時半。私はアプリにエスコートしてもらい、みっちゃんに指定されたお店に到着した。


 美味い処 みっちゃん


「小料理屋? 居酒屋とは違うのかなぁ? まっ、いっか。ごめんくださ〜い」


 引き戸をガラッと開けると「いらっしゃい」とかわいらしい女性とナイスミドルのおじさまが出迎えてくれた。


 なにここ、桃源郷かしら?


「あの、待ち合わせしてるんですけど」


 キョロキョロと店内を見渡すがみっちゃんの姿は見受けられず。


「ん? おーいマリアこっちこっち」


 代わりに店内の奥の個室らしきところから友人ゆうとが顔を出して手招きをしてきた。


「あらっ、三千代のお友達? まあまあ、かわいらしい子ね。お名前は?」


 なんだろう。目の前のロリ……じゃなかった、かわいらしいあなたに言われるのはなんだかなぁと思いながらも、話し方からしてみっちゃんのお母さんであることが伺えるので素直に褒め言葉として受け取っておこう。


「柘植真理亜です。みっちゃんにはお世話になってます」


 ニコッと笑顔で答えと、かわいらしい笑顔を返してくれた。


「まりあちゃんね? 三千代の母の二葉です。あっちにいるのは旦那。で、そこにいるのがゆーちゃん」


 カウンターの中からみっちゃんのお父様がペコリと頭を下げてくれたので、私もペコリと頭を下げた。

 

 それにしても友人ゆうとのやつ。みっちゃんのご両親とも親密な関係にありそうね?

 今もお父様と楽しそうに話している。


「あ、。みっちゃんもうすぐ帰ってくるって」


 スマホを見ながら友人ゆうとが二葉さんに話しかけると、さっきまでニコニコしていた二葉さんの笑顔が般若のような顔に変わっていた。


「……こら友人ゆうと。私の目を見て同じ言葉を言ってみろ」


 そのかわいらしい容姿からは想像できないドスの効いた声。


「ひぃっ、ふ、二葉さんです!」


「全く、ゆーちゃんは相変わらずおバカさんね。だからいつまで経っても彼女の1人もできないのよ」


 ふふっと微笑みながら私を個室に案内してくれた二葉さん。なるほど友人ゆうとは逆鱗に触れたってことね。


「まりあちゃん、お茶かジュースどっちにする?」


「あ、お茶をお願いします


 バカと同じ轍を踏むことはせずに合法ロリの二葉さんに最上級の笑顔を向けた。


 それにして、この両親を掛け合わせるとみっちゃんみたいな子どもが生まれるのか。 

 そう思いながら目の前のおバカの顔と自分の顔を掛け合わせた子どもを想像してみる。


 ……うん。ないわね。


「おいマリア。人の顔を見ながら失礼なこと思わなかったか?」


「……思ってないわよ。逆に光栄に思いなさい」


 想像の中でだけでも私との子どもができたんだから文句を言われる筋合いはないよね? だって現実に友人ゆうとと手繋いだり、デートしたり、キスしたり、エッチなことしたり……は、な、ない! 断じてない! ちょっとありかもとか、鍛え抜かれた身体で抱きしめられたらとか考えちゃったけど友人ゆうと友人ゆうと! 友達、友達なんだからない!


「なあマリア、なんか変なものでも食べたのか? 苦虫を噛み潰したような顔してるぞ?」


 私が一人で悶絶していると、呆れたような声で話しかけられた。


「だまれ苦虫!」


「俺が苦虫かよ!」  


 うん。こいつとはこんなやり取りしてるのがしっくりくるわ。

 そのあともみっちゃんを待ちながら友人ゆうとと他愛ない話で盛り上がった。基本的には相性はいいのよね。

 変な気を使わなくていいし、話も合う。何気に気遣いもできるやつだから、私のこともちゃんと見てくれている。バイト終わりなんて疲れてるから早く帰りたいだろうに、嫌な顔せずに私を送ってくれるし……。


『ガラッ』


 友人ゆうととの話に夢中になっていると、不意にお店の入り口が開かれ、待ち人がやってきた。


「いらっしゃい、って三千代か。お帰り。ゆうちゃんたち待ってるわよ」


「う、うん」


 二葉さんの声が聞こえたので、個室から顔を出してみると入り口で少し俯き気味のみっちゃんが立っていた。


「みっちゃん、おかえり。先に始めさせてもらってるよ」


「あ、ああ。いらっしゃい」


 おや? なんだかみっちゃんの様子がおかしい。


 その違和感に気づいたのか、友人ゆうとも私の頭の上からみっちゃんを見ていた。


「ん? どうした、みっちゃん。顔赤くない? ひょっとして体調悪い?」


 昼間は体調が悪そうな素振りはなかったはず。でも顔は赤いし声も上擦ってる気がするし。ちょっと焦点も合ってないんじゃない?


「ああ、いや、大丈夫


 右手をプルプルしながら否定するみっちゃんだが、その様子には違和感しかない。


 そんな私の心配なんてお構いなしに、友人ゆうとは個室の入り口側に移動して、みっちゃんを手招きする。


「みっちゃん、入り口で止まってたらだめだよ。早くおいでよ」


 ボーっとしていたみっちゃんがハッとして身体を右にずらすと、背後から大きな人影が現れた。


「おじゃましま〜す。おやっさん、二葉さん、ご無沙汰してます」


 大きな身体を丁寧に折りたたんで挨拶をしたこの人。なぜだろう、どこかで見たことあるような?


「あ〜! 朔夜さくやくんだ! いらっしゃい。久しぶりだね」


「おう、さく坊か。よく来たな。ゆっくりしてけや」


 ビョンっと飛び跳ねるように出迎えた二葉さんと、気さくに出迎えたお父様。

 他のお客さんも彼の登場でざわついている。


「さく兄、久しぶり。遅くなったけど金メダルおめでとう!」


 烏龍茶を掲げながら話かけた友人ゆうとのおかげで既視感の正体に気がついた。


「ね、ねぇ友人ゆうと。ひょっとしてこの前のオリンピックの柔道で金メダル獲った『畳の上の貴公子』日置朔夜ひおきさくやさん⁈」


 昨年行われた東京オリンピック、柔道男子90キロ級の金メダリスト。オール一本勝ちで優勝した彼は甘いマスクも相まってマスコミの注目の的に。

 『畳の上の貴公子』という異名までつけられて、いまやCMにまで出演するくらいの有名人だ。


「ん? ユウトか。久しぶりだな。この前の試合配信で見たぞ。レギュラー獲ったんだな」


 固まっているみっちゃんの頭をポンポンと叩きながら朔夜様は私たちの席までやってきた。


「その、道場に寄ってきたらさく兄がいて。今日友人ゆうとが来ることを伝えたら一緒に来るって言い出して。申し訳ないけど真理亜、も同席させてもらってもいいかな?」


 頬を朱に染めながら少し申し訳なさそうにするみっちゃん。

 

 イケメンの同席を断るとでも?


 それに———


「彼⁈ みっちゃんの彼の同席とあらば断る訳ないじゃない」


 この2人、どこからどう見てもお似合いだ。


 ひょっとしてみっちゃんは友人ゆうとのことを好きなんじゃと勘ぐっていたのは、どうやら間違いだったみたいだ。


「ふぇっ? ち、ちがうよ真理亜。彼と言うのは男性だからであって、恋人と言う意味の彼ではないから!」


 何、この状況。

 

 両手を突き出してフリフリしながら否定するみっちゃんがかわいすぎる。

 いつもの凛々しさは影を潜めて、とにかくかわいい。これって完全に恋する乙女でしょう?


「はじめまして日置です。その畳の上の〜ってやつはやめてくれ。恥ずかしくて仕方ない」


「はじめまして柘植真理亜と申します。断る理由が見当たりません。ぜひご一緒させてください」


 個室に入るように促すと、いつの間にか私の隣に移動してきていた友人ゆうとが上座に座布団を用意していた。


「柘植さんね。ありがとう。おいミチ。いつまでも突っ立ってないで座ろう」


「あ、うん。そうだね」


 朔夜様の隣に座るのを躊躇しているみっちゃんに、友人ゆうとは軽く頷いて座るように促した。


「なあユウト。今日はひなちゃんはいないのか?」


「ひな? 来てないよ。みっちゃんが声掛けたけど用事があるからって断られたみたい。彼氏とデートでもしてるんじゃない?」


「なに? ひなちゃんに彼氏? ユウトじゃなくてか?」


「違う違う。俺がひなの彼氏の訳ないだろ」


 驚いた表情の朔夜様の服の裾をみっちゃんがクイクイっと引っ張った。


「その話は後で説明する、ね。とりあえず友人ゆうとの練習試合の勝利のお祝いと、遅くなっちゃったけど、さく兄の金メダルのお祝いしよ?」

 

 初めて見るみっちゃんの上目遣いに、私の心は完全に撃ち抜かれてしまった。


 私、今日生きて帰れるかしら?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る