11話 気になるあいつ

「ん〜!」


 両手を上げて身体をめいっぱい伸ばすと、背中からバキバキという音が聞こえてきた。


「うおっ! 固まってたな〜」


 同じように身体をほぐしていたシンが、俺の背中からの快音に反応した。


「結局、もう昼じゃねぇか。帰ってベッドで寝直すしかねぇな」


 バックを肩に掛けながらヒロはげんなりとした表情で吐き捨てる。


 ケッタでの帰宅を思うとうげぇと唸りたい気分だが、みんなと違って親が車で迎えに来てくれるわけではないので仕方がない。


「じゃあ行くわ」


 親の迎えを待つヒロとシンに軽く手を振って、俺は重い足取りでペダルを漕ぎ出した。



 いつもなら20分の道のりは、疲労という足枷により10分の延長の末に到着した。

 駐輪場にケッタを停めるとポッケの中のスマホが震える。画面に表示されているのは我らが担任のかや姉。


 『もう着いたかな? 学校で待ってるね♡』


「……」


 今からカップ麺でも食べてベッドインするつもりだった俺は既読スルーのままスマホをポッケにしまい、いつものくせでマンション5階の自宅まで階段を登った。


「し、しまった。今日くらいはエレベーターにすればよかった」


 疲労を上乗せしたことで、食欲よりも睡眠欲がしゃしゃり出てきたので、さっさと寝ようと鞄の中からカギを出して開けようとしたところで、背後から柔らかい身体に拘束された。


「ゆうちゃん!」


♢♢♢♢♢


『ピピッ、ピピッ』


 枕元で控えめにスマホが電子音と共に震えた。少し重たい瞼をゆっくりと開けていくと、カーテンの隙間からうっすらと光が差し込んでいた。


「う〜ん。もう朝かぁ」


 水色とピンクのパステルカラーの寝巻き姿のまま、ベッドの上に座り身体を伸ばした。


「よいしょっと」


 ベッドから降り、クローゼットから制服と下着を持って浴室へ向かう。

 階段を降りると、ダイニングからコーヒーの香りが漂ってきたので、誘われるように足を向ける。


「お父さん、お母さん、おはよう」


「おはよう真理亜」


「真理亜、おはよう。先にシャワー?」


 お母さんの問いかけに制服をクイッと上げて応える。


「もうすぐできるから早めにね」


「了解」


 右手を額に当てて敬礼。


 柘植家の家族構成は会社員の父、近くのスーパーでパートをしている母、中学3年の弟と私の四人家族。


 お母さんはお弁当作り、お父さんはすでに朝食中、弟は……まだ寝てるかな? あいつ、朝練あるはずなのに大丈夫なのかな?

 

 寝巻きをキレイにたたみ浴室に入る。朝のシャワーの温度は熱めに設定。


『ジャッ』


 足元からお湯をかけていき、下半身から上半身へとゆっくりと身体を温めていく。


「はぁ」


 シャワーの心地よさに思わず吐息が漏れる。朝の身だしなみとは言え、あまり時間があるわけではないので15分程度で切り上げる。


 制服に着替えてリビングに行くと、ダイニングテーブルで弟がトーストを加えながらテレビのリモコンを操作していた。


「おはようたくみ。あんた随分とゆっくりだけど朝練大丈夫なの?」


「ウッス、ねーちゃん。昨日試合だったから今朝は休み」


 そういえば昨日は随分と辛気臭い表情してたなぁ。


「んっ、この辺だったな」


 ちょっと励ましてやろうかと考えてると、テレビからサッカー中継が流れ出した。


「ネット?」


「そう。昨日途中までしか見れなかったから、その続き」


 自分の席につき、野菜サラダを頬張りながらなんとなくテレビを眺めていると、地元クラブの黒いユニフォームが映し出されていた。

 けれど、なんとなく違和感がある。プロの試合にしては観客があまりいなさそうだし、いつもの中継に比べて映像が雑っぽい。


「ねぇ、匠。これって一昨日の試合?」


 確か、土曜日のデーゲームの試合結果を昨日の朝に見た記憶があったんだけどなぁ。


「はぁ? ちげーよ。これは昨日のユースの試合。来年俺が入るチームなんだから勉強しておこうと思ってさ」


「はいはい。中学でもレギュラー当確線上のあんたが入れるといいわね」


 道理で違和感があったわけだ。実況も淡々と伝えるだけというか、いまいち盛り上がりに欠けているような気がしていた。


『ゴールです。左サイドからのフリーキックに4番の柏原が頭で合わせてアウェーのステノク先制です』


「ふんっ! デカイだけで試合出れるやつはいいよな」


 ウインナーにフォークを突き刺しながら匠が毒づく。この二つ下の弟も私同様に背が低い。光輝くんも身長では苦労してるみたいだから、この子もコンプレックスを感じてるのはわかってた。


 その後もゆっくりと食べる匠を他所に、私は自室に戻り髪型を整えてからメイクをする。


「いってきます」


 玄関を出るときにはすでに匠のスニーカーは見当たらなかった。


♢♢♢♢♢


「みっちゃん、おはよう」


 教室に入った私はディバックを背負ったまま、みっちゃんに抱きついた。

 女子からは羨望の眼差し、男子からはいやらしい眼差しを向けられる。まあ、いつものことだと割り切ってるけどね。


「ああ、おはようマリア。今朝はバラの気分だったのかい?」


 私の唇からの薫りに気づいてくれるイケメン! 世の男子はみんな、みっちゃんを見習うべきなのよ。わかった? 45点!


「あれっ? 45点は?」


 いつもなら私よりも先にきているはずの友人ゆうとがいないことは気づいていたが、どうやら鞄までないらしい。


「ああ。友人ゆうとなら今日は遅刻するそうだよ。帰りの高速で事故渋滞に巻き込まれたらしいよ」


「高速? あいつバスツアーでも行ってたの?」


 週末はバイトも休んでたし、あいつの家庭事情もある程度は聞いてる。


「ん? いや、遠征の帰りだよ。昨日は仙台で試合だったからさ」


 空席の前に座る小倉くんがスマホを操作しながら教えてくれたけど遠征? あいつが学校以外のクラブチームでサッカーしてるのは知ってたけど、わざわざ仙台まで行って試合するようなチームだったんだ。


「昨日の友人ゆうとの活躍は素晴らしかったよ。清彦の感想を教えてくれるかい?」


「やっぱりネット配信だけじゃわかりにくいけど、身振り手振りを見る限り友人ゆうとがディフェンスリーダーなんだよな。あの失点だって崩されたわけじゃないから本職は及第点はもらったんじゃない? あの得点だって相手の死角をうまくついた結果じゃね?」


 ネット配信?


「ねぇ、みっちゃん。あいつってそんなにすごい選手なの?」


 みっちゃんの背中にしがみつきながら顔を覗き込むと、煌々とした表情を見せてくれた。


「あれ? 柘植ちゃん知らないんだ。ちょっと待ってよ」


 小倉くんがスマホを操作し、私のに差し出してきた。


「あれ? これって今朝の……、えっ? ひょ、ひょっとして友人ゆうとってステノクの選手だったりするわけ?」


 そこに映っていたのは、今朝自宅で見ていたのと全く同じ映像だった。


「ん? マリアは友人ゆうとがステノクの選手だって知らなかったのかい?」


「う、うん。サッカーやってるのは聞いてたけど、そこまで興味がなかったから」


 サッカーくらいのメジャーなスポーツならクラブチームなんていくらでもあるだろうし。


「ククッ、まあ45点に興味はなかなか湧かないよな」


「あなたは46点だけどね」


「グハッ!」


 他人事のように笑ってるけど、私が興味なかったのはサッカー選手としての友人ゆうとであって、クラスメイトとしてと言うかバイト仲間としてと言うか、まあ、男として? う〜ん? あの子の幼馴染としての友人ゆうとには興味がある。


『ゴールです。左サイドからのフリーキックに4番の柏原が頭で合わせてアウェーのステノク先制です』


「ここだよマリア。友人ゆうとが決めたここ」


 おおぅ。

 こんなに興奮してるみっちゃんを見たのは初めてかも。


「あ、うん。今朝、弟がデカイだけで試合でれるやつはいいよなって言ってたから覚え———」


 不意に振り向いたみっちゃんの表情を見て、思わず口籠もった。


「なに? 友人ゆうとがデカイだけだって? マリア。それは聞き捨てられないな」


 今朝のみっちゃんは表情の変化が激しい。明らかにお怒りのご様子。


「ち、違うの。あの、ね? ウチの弟も私と一緒で背が低いの。だから身長にはコンプレックスがあって、決して友人ゆうとが努力してないとか言ってるわけじゃないと思うの」


 なぜか弟のために必死に弁明をしちゃった。でも、みっちゃんがこんなに怒るなんて……。はっ⁈ ひょっとして友人ゆうとのこと! は、ないか。うん。ないない。


「みっちゃん、柘植ちゃんがビビっちゃってるから。それに友人ゆうとのすごさはピッチレベルじゃないとわかんねぇよ」


「ふむ? 清彦の言うことも一理あるか」


 小倉くんの助け舟のおかげで、なんとか落ち着いてくれたみっちゃん。


「だろ? 実はさ、今度うちの部活がステノクと練習試合することになったんだ。よかったら応援にきてよ」


 ん? それって誰の応援に行けばいいの?

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