9話 おしかけカップル
カチャカチャカチャ
「くっ!」
クルッ、カチャカチャ
「うおっ」
カチャ、カチャカチャカチャ
「まっ! そこからフライスルーかよ!」
カチャ
「っの! あぁぁ〜! くっそ! またやられた!」
♢♢♢♢♢
日曜日の黄昏時、練習が終わり洗濯機を回しながらネットサーフィンをしているところに来客を知らせるチャイムが鳴った。
『ピンポーン』
「んっ? 今日何か届く予定だったか?」
みっちゃんなどの友達がくる場合は、あらかじめ連絡をくれる。まあ、ごく一部の例外を除いてだが。
ひなならカギを使って勝手に入ってくるだろう。まあ、その場合はカギ没収だけどな。
「はい」
怪訝に思いながらモニターを確認すると、ごく一部の例外が映し出されていた。
『遊びにきたぞ』
「ただいま留守にしております。ご用件の方は発信音の後に———」
『ガチャ、ガチャ』
お帰り願おうとAI口調で話しかけているところで、不法侵入を許してしまった。
「ゆうくん、ただいま」
「お前のウチは隣だぞ。間違えてるので出直してください。そしてカギは返しやがれ!」
不法侵入者1号こと、ひなに右手を伸ばすと隣にいた不法侵入者2号こと光輝がエコバッグを手渡してきた。
「美少女の夕食デリバリーで〜す。キッチンまでよろしく」
2人してニコニコと笑顔を向けてくるもんだからすっかり毒気を抜かれてしまった。
「へいへい」
光輝に言われるがままにキッチンに行き、エコバッグの中身を冷蔵庫に片付ける。調味料やら洗剤、三角コーナーの水切りネットなども買ってきているのは、ひながうちのストックまでも把握しているからだろう。
一人暮らしの彼氏のウチにくる彼女かよ。
言葉にはしないが心の中で呟く。
「えへへ。今日はこうくん直伝のトンテキを作りたいと思います。2人はできるまでゲームでもして待っててね」
勝手知りたる隣家。
ひなはクローゼットにしまってあったマイエプロンを装着し、エコバッグからナマモノ以外のものを片付け始めた。
「じゃあ料理は任せたよ。
親指を立ててサムズアップし合うバカップル。
ゲームの準備を光輝に任せて、俺は自室に戻り財布から2000円を引き抜き、ひなに渡した。
「んっ? ああ、ちょっと待ってね」
パタパタとスリッパの音を響かせながら、ダイニングテーブルに置いた鞄の中から財布を取り出して500円を渡してきた。
「はっ? いやいや。どう見てもお釣りは出ないだろ。自分たちも食べるからってことか?」
食材以外は値札が貼られていなかったが、俺だって生活必需品の買い物はする。なので相場くらいは把握している。
「それを差し引いてもだよ? おつとめ品とかまとめて50円引きとか、洗剤なんて広告の品で通常価格から100円引きだったもん」
ひなにブイと言いながらドヤ顔でピースを向けられた。
「そか。お前、しっかりとした嫁さんになりそうだな」
素直に賛辞を送ると、ひなは頬を赤らめて「へへへ」と笑った。
「うん。その、……頑張るね」
なにを? とまでは聞かなかったが花嫁修行のことだろうから、俺じゃなくて光輝にでも宣言して欲しい。
ひなは赤く染まった頬をパンパンと両手で叩くと、うれしそうに調理を再開した。
そういえばひなが調理をしているのを見るのは珍しいかも。普段ひなが作ってくれるときは、俺が寝ている間か、いない時がほとんどだ。
慣れた手つきで調理を進めるひな。ひょっとしたら自分の家のキッチンよりも使い慣れてるのではと思うくらい、迷うことなく鍋やら食器類を取り出してくる。
「えっ? ゆうくん? な、何?」
調理をしている姿をじっと見ているのをひなに見つかると、なぜか戸惑った表情で聞いてきた。
「料理をする、ひなちゃんに見惚れてたんだよ」
「違うわ!」
不意に光輝に図星を突かれてしまい、思わず否定をしてしまった。
「ふへっ! な、何言ってるの、こうくん。も、もう、2人してからかわないでよ」
「本当に、まるで妊婦みたいだな」
「「……」」
しーんとするリビング。
ん? なんだ?
「
「お、おう。そうとも、言うな」
指摘されて知るミスってのは思いのほか恥ずかしいもので、どれくらいかと言うと、ひなの持っている鍋蓋を借りてこようと思うくらいには恥ずかしい。
「も、もう。まだ、付き合ってもないのに気が早すぎだよ」
ピーというヤカンの音にかき消された、ひなの呟き。まあ、どうせ光輝とのいちゃつきだろうと、そのままスルーすることにした。
「お〜い、あと一戦くらいできそうだからやらないか?」
光輝がコントローラーをひらひらと俺に向けてきたので、テレビの前に移動しリベンジマッチに挑んだ。
そして行われた伝統の一戦クラシコ。光輝率いるバルサと俺が率いるマドリー。結果は0ー5の大敗を機してしまった。
「ぬぬぬ! おのれメッシ! うちのラモちゃんを執拗に狙いやがって!」
「いや〜、また抜きからのループは気持ち良かった。まさにハマった感じだよな」
コントローラーをクルクルと回しながら満足気げな表情を浮かべる光輝。
「ふふふっ。2人とも楽しそうだね」
ひなの声に気づくと、いつの間にやら俺たちの座っているソファーの後ろにきており、頬杖をつきながらゲーム観戦をしていたみたいだ。
「いたのかよ」
俺と光輝の間から顔を出してきたひなから距離を取ると、少し寂しそうな表情をしたが、すぐに気を取り直したらしく、光輝に話しかけていた。
「ねぇ、こうくん。味見てくれないかな?」
「んっ? 了解」
一旦キッチンに戻ったひなは、小皿に少量の汁を入れて光輝に差し出した。
「どうかな?」
光輝の様子を見ながら、答えを心待ちにしているひな。
「……うん。好みかもしれないけど、あと少しだけお酒足してみようか」
「お酒を少々ね。うん。ありがとう。あとはできてからのお楽しみね」
光輝の好みに合わせて作ってるんだろう。目標の味付けにたどり着けたひなの足取りは軽そうだった。
♢♢♢♢♢
「うん! ひなちゃん、おいしいよ!」
「本当? やった!」
4人掛けのダイニングテーブル。
俺の隣に何故かひなが座り、その正面に光輝が座っている。おかしくない?
「ゆ、ゆうくんも、どうかな?」
チラリと隣を見ると、上目遣いのひなが褒められるのを待っている子犬のような顔をしている。本命の感想もらったんだから、いまさら俺の感想はいらんだろ? と思いながらも、作ってくれたことに関しては感謝しなくてはいけない。
「 ……うまいよ」
「えへへへ、ありがとう。なんかさぁ、こうしてると新婚さんのお家に旦那様の友達が遊びに来たみたいだよね」
「なに言ってやがる、遊びに来たのはお前らだろ。それならせめて
確かにひなにとっては、このキッチンこそがホームなのかも知れない。それでも、我が家で惚気られるのも居た堪れない。
「はははは。それより
練習試合。
「練習」と言うくらいだから、その試合にはなにかしらの意味が込められている
もし、うちの学校と試合をするのなら……、時期的にメンバーの振るい落としだろうな。純粋に楽しみにしている様子の光輝に対して、俺の心中は複雑だった。
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