16話 格の違い

 星陵ボールでのキックオフとなった試合は、俺の予想通り星陵がスタートから積極的に仕掛けてきた。

 星陵のフォーメーションは4-3-3。中盤の底は1枚のいわゆるバルサスタイル。


「まだ始まったばかりだ! 慌てずに丁寧に繋げ!」


 迷彩柄のユニフォームに身を包んだ光輝の声が最後尾から響く。


 中盤はこちらの方が数的優位を保っていることもあり、星陵はサイドからショートパスとドリブルで切り崩しにかかってくる。


「外に追い出せ」


 サイドバックに指示を出してマーカーをチェック。基本的にメンバーはいつも屋上からみているので特徴までわかっていたりする。

 平日の放課後の練習に向かうまでの時間を屋上で過ごしてるのには訳がある。もちろん、偵察だなんて意味ではなくピッチ全体を俯瞰して見るためのトレーニングをしていたりする。


 このポジション取りならどこを抑えるべきか? 下から見るとこんなイメージだけど上から見るとこう見えるとか。


 ササっと首を振り全体を見渡すと、相手の最終ラインはすでにハーフウェイライン手前まできている。それに合わせるように光輝もペナルティーエリアぎりぎりのラインにポジション取りしている。


「くっ、なかっ!」


 右サイドで行く手を遮られた相手ウイングが、縦を諦めて強引にアーリークロスを放り込んでくる。


「任せろ!」


 俺のマークするセンターフォワードは同じくらいの身長。

 チラリと後方を確認すると俺の相棒がすでにフォロー体制に入っているのが確認できた。


「んっ、任せた」


 俺はフォワードに身体を預けて競り合いながら、ヘディングをせずにスルーした。


「ナイス、ユウ」


 フォローに回っていた相棒は胸トラップでボールを収め、そのまま左サイドに展開した。

 

「顔出しにこい」


 スペースに味方を呼び寄せると、すかさず相手のマーカーが寄ってくる。前線からしっかりと身体を寄せてスペースを潰してくる相手に、俺たちディフェンス陣は最終ラインで横パスを繋ぎながら、縦に入れる機会を伺っていた。


「ユウ」


 周りを確認し、左からのパスを足裏で止めて右足のアウトサイドで軽く押し出し、ゆっくりと右にドリブルを開始。


 正面から相手が詰めてくるのを確認しながらも、その先に俺をチラチラ見ている味方に気づく。


 わかってるから慌てるな


 心の中で呟きながら正面の相手の背後に光輝の姿が見えなくなったところで右足の膝から下を素早く振り抜いた。


「あっ!」


 つま先で蹴り出したボールは、マーカーの脇をすり抜け前線へと飛んで行く。


「……くっ! 戻れっ!」


 死角からのロングフィードに光輝も対応が遅れ中途半端なポジションのまま、ディフェンス陣の立て直しにかかる。

 オフサイドラインを越えていたウチのフォワードは関係ないぜと言わんばかり。ゆっくり歩きながら戻ってくる。そして、それと入れ替わるように右サイドから斜めに走り込んでくるヤツがいた。


 俺が最後尾でドリブルを開始した時から飛び出すタイミングを伺っていた右サイドハーフの古畑翔ふるはたしょう

 4月からチームに加わった高校1年で今日が初スタメン。試合開始前からずっと視線でパスを要求してきていた韋駄天だ。


 タイミング的には光輝が飛び出してこればヘディングでクリアできるかもしれないギリギリのタイミング。


 故に


「セーフティ」


 俺は翔に向かい声を掛けた。

 無論、光輝の耳にも届き、腰を落としてトラップの瞬間に狙いを定めたようだ。


 翔を追ってきてるのは左サイドバックのキヨだが、完全に振り切られて独走状態。

 落下地点にたどり着いた翔の前に光輝が迫ってきているが、翔は勢いそのままに左足を振り抜いた。


「なっ!」


 ペナルティーエリアを飛び出した光輝の頭上をすり抜けたボールは、ゴール右隅に吸い込まれる。


『ピッ、ピッー』


「ウッシャー!」


 ランニングボレーはや———、ランニングボレーシュートを決めた翔が喜びを爆発させる。

 ダイレクトプレイが得意なヤツだとは思っていたが、ここまでキレイにハマるとはな。


 「セーフティ」という言葉をしっかりと理解した翔。俺が言ったセーフティの意味は「ゴールできる確率」のこと。ダイレクトシュートは難易度は高いが、ワントラップを入れていたら光輝に防がれる可能性が上がっていた。

 それを共通認識できて———


「ナイスパス、ユウ! 派手に決めてやったぜ!」


「……ナイッシュー」


 攻撃的な選手には感覚派が多いと改めて思い知らされたわ!


♢♢♢♢♢


 先制点が決まってから、星陵は最終ラインを浅めに設定。おかげで早く追いつきたい攻撃陣との距離が空き、中盤が間延びし始めた。こうなると中盤の人数で勝るウチが優位。ショートパスと小刻みなドリブルで中盤を制圧しながら全体で前へ前へと押し込んでいく。


「まだ時間はたっぷりある。弱気になるな! ライン上げろ!」


 星陵ベンチから松先の檄が飛ぶ。しかしながら、一度できた後ろへの不安を払拭できないディフェンス陣はウチの攻撃陣のポジションに合わせてしまっている。

 同じく最終ラインを預かる身としては、ラインを上げ下げしながら相手フォワードを押し返すくらいのことはやって欲しい。しかし、その最終ラインを統率するリーダーがライン内にいない。

 星陵の場合はGKの光輝がラインコントロールをしているらしく、後ろからの目線なので微妙にタイミングがズレるときもあるようだ。


「中盤、有効に使おう。オサムもっと上がれ」


 弱腰になった相手に合わせるつもりもないので、全体的にラインを上げるように指示を出す。

 司令塔の修さんがトップ下の田中寿英たなかとしひでとのワンツーから縦に抜け出すが、飛び出してきた光輝に僅かな差でクリアされた。


 前半20分過ぎ、ウチのパス回しに慣れてきた相手がリズムを掴みだす。


「キヨ! サイド抉れ!」


 左サイドバックのキヨがワンツーで抜け出し、ウチの右サイドを駆け上がってきた。


「外切れ」


 サイドバックに指示を出してカットインを誘うと、俺との一対一を心待ちにしていたキヨがスピードに乗ったまま突っ込んできた。


友人ゆうと、勝負!」


 右足のアウトサイドでボールを擦る仕草をしたキヨ。


 エラシコだな


 中学時代、何度も練習していた光景を思い出していると、ボールがつま先を越えた瞬間インサイドで方向転換したキヨが満足気な表情に変わった。


 甘い


 あらかじめ残しておいた右足でボールをカットした俺は、すぐ前にいた修さんにボールを預ける。


「ナイスカット」


 ボールを受け取った修さんは素早く反転し、ガラ空きの右サイドにドリブルで切り込む。それに呼応するように右サイドの翔は中央に入り敵を撹乱。

 翔を警戒するディフェンダー陣は振り切られないように一定の距離を保ちながらマークしている。

 ドリブルスピードを緩めた修さんは中央にスルーパスを送るべく身体の向きを変えると、キヨのフォローに入ってサイドに開いていたボランチが定位置に戻ろうとした。


「くれ!」


 その声に修さんは右のアウトサイドでボールをサイドに叩いた。


「外かよ!」


 中に意識を向かせていたことが功を奏し、サイドバックがガラ空きの右サイドを易々と突破。センタリングを上げさせまいと詰めてきたセンターバックを尻目にマイナスのパスを出す。


「なっっ!」


 ペナルティーエリア手前、斜め45度の位置に送られたボールは後方から走り込んできた修さんの元に。


「ナイスパスだ!」


 勢いそのままにダイレクトシュートを打つと『ガコン』という金属音が鳴り、ボールは光輝の背後をテンテンとした。


『ピッピッー』


 クロスバーの真下に当たったボールを、ただ見送るしかなかった光輝は見て取れるくらいに肩を落としていた。


 まあ、あれだけ振られたらGKはしゃ〜ねぇよ


 前半25分。


 点差は2点に広がった。

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