12話 温もり

『カチャカチャカチャ』


 やっぱりって炒飯だよな。しかも、俺の好きな海鮮炒飯とはお見それしやした。

 ぷりぷりのエビに歯応えのあるキクラゲ。濃厚なホタテ。


「でね? 何度も伽耶乃にもやらせてみせるんだけどね?」


 ひなの料理もうまいと思うけど、やっぱり経験値が違うんだな。俺の好みの味の更に上をいくって感じ? さすが主婦って感じだぜ!


「ちょっとゆうちゃん聞いてる? 食べるのに夢中になってくれてるのはいいんだけど、おばさんの相手もしてくれるかな?」


「あっ、うん。ごめん」


 おばさんの指摘に素直に謝罪の言葉が出てきた。


 自宅に入ろうとしていた俺を半ば強引に拉致したのは、お隣のおばさん、宮園櫻みやぞのさくらさんだった。


「もう! 仕方ないわねぇ。ふふっ、やっぱり男の子ね。いっぱい食べてくれるとおばさんもうれしくなっちゃう。あの子たちだけだとあまり食べてくれないからね。もう、いっそのことウチの子になっちゃいなさい」


 親指をビッと立ててドヤ顔をするおばさん。


「また言ってる。いまからでも遅くないからもう一人作ったら?」


 かや姉やひなと歩いていると姉妹と間違えられることもあるというおばさんはまだ40代。その気になればもうひとりくらいは育てられるはず。


「も、もう、ゆうちゃんってば! いくらおばさんとおじさんが仲良しだからって今からもうひとりってのはねぇ?」


 両手で頬を包み、身体をクネクネさせながら照れるおばさん。まあ、年齢を知らなければかわいらしいんだけどね?


「まぁねぇ。さすがに17歳も離れた兄妹ができるのは恥ずかしいものがあるかも。かや姉かひなが結婚するの待ってれば義理の息子ができるじゃん。それまで我慢だね」


「だ・か・ら! ゆうちゃんに言ってるんでしょ? あの子も頑張ってゆうちゃんの胃袋掴もうとしてるみたいだけどまだだめかしら?」


 人の頬を人差し指でうりうりとしながらおばさんは見当違いのことを言ってくる。


「ひょっとして、ひなのこと? ぶっちゃけ胃袋は掴まれちゃったけど俺とひなが結婚なんてあり得ないよ? あいつにだってそんな気はないよ?」


 ひょっとして光輝と付き合ってることはまだ内緒なのか? 事あるごとにメシを作りに来てくれるのも同情だけじゃなくってカモフラージュのためだったりするのか? だったら俺の口から彼氏がいるって言わない方が良さそうだな。


「何言ってるのよ。小さい頃からゆうちゃんのお嫁さんになるが口癖だったの忘れたの?」


「はっ? そんなこと言ってた記憶ないけど。さしものおばさんも脳内の衰えまでは———、う、うぅん! とりあえずおばさん、おかわり」


 おばさんと言っても怒らないのに、衰えと言うのは禁止ワードだったようだ。むむっ! と言う声が聞こえてきそうなジト目を向けられた。


 にしても、ひなのやつ。光輝と付き合ってることを言ってないのは意外だったな。 

 宮園家の家族仲は昔からいい。その証拠にかや姉は松先とのことをおばさんに相談していたらしい。


 まあ、それを生徒でもある俺に興奮しながら話すおばさんは褒められたもんじゃないけどさ。


♢♢♢♢♢


 宮園家で昼食をごちそうになってから自宅に戻った俺は、洗濯機を回してる間に寝てしまい気付けば窓からは夕陽が差し込んでいた。


「やべっ! 洗濯物」


 ソファーから飛び起き、洗濯機のある浴室に向かおうとしたところで、背後に人の気配を感じた。


「あっ! ゆうくん、やっと起きた。洗濯物なら今、干し終わったよ。疲れてるのはわかるけどちゃんと干さないと洗濯物がしわくちゃになっちゃうよ」


 その声に振り返ると、制服姿のひながベランダからリビングに入ってきた。


「ひな?」


「ん?」


「なんでいるんだ?」


「なんでってもう夕方だよ? 学校終わってるんだからいてもおかしくないでしょ」


 ひなの口ぶりはまるで俺がおかしなことを言っているかのようで、俺のウチにいるのはさも当たり前のようだ。


「あ〜、もうそんな時間———、ってそこじゃないだろ。ここ俺の家。ここにお前がいるのがなんで? だよ」


「なんで? って、今日ゆうくんバイトおやすみでしょ? だから晩ご飯作りにきたんだよ。そしたらスポーツバックが口開いて置いてあったから洗濯したのかなって」


 ひなのノリが一人暮らしの彼氏のウチにいく彼女のようになっている。キッチンの方を見るとエコバッグが置いてある。きっと学校帰りにスーパーに寄ってきたのだろう。


「まあ、洗濯物はありがとう。助かったよ。ああ、晩飯は今日はいいよ。おばさんから絶対に宮園家うちにくるように言われてるから」


 昼間の帰り際に「今日は揚げ物やるから絶対にきてね!」と言われ断ることが出来なかった。


「えっ? お母さんに会ったの?」


「おお、部屋に着いた途端に拉致られた」


 それを聞いたひなは、慌てた様子で荷物をまとめ出した。


「わかった。私、先に帰ってるから絶対に来てね! あっ、できたら迎えにくるから待ってて!」


 ひなはエコバッグを肩に掛けてパタパタと玄関へと向かって行った。

 

♢♢♢♢♢


「ゆうくん、お待たせ。準備できたから行こ」


 ひなが迎えにきたのはウチを出てから1時間半を過ぎた頃。洗濯物を部屋に干し直してる最中だった。


「おお。サンキュ」


 スマホとカギをポッケに突っ込んで隣の宮園家にお邪魔した。


「こんばんは」


 昼間と同じようにリビングに向かうと、かや姉がダイニングテーブルに配膳をしていた。


「あ〜! やっと顔見せたわね。学校来なさいってメッセージ送ったのに既読スルーの挙句休んで。ゆうくんが来るの待ってたんだからね?」


「仕方ねぇじゃんか。睡魔には勝てないって。それに行けないかもって送った俺のメッセージは綺麗にスルーしただろ」


 昨晩、渋滞に巻き込まれた時点で遅れると送り、今朝には行けないかもとメッセージを送ってあった。自分に都合の悪い連絡には、かや姉得意のスルー。


「し〜らないっと。とりあえず、ゆうくんは座って。昨日の祝勝会も兼ねてるから、ひなも気合い入ってたわよ」


 ん? ひなが? かや姉は元々戦力外。てっきりおばさんが作っているのかと思いきや、キッチンにはひながひとりで立っていた。


「ひなにキッチン占領されちゃったわ。ほらっ、主役はデンと構えてないと。ゆうちゃんは座って、座って」


 今日は揚げ物だって言ってたけど、ひなが作るのなら問題なさそうだ。

 ひなはフライパンにパン粉を入れて木ベラで炒ってるようだ。油を使わない揚げ物。

 一応アスリートの端くれとしては食事にも気を使ってるわけで、ひなのように言わなくてもわかってくれてるのはありがたい。


「ゆうくんの分はもうできてるから、温かいうちに食べてね」


 すでに配膳を終えた席に着くと、かや姉が箸を手渡してくれた。


 テーブルの上にはメインの味噌カツをはじめ、海藻サラダに山盛りキャベツ、なめこの味噌汁など学生御用達の食堂かよ! とツッコミたくなるような定食が用意されていた。


「お〜、うまそう。かや姉、もしかしなくても手伝ったり———」

「ゆうくん、安心して。お姉ちゃんはキッチンに入れてないから」


 俺の問いかけに間髪入れずにひなが答えた。


「ちょっとゆうくん? それどういうことかな?」


 頬を膨らませて不満顔のかや姉が両拳で俺の頭をグリグリとしてきた。


「あらあら。伽耶乃、ゆうちゃんとイチャイチャしてると陽菜乃がヤキモチ焼くわよ」


 正面に座ったおばさんがニコニコとうれしそうにしている。


「なに言ってるのよ。こんなのは仲良し姉弟の、ひっ!」


 かや姉の小さな悲鳴とともにキッチンから負のオーラが漂ってきた。


「お姉ちゃん? 役立たずなんだから大人しくしててくれるかな?」


「辛辣! ゆうくん! うちの妹が辛辣過ぎるんだけど!」


 ささっと俺から離れたかや姉が抗議の声をあげるが、こと料理のこととなるとその通りなので、俺は無視して箸を進めることにした。


『サクッ』


 味噌カツを一切れ口に入れると、揚げ物の代名詞とも言えるサクッと感。


「ひな、うまい」


 漏れ出た本音に、ひなもうれしそうな声で答えた。


「ホント? ふふっ、良かった。おかわりもあるから言ってね。お母さんたちの分もできたよ」


 不満顔から一転、満面の笑みを浮かべたひなはカウンターにおばさんたちの分の料理を並べていく。


「全く、わかりやすい子ね。ねぇ、ゆうちゃん。いっそのことウチに引っ越してきなさいよ。で、高校卒業と同時に結婚で将来的にはマンション出て二世帯住宅を建てるってのはどう? 伽耶乃も一緒に三世帯でもいいわよ?」


「またその話? だから俺とひなはそんなんじゃないって。ひなには———」

「ゆ、ゆうくん! おかわり! ごはんおかわりするよね?」


 おばさんに説明する途中でひなに話を遮られた。う〜ん、やっぱり光輝とのことはおばさんには話しちゃだめらしい。かといって俺との仲を疑われているのもなぁ。


「……まだいい」


 腑に落ちないがこれはひなたちの問題だろうから俺がとやかく言うこともできない。チラリとかや姉の方を見ると申し訳なさそうな表情を俺に向けている。


「多めに作ったからいっぱい食べてね」


 エプロンを外して俺の隣の席に座ったひなは、箸も持たずに俺の方をじっと見ている。


「あまり見られてると食べにくいんだけど」


「あっ、ごめんね。おいしそうに食べてくれるから見惚れちゃってた」


「……うまいんだからしょうがねぇだろう」


「ふふっ、ありがとう。さてと、私も食べよう。いただきます」


 久しぶりの宮園家でのみんなとの食事は、心まで満たしてくれるような温かな時間だった。

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