10話 自慢のゆうくん

 「まじかよ……」


 眼前に広がるのは無数に伸びるテールランプの赤い光。


 仙台での試合を終え愛知に戻る途中、コーチ陣が交代で運転するバスは高速道路上で玉突き事故による足止めを食らっていた。


「明日は休むか」


 隣に座っている高野宏樹たかのひろきは欠伸をかみ殺しながら呟く。


「あ〜、行けても重役出勤になりそうだな。でも試験も近いから悩みどころだ」


 後ろの席から身を乗り出している黒川慎也くろかわしんやもヘッドレストに頬杖をつきながら言う。


「まあ、休み一択じゃね? 事故渋滞という大義名分があるんだから、しっかりと英気を養うとしようぜ」


 時刻は23時を少し過ぎた頃。


 フルタイム出場した俺はすでに片足を夢の中に突っ込んでいる。


『試合お疲れ様。明日はご馳走作るから2人で祝勝会しようね♡』


 いや、♡じゃねぇよ。


 船を漕ぎ出したところにスマホが震えたので画面をスライドすると、ひなからのメッセージが届いていた。


「おん? ユウに彼女なんていたか?」


 寝ぼけて油断していたせいで、ヒロにもシンにも画面を見られていた。


「勝手に見るんじゃねぇよ。それと彼女じゃねぇから。ただの幼馴染。一人暮らし状態の俺を心配して世話焼いてくれてるんだよ」


「げっ! 王道の美少女幼馴染ルートかよ! ユウ! 写真! 写真見せてくれ!」


 ヘッドレストをバンバン叩きながら催促してくるシン。


「写真なんてスマホに入ってねぇって。ただの幼馴染なんだし」


 スマホをジャージのポッケにしまい、手をヒラヒラさせて断る。


「いやいや。ただの幼馴染が世話焼いてくれるわけねぇって。お前が気づいてないだけで彼女はお前のことが———、あ〜、やっぱねぇかも」


 俺の顔をまじまじと見つめながら毒を吐くヒロ。


 失礼なやつめ!  


「まあ、理由はさておき、そんな事実はねぇよ。だってこいつは、俺のツレの彼女でもあるからな」


♢♢♢♢♢


 日曜の午後2時。


 私は正座をしてテレビの前に陣取っている。

 夜空を流れる流星のユニフォームに身を包み、手にはタオルマフラー。ちなみにユニフォームはレプリカではなく選手と同じオーセンティックに、オリジナルで『YUTO』と入れてもらった。日本に、いや! 世界に1着しかない私だけのオリジナルユニフォーム! だってユースチームのユニフォームにネームは入ってないもん! 背番号しか入ってないユニフォームを着ている。そしてトップチームにYUTOさんは所属していない。

 だ・か・ら! 私だけのオリジナル! のはずだったのに! 私の両隣に座る2人も同じユニフォームを着ている。


「どうして真似するかな〜」


「ん? ユニフォーム? そりゃ、ゆうくんを全力で応援するために決まってるでしょ?」


 右隣のお姉ちゃんはメガホンをバンバンと鳴らしながら画面を食い入るように見つめている。


「そうよ陽菜乃。自分だけ抜け駆けしようなんて問屋が降ろさないわよ。の応援なんだから正装しなきゃでしょ」


 小さい頃から可愛がっているお母さんには、ゆうくんは息子同然なんだろうね。


 うん、息子ね。


 ……わ、私と結婚すれば義理の息子になるよ? そう心の中でお母さんに言ってみる。


 うん。、だけどね。

 

「あっ! 出てきた! ゆうちゃ〜ん!」


 テレビに向かい一生懸命に手を振るお母さん。私だって負けてられない。両手でタオルを掲げて「ゆうく———」


「気合いだ、ゆうく〜ん!」


 両手でメガホンを口元に当てて叫ぶお姉ちゃんの声に、私の声援はかき消された。


 ムムムッ! 私が! 一番ゆうくんを応援してるのに!  


 画面には片手を上げて声援に応える選手たちが映し出されていた。


 ユースチームの試合がネット配信されていることを知ったのは最近のこと。ゆうくんとお昼休みに試合の詳細を話し合っていたこうくんに「なんでそんなに詳しいの?」と聞いたのがきっかけ。 

 その晩、家に帰ってきたお父さんにテレビでも見れるように回線を繋いでもらった。


「えっ? ゆうくんの試合がテレビで見れるの?」


 前節の時は、私しか試合スケジュールを知らなかったからユニフォームを準備してたのも私だけだった。なのに! ちょっと2人とも準備良すぎない?


『ピー!』


 試合はホームの仙台が序盤から積極的に攻め込むけど、ゆうくんを中心としたステノク守備陣が冷静に対応。


 うん。背番号4は頼りになるの!


 試合が動いたのは前半終了間際。右サイドからの早いフリーキックに、ゆうくんが頭で合わせてアウェーのステノクが先制。


「「「きゃ〜!!!」」」


 宮園家に黄色い声援が響き渡る。昼間で良かったよ。ちなみに私たちの後ろのダイニングテーブルでビールを飲みながら観戦していたお父さんは、歓声に驚きグラスをひっくり返したそうな。


「いや〜、やっぱりゆうちゃんはエースだね」


「うん? ディフェンダーにエースって付けないんじゃない?」


「細かいわね陽菜乃。それだけゆうちゃんがすごいってことなんだからいいじゃない」


 ハーフタイム中に選手さながらの給水をしながら、感情の赴くままに話すお母さん。


「ね〜。ゆうくんの活躍が自分のことのように誇らしいよね。誰かに自慢したい! って気持ちになるもん」


 お父さんが冷蔵庫から出してきたばかりの缶ビールを、さも当たり前のように飲み出したお姉ちゃん。お父さん、何も言わずにもう一本持ってきたよ?


「みっちゃんからステノクくんのスタンプが送られてきたよ」


 ステノクくんとはステラノクス名古屋の公式マスコット。星の形をしたゆるキャラなんだけど、人気はいまいちらしい。


「みっちゃんもゆうちゃんのファンだもんね。これでゆうちゃんも全国区になっちゃったら女の子にモテモテよ。陽菜乃。うかうかしてるとなゆうちゃん、誰かに取られちゃうわよ」


 全国区にならなくても、年々ゆうくんの良さに気づく人は増えてきている。小学生の頃なんて私とみっちゃんくらいだったのになぁ。


「んっ? 取られちゃうって、ひなには———」


 お母さんの言葉に反応して、余計なことを口走りそうなお姉ちゃんの口を両手で塞ぎ、お母さんに見えないように目で威圧する。


 余計なことは話すな、と。


 口を塞がれながらカクカクと首を縦に振るお姉ちゃん。素直なお姉ちゃんは大好き。


「ほらほら、後半始まるわよ」


♢♢♢♢♢


 後半、試合はお互いに一点ずつを加えて迎えた終盤、アディショナルタイムにゆうくんの縦パスからゴールが生まれ、3-1でステノクの勝利。


「ゆうちゃん大活躍! ヒーローインタビュー間違いなしね!」


 お母さんはゆうくんの活躍にご満悦。でも、さすがにヒーローインタビューはないよ? 

 その後も女3人でゆうくんの勇姿を讃えあった。

 お父さん、昼間っからビール飲み過ぎないようにね。


 その晩のこと、宿題を終えて新メニュー開拓のためにパソコンとにらめっこしているところに「トントン」と来客を告げる合図が聞こえてきた。


「は〜い」


「私。入るわね」


 ノータイムで開かれる扉。

 返事を聞かないならノックの意味ないよね?


「何?」


 視線はパソコンのまま話しかける。

 よいしょといいながらベッドに腰掛けたお姉ちゃんが、前置きなしで本題に入ってきた。


「ひな。光輝くんとのことお母さんには内緒なの?」


 お母さんは私が小さい頃から「大きくなったら、ゆうくんとけっこんする!」って言ってたのを知ってるからね。


「……なんとなく恥ずかしくて」


 私が用意できたのは、その場を逃れるために用意した弱々しい理由。もちろん、お姉ちゃんには本心はバレてるだろう。


 お姉ちゃんは「はぁ」とため息をつくと、真剣な表情で見つめてきた。


「話したくないなら理由は聞かないけどね。後悔だけはしないようにね」


 お姉ちゃんはそう言い残すと、足早に部屋を後にした。


 一人取り残された部屋の中、本棚に飾られた写真を眺める。

 高校の入学式でゆうくんと一緒に撮った写真だ。まだ一年前だというのに、写真の中の私たちはあどけない笑顔をしている。


「しょうがないじゃない。私にゆうくんの彼女になりたいなんて言う資格、ないんだから」


 徐々に霞む視界の中、オーディオから流れる軽快なJ-POPが恨めがましく感じていた。


 

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