21話 幼馴染といとこ

 小学6年の夏休み。


 毎年恒例のキャンプの買い出し班になっていた私は、佐伯先生の車で他の数人の生徒と一緒に近所のスーパーに行った。


「買い出し班の特権。好きなお菓子買ってあげるよ」


 佐伯先生は25歳と若く、私たちにとってはお兄さん的な存在だった。


「先生〜、いくらまでいいの?」


「まあ、ここは定番の300円以内ってことにしようか」


 勝手知りたるスーパーの食品売り場。こぞってお菓子売りに進行し、思い思いにお菓子を物色していると「ひなちゃん?」と声を掛けられた。


「あっ、ゆうくんのお母さん。こんにちは」


 この頃、クラスの男子に冷やかされて、ゆうくんとは少し距離を取っていた私だが、おばさんとは良好な関係を築いていた。


 おじさんに対する愚痴を聞かされるくらいの。


「そんなにお菓子買い込んでお出かけ?」


「うん。塾のみんなとキャンプに行くの」


「そう。友人ゆうともサッカーばかりで二人が一緒にいるところあまり見ないから、おばさん寂しいわ」


「あ、うん。……も、もう高学年だもん。あまり一緒にはいられないよ」


 距離を取りたがっていた私とは違い、ゆうくんは周りの反応など、どこ吹く風。特に気にすることもなく話しかけてこようとするから結果、他の人から見ると私が冷たくあしらっているように見えたと思う。

 みっちゃんもゆうくん同様、周りのことなどお構いなし。まあ、みっちゃんを冷やかそうとするような人はいなかったってのもあるのかも。


 そんな私でも、ゆうくんのことは変わらず好きだったので、おばさんを通じて情報をもらっていた。

 この前、初めて試合で点獲ったんだよとか、練習に夢中になって夏休みの宿題全然やってないとか。


 それはもう、うれしそうな表情で話してくれた。でも、時折見せる疲れた表情も気になっていた。


「おじさんね、お仕事忙しいの。だから、たま〜に、さみしくなっちゃう」


 ホントはずっとさみしかったんだと思う。


 だから———


「宮園さん、決まった? そろそろ———」


 おばさんと話している途中で先生が呼びに来て、そして……、先生はおばさんに一目惚れしてしまった。


 それはもうわかりやすいくらいに。


 目を見開き、口は半開き。もう、おばさんから目が離せないといった様子。


「先生?」


「……はっ! は、はじめましてっ! 花園ゼミナールの佐伯です! 宮園さんの担当をさせていただいております!」


 ピシッという効果音が聞こえてきそうなお辞儀。


「まあ、塾の先生ですか。ひなちゃんのこと、お願いしますね」


「はっ、はいっ!」


 おばさんは当たり障りのないような対応。そりゃそうだよね。既婚者だし、子持ちだし。


 だから相手する訳ないと思ってた。


「先生、先生」


「いつも寂しそうにしてるからチャンスあるかもよ? 狙っちゃう?」


 ニシシシと笑いながら冗談で言った。


 そう、冗談だった。


 

 中学に入ってからは部活も忙しくなり、塾も変わったので先生とも疎遠になっていた。

 

 おばさんとも会う機会が減っていた中学2年の初冬。


 コンクールのために訪れていた岐阜県で、あの時に乗せてもらった車を見かけた。


 運転席には佐伯先生。

 そして、その隣には楽しそうに笑う、ゆうくんのお母さん。


「えっ?」


 車から降りてきた2人に近づき———


「不倫? おばさん、不倫じゃないよね?」


 一縷の望みを込めて尋ねた私におばさんは困った表情で答えた。


「不倫、だね。いけないよね。わかってたつもりだよ。はっきり、させないとね」


 そして、おばさんはその翌週には姿を消していた。


♢♢♢♢♢


「そうか、それは君には余計な気を使わせることになってしまったな」


「そうね。あなたは何も悪くないわ。本人たちが決めたことだもの。友人ゆうとくんにはさみしい思いさせてしまったけど、あなたが友人くんに罪悪感を抱く必要はないわ」


「あ、あの?」


 話し終えた私の前に、いつの間にやら見知らぬ男女が座っていた。


「父母」


 白鷺先輩が表情も変えずに答えてくれた。


友人ゆうとの幼馴染って言うとお隣さんかな? 覚えてないかも知れないけど何度か会ったことがあるよ」


 先輩のお父さんは、双子というだけあっておばさんとよく似ている、先輩はどうやらお母さん似らしい。


「ん、私にライバル視してたのゾノだったか。なんども睨まれたの幼心に覚えてる」


 おかしい。私にそんな記憶はない。


「逆じゃないの、あんたが追い返そうとしてたのよ」


「ん? 知らない」


 どうやら私が覚えてないのをいいことに先輩が捏造したみたいだ。


「えっと、ゾノちゃん?」


「宮園陽菜乃です」


 ゾノちゃんはちょっといやかな?


「うん。ひなのちゃんね。さっきも言ったけど、君が罪悪感を抱く必要はない。今まで余計な気を使わせてしまって悪かったね。申し訳ない」


 おじさんとおばさんは揃って頭を下げてくれた。


「や、やめてください。そう言っていただけるのはうれしいですけど、実際にゆうくんはひとりでさみしい思いをしているんです。それが……私にはそれが許せないんです」


 もう高校生なんだから、と言われるかも知れない。


 男の子なんだからって。


 普通に別れたなら、まだ切り替えれるだろう。


 でも、ゆうくんは違う。ある日突然紙切れ一枚残していなくなったんだ。


 怒っただろうし、困惑しただろう。


「ま、いなくなっちまったものはしゃーねぇや」


 この、ゆうくんの言葉は本心の一部なのかも知れない。


 でも、ゆうくんも気づいてないのかも知れない。


 私だけが気づいてるのかも知れない。


 食事中、ふと寂しげな表情をするのを。


「ん、私に妙案がある」


 カチャっとソーサーにカップを置いた白鷺先輩がおじさんとおばさんに向き合い、テーブルの上に三つ指を付いた。


「お父さん、お母さん。長い間お世話になりました。私は友人ゆうとのところに嫁ぎます。立派な妻になり、立派な母になります」


「「はっ?」」


 突然のことに私は固まってしまった。

 

「問題ない。予定より少し早くなっただけ」


 小首を傾げて驚いた両親を見つめる白鷺先輩。


「いやいや、問題しかないわ!」


 ピシッと右手でつっこむおじさん。


「家事スキル0の早苗に何ができるって言うのよ」


 呆れ顔のおばさん。

 

 白鷺先輩、家事できないんだ。意外だなぁ。


「ん? 友人ゆうとの心を癒やしてあげれる。なんなら夜伽で身体も———」

「だっ、だめです! ゆうくんのお世話は私がします」


 びっくりするようなことを言う白鷺先輩の言葉を遮りながら牽制した。


「そうよ早苗。こんなかわいい彼女がいるんだからあなたの出る幕はないわよ」


「ん? ゾノは他に彼氏がいる。友人ゆうとの彼女じゃない」


「うっ! そ、そうですけど、幼馴染としてゆうくんの役に立ちたいんです! 遠くの親戚より、近くの幼馴染です。大丈夫です。私の料理はゆうくんのお墨付きです。だから、白鷺先輩はおとなしくしていてください」


 私は幼馴染という立場を盾に必死に存在をアピールするのであった。

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