15話 まもなくキックオフ

 室内でのアップが終わり、ミーティングルームに入っていくとホワイトボードに今日のフォーメーションとメンバーが書き込まれていた。


「センターラインは仙台戦のままか」


 ウチのフォーメーションは4-5-1。

中盤はダブルボランチにトップ下、サイドハーフは高めのポジション取りで見ようによっては3トップにも見える。


「今日の練習試合、交代枠は自由だ。どんどん入れ替えていくからそのつもりでいろよ」


 コジさんの声がミーティングルームに響き、場の空気がピンと張りつめた。


「スタートはショートパス主体で組み立てろ。メンバーが代わってもやることは同じだ。その上でお前らの個性を見せろよ。きっと相手はお前たちのことを行儀のいいエリートとでも思ってるだろう。でも、実際のお前たちはどうだ? 泥くさいサッカーだってできるわけだ。いいか? 相手の土俵なんてないと思い知らせてやれ。お前たちが相手に合わせる必要はない。俺からは以上だ。修」


 コジさんの後を引き継ぎキャプテンの修さんが前に出てきた。


「コジさんが言ったように、今日の試合はショートパスで繋いでいくぞ。その上で、俺かユウが捌いていく。各自、ギアチェンジのタイミング見失うなよ」


 ボランチの修さんが今日のキーマンになってくる。そこを潰しにくるかはわからないが、的を絞らせないためにも俺の存在が重要になってくるわけだ。


 ミーティング後、グラウンドでボールと芝の感触を確かめるために外に出た。


『パチパチパチパチ』


 拍手で出迎えてくれるサポーターに頭を下げて応える。俺たちもプロのタマゴ。応援してくれるサポーターは大事にしなければいけない。

 きっと、ひなやみっちゃんも応援にきてくれているだろうから満足できる試合を見てもらいたいし。


 グラウンドでのアップはボール回しからはじまる。チームによっては『とりかご』とか他にも呼び方はあるみたいだが、4人がショートパスを繋ぎ、その間で1人がボールを取りに行くオーソドックスな練習だ。


 芝は短く刈り整えられ、水が撒かれているためにボールが走りやすい。パススピードが上がるためにボールタッチをミスるとピンチに陥りやすい。

 特に俺のポジションでは致命的なミスになるので、慣れたホームグラウンドでも試合前のチェックは欠かせない。


『ドンドン』

「修!」

『ドンドン』

「修!」


 サポーターの応援が始まり、太鼓の音が響き渡る。名前を呼ばれるのは照れ臭いがテンションは一気に上がる。


『ドンドン』

友人ゆうと!」

『ドンドン』

友人ゆうと!」


 俺の名前が呼ばれ、左手を軽く上げて応える。


友人ゆうと! ファイト〜!」


 サポーターの中から聞き覚えのある声が響くが、個別に応えることはせずに練習を続ける。

 小学生の頃から時間を作っては応援に来てくれる、みっちゃんには感謝しかない。中学の途中からはひなと一緒にくるようになったが、アウェーにまで来てくれるのは驚きだ。


♢♢♢♢♢


「みっちゃん、おはよう!」


 駅前のロータリーで一際輝いている人物に声をかけた。


「やあ、真理亜。おはよう。今日の服装も真理亜に似合ってる」


 はぁ〜、みっちゃんが男だったらと思うと残念でしかたない。いや、いっそもう百合百合しくするのもありなんじゃ? と思ってしまう程だ。


「あの、おはようございます」


 そんなイケメンなみっちゃんにウチの似非イケメンが挨拶をした。


「やあ、キミが真理亜の弟くんだね。私は相根三千代だ。今日はよろしく」


 爽やかな笑顔で右手を差し出すみっちゃん。思わず私が握ってしまいそうになる。


「 ……匠です。よろしくお願いします」


 弟は顔を赤らめながら、差し出された右手を遠慮がちに握り返した。

 中学では意外とモテているという弟も、ホンモノを目の前にすると萎縮してしまうみたい。


「さて匠。キミもサッカーをやってるんだろ? 今日は友人ゆうとのすごいところを余すとこなく伝えたいと思う。彼が身長だけかどうか。しっかりとその目に焼き付けてもらうよ」


 弟の暴言が原因で今回の観戦が決まったのだが、その言葉とは裏腹にみっちゃんの表情は柔らかい。


「……あ、ウス」


「よし。真理亜も友人ゆうとがサッカーするのを見るのは初めてだろ? いつもとは違う友人ゆうとにオチてしまわないように気をつけてくれ」


「は、はぁ? ないない。45点だよ? いくらサッカーが上手くても、そんなんでオチるほどチョロくないよ〜」


「ふふっ、そうか。試合後にぜひ感想を聞かせて欲しい。ああ、ちなみに私はサッカーをする友人ゆうとには恋してるよ」


 衝撃的なみっちゃんの告白! でも、それが男女の恋愛の意味の恋ではないことは私にはわかる。みっちゃんは男女の枠組みを越えたところにアイツの存在を置いている。たぶん、アイツも。お互いにリスペクトしてるって言うのかな? それにしても、みっちゃんにここまで言わせるアイツって、そこまですごいの?


♢♢♢♢♢


 パスに乗り試合会場のステノクの練習場についたのはキックオフ30分前。バス停から坂を少し上がった駐車場は満車状態。よく見るとウチの高校のスクールバスも停まっている。


「な、なあ、ねーちゃん。その友人ゆうとって人、相根さんの彼氏?」

 

 先行するみっちゃんに気づかれないように匠が私に耳打ちをしてくる。


「はぁ? んなわけないでしょ。それでも、大事な友達には違いないから、あんた発言には気をつけなさいよ」


「お、おう」


 念のため釘を刺しておかないと、無意識にボソっと何か言いかねないからね。


 姉弟で秘密の会談をしていると、みっちゃんが誰かと話しているのに気づいた。


「おはよう、かやさん。陽菜乃もおはよう」


 どうやらここはウチの高校のベンチらしい。その真後ろの観客席に担任のかやちゃんと妹の宮園さんが並んで座っていた。

 松先の彼女のかやちゃんと光輝くんの彼女の宮園さん。まあ、この2人がここにいるのはおかしくないか。それにしても宮園さん。彼氏の応援にきてる割には表情が冴えない。相手はプロのユースチーム。彼氏はGK。これからの試合の心配でもしてるのかしらね?


「みっちゃん、柘植さん。良かったら一緒に見ない?」


 宮園さんからのお誘いにみっちゃんは挑発するかのように返した。


「いや、私は友人ゆうとの応援だから、こんな敵陣の中心は遠慮しておくよ。陽菜乃はの応援かい? ああ、心配する必要はないよ。友人ゆうとの応援は私がいれば十分だ」


 みっちゃんの恋人宣言? は宮園さんのみならず、その場にいた人を凍りつかせた。


♢♢♢♢♢


 みっちゃんの友人ゆうと推し宣言の後、ホーム側の観客席に来た私たち。


「さて、どの辺りに座ろうか? ん? 櫻さん?」


 観客席の一角、その人の周りを避けるかのように空席になっていた。


「あらっ! みっちゃんじゃない。久しぶりね。ゆうちゃんの応援?」


 みっちゃんの友達だろうか? 類は友を呼ぶというか、控えめに言っても美人さんがみっちゃんに手を振っている。


「ええ。友人ゆうとの勇姿が見れるとあっては来ないわけにはいきませんからね。真理亜、彼女はかやさんと陽菜乃のお母さんの櫻さんだ」


「はぁ? お母さん? いやいや、お姉さんにしか見えないよ?」


 お母さんということは40代? どれだけ多く見積もっても30代後半でしょ?


「あらあら、陽菜乃のお友達かしらね? ゆうちゃんと陽菜乃がお世話になっています」


 人懐っこい笑顔に私のハートは撃ち抜かれてしまった。


「柘植真理亜です。あ、あの。私も櫻さんと呼ばせてもらっていいですか?」


 弟からの視線が突き刺さるが無視だ。美しいは正義。みっちゃんと櫻さんを交互に愛でながらサッカー観戦とは。今日の星占い1位は間違いじゃなかった。

 

 弟に友人ゆうとのすごさを教えると言っているみっちゃんの左に匠、右に私とその隣に櫻さんと私は両手に花状態でホクホクしていると、みっちゃんは鞄から応援グッズであるマフラータオルを———


「あらっ、みっちゃん。それ、ひょっとして手作りかしら?」


 既製品とデザインは同じだけど、そこには『4 YUTO』の文字が織り込まれていた。


「ええ。編み物なんて初めてだったけど既製品なんかじゃ納得できなくて。拙い部分もあるけど気に入ってます」


 まじまじとマフラーを見せてもらったけど拙い部分なんて一切ない。絶対に妥協を許さない感じで編んだに違いない。

 くそ〜! 45点友人のくせに! うらやまし過ぎる!  


『パチパチパチ』


 グラウンドに選手が出てくると観客席から拍手が起こった。

 光輝くんは星陵の最後尾に並び、その隣には違うユニフォームを着た友人ゆうとが私の知らない表情で歩いていた。


「うん。気合いの入ったいい表情だ」

「そうね。今日の試合もカッコいいゆうちゃんが見れそうだわ」


 左右の美女はうっとりとした表情で見つめている。

まあ、確かに学校での眠そうな表情でもバイトでのちょっとマシな表情でもなく、自信に満ちたような表情をしたアイツに、私もドキッとしてしまったのは黙っていよう。


『ピー』


 私自身も友人ゆうとから目が離せなくなる中、キックオフのホイッスルが吹かれた。

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