18話 フロランタン
前半が終わり控え室に戻るとコジさんから労いの声をかけられた。
「ユウ、お疲れ様。全体的には及第点だ。でも、たまに集中切らしてたな? 上のレベルになると一瞬の気の緩みが失点に繋がるからな。それだけは気をつけておけ」
「ウス。気をつけます」
「オウ、ダウンしっかりやっとけよ」
そう言うとコジさんはレイに声をかけに行った。
「よっ、お疲れユウ。お前も
「っすね。一安心っす」
戦力見極めの今日の練習試合。交代枠が自由という時点でフルタイム出場だとヤバいと感じていた。
「ユウ、ダウン」
コジさんとの話を終えたレイが気怠そうに声をかけてきた。すでにリラックスモードに入り睡魔と戦っているらしい。
「お前、すでにダウンしてんじゃん」
「ん? 身体はまだ」
「まあ、確かに。んじゃ行こうぜ」
室内練習場に移動し、ジョグで心拍数を落としてからストレッチで筋肉をほぐしていく。
「翔は居残りか。まあ初出場だし当確はフルタイム見てからってとこだな」
遅れてダウンにやってきた修さんが周りを見渡しながら声をかけてきた。
「まあ、何度か寄せきれてないとことかあったし。そう簡単に当確だされたらたまったもんじゃないっすよ」
俺だってこんなスムーズに上がったのは初めてだ。やっぱり若いうちは苦労してナンボってことでしょ。
「パスの精度もイマイチ。改善させて」
レイは目を擦りながら修さんに要求。
「自分で指摘しろよ。と、お前に言っても無駄だな。まあ話しといてやるよ」
半ば呆れながらもキャプテンとしての役割を果たしてくれるようだ。
「さすがキャプテン。んじゃ他にも指摘するところがないかチェックしに行きましょうか」
ひと通りダウンを終えた俺は2人を促してグラウンドに戻った。
♢♢♢♢♢
前半を終えて4対0。
1得点1アシストのゆうくんの勇姿を間近で見ているのに応援することも、喜ぶこともできない歯痒さ!
ベンチに引き上げてきた星陵イレブンに笑顔はなく、重苦しい空気が漂っているようだ。
一番最後に戻ってきたコウくん。こんなに苦しそうな表情は初めて見た。
ふと顔を上げたコウくんと目が合う。
らしくないなぁ。キミはもっと飄々としてなきゃ。
笑顔を作り、右腕で力瘤を見せると苦笑いでサムズアップを返してくれた。
「ライバルになるんでしょ? 下向いたままじゃ相手は見えないよ?」
「だね。サンキューひなちゃん」
「どういたしまして」
実際に試合をしてみてコウくんも感じたみたい。
『格が違う』って。
でも追いつきたいなら現実を受け止めないとね。ゆうくんだっていっぱい頑張ってきたんだもん。
「あらあら。たまには彼女らしいこともするんだね」
「……うるさい」
コウくんとのやり取りを見ていたお姉ちゃんが意外そうな表情で言った。
「それにしても差がついちゃったわね。ウチの学校も県内じゃ強い方だと思ってたのに。今年のステノクは歴代最強って言われてるのも頷けちゃうね」
スコアボードに視線を移し、ため息混じりで呟く。
お姉ちゃんが言う通り、私ももう少し拮抗した試合になると思っていた。
ベストメンバーの星陵に対してステノクは、トップチームに帯同しているメンバーも含めて半分くらいは控えメンバーだった。
「当たり前だけど、ゆうくんだけじゃないもんね」
「そりゃあね。すでにJデビューしてる子もいるし、代表の子もいるからね。それでもゆうくんも結構な存在感だったし、Jデビューして代表入りもそう遠くないかもよ?」
「そんなに甘くはないと思うけど……、そうなってくれると、うれしいな。……ゆうくんには幸せになって欲しいもん」
ゆうくんだってさみしい時もある。夕食時、時折見せる儚げな表情は見ていて心がギュッとなる。
だから、私にできることはなんだってしなきゃ。それが、私にとっての———。
「そうね。でも、幸せになったゆうくんの隣にいるのは誰かしらね?」
「……お姉ちゃん、最近いぢわる」
ブーたれる私にお姉ちゃんは笑顔で答えた。
「お姉ちゃんであると同時に、私はひなの先生でもあるからね。正しい道を示してあげるのも私の役目よ」
「担任じゃないし」
「担任だけが先生じゃないでしょ? 現にゆうくんなんてバイトの許可を
ため息を吐きながらいじけ出すお姉ちゃん。たぶん、心配させたくなかったんだと思うけどなぁ。ゆうくんがバイトするって言えば「なんで?」って聞くだろうし。ただでさえ練習で忙しいゆうくんのことを考えて反対してた可能性は高いし。
「いろいろ聞かれるの面倒だったんじゃない? お姉ちゃん過保護なんだから」
「……ひなと違って家事できないし。心配くらいしかできないからね。それにしても薄情な弟と妹だこと」
なぜか流れ弾に当たってしまった。
「あっ、ハーフタイム終わるよ。って、あれ? ゆうくんいない? まさか交代?」
「うそっ!!! すごく良かったのに!」
グラウンドに戻ってきた選手の中に背番号4番がいないことに気づき、私は愕然とした。
素人の私から見ても今日のゆうくんは活躍していたと思う。ひょっとして、事前に決められた課題をクリアできなかったとか? ハーフタイム中に監督と喧嘩したりとか?
「あっ、主力の子たちばっかりいなくなってるね。じゃあ何か悪くて交代したわけじゃなさそうね」
お姉ちゃんの安心したような声に、私もステノクの選手たちを確認。前半よりも背番号が大きい数字の人が増えたかも。交代したのもいつも試合に出てる人ばかり。
「良かったから交代したってこと? それなら、まあ、良かった。けど、もうちょっとゆうくん見てたかったなぁ」
今日のゆうくんからは全く目が離せなかった。堂々とした佇まい。試合をコントロールするコーチング。正確なフィード。勇猛果敢なダイビングヘッド。
やっぱりサッカーに夢中になっているゆうくんは誰よりも輝いている。
そんなゆうくんを、私はいつまでも見ていたい。
誰よりも、そばで。
幼馴染、として。
♢♢♢♢♢
試合は後半、ステノクが2点を追加して6-0で勝利。試合後、コジさんはドヤ顔で松先と握手を交わしていた。
その後は夕方からバイトに行きまかないを食べてから真理亜を送り帰宅した。
今日の真理亜は終始おかしく、ジロジロと俺を見たり、歯切れの良い彼女にしては会話中に言い淀んだりしていた。
今にして思えば、いつもより顔が赤かったような気がする。ひょっとして体調が良くなかったのかもしれない。
自宅の玄関を開けると部屋には明かりがついていた。今日はバイトの日だからひなは来てないはず。
「ひなの靴だよな」
玄関にはいつもひながはいているAdmiralのスニーカーが綺麗に揃えられていた。
「ただいま」
靴を脱ぎ玄関を上がるが、中から返事はなかった。訝しみながらもリビングに向かうと、ひなはダイニングテーブルに突っ伏してかわいい寝息を立てていた。その横には小さな箱が置かれている。
「ひな。こんなとこで寝てると風邪ひくぞ」
肩を揺らすと「んんっ」と声を上げながら目を覚ました。
「ん〜、ゆうくんおかえり」
「おう、ただいま。いつからいたんだよ? もうすぐ22時だぞ? そろそろ帰れよ」
「うそっ! もうそんな時間?」
慌てたひなは壁にかけられた時計を見ながらキッチンに向かった。
「あのね、フロランタン作ったの。だからゆうくんにも食べて欲しくて」
紅茶を淹れてきたひなはテーブルの上の小箱から、おいしそうなフロランタンを出してくれた。
「お〜、うまそうだな」
「うん。試合の後にこうくんの家で教えてもらったの。『嫌なことを忘れるにはお菓子作りに没頭するのが一番』だって」
「あ〜、そか。そういや光輝からメッセージきてたなあ。後で返事しとくよ」
試合後は肩を落としてたからな。
「うん。あっ、ゆうくん。それでどうかな? 初めて作ったにしてはおいしくできたと思うんだけど」
ひなに促されてフロランタンをひと口。
「うめぇ。店で売ってるやつみたい」
それにしてもフロランタンか。さすが俺の好きなものを良く知ってらっしゃる。
「ホント? 良かった。ゆうくん、小さい頃から好きだもんね」
「……だな」
小さい頃、お袋はデパートに行くといつもフロランタンを買ってきていた。
俺が好きになったのはその影響だ。
「今度は一人で作ってみるから、また食べてね」
ひなの無邪気な笑顔は、幼い頃に見たお袋の笑顔を思い出させた。
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