7話 甘えん坊の幼馴染

 ザワザワと木々を揺らす風の音がやけに耳を刺激する。閑静な住宅街とはいえ車の音や家庭から漏れ聞こえてくる生活音も俺の耳には届いてるはずだ。それでも、俺の耳には、俺の頭の中に響いているのはマリアの一言だった。


『アン———その、友人ゆうとはさぁ、……好きな人、いる?』


 好きな人、ねぇ


友人ゆうと?」


 黙り込んでしまった俺を怪訝に思ったマリアが顔を覗き込んできた。


「お、おぅ。わりぃ。いきなりの恋バナにちっとビビっちまった。ほらっ、俺ってとは無縁だからさ」


 なんとなく、マリアとはこの話を続けたくなかったのではぐらかそうとしてみたが、


「で、どうなの?」


 答えなくてもいいと言っておきながらも、マリアも簡単には引き下がるつもりはないみたいだ。


「何も面白い話はないぞ。っという前置きだけはしておくぞ。あのな———」


 俺がマリアと向き合い話し始めようとしたところで、すぐそばの家の玄関の扉が開く音が聞こえた。


『ガチャ』


 道路面よりも数段、階段を登ったところに玄関があることに加え、俺たちのいる隣家の外壁で直視はできないが、その家には俺も何度かお邪魔したことがある。


 光輝の家だった。


「なんだ、もう着いてたのか」


 マリアの家は知らないが、幼馴染というくらいなのだからこの近所なんだろう。

 マリアに視線を戻すとあたふたしている。


「ああああぁ、あ、っと。き、今日は送ってくれてありがとう。じ、じゃあね!」


 ガチャっと門扉を開いてそそくさとウチに入ってしまった。


「はっ? はい?」


 なぜか一人、置いてきぼりを食らった俺にさらなる衝撃が走った。


「お邪魔しました」


 やばっ!


 出てきたであろう人物のかわいらしい声を聞き、俺はマリア同様に焦り、踵を返し来た道を歩き始めた。走ってしまえば目立つので怪しくないように通行人Aに徹した。


 それにしてもマリアの態度はなんだったんだ? いきなりの恋バナかと思えば逃げるようにウチに入っていくし。

 まだ付き合いの浅い……、まあ元々、付き合いの長さで女心がわかるようなイケメン向けの特殊能力は持ち合わせてないんだけどな。


「———!」


 推測するに、光輝とマリアは仲のいい幼馴染だった。


「———くん!」


 しかし、なんらかの理由でマリアが光輝を避けるようになったって訳だ。きっと3ヶ月前くらいからなんじゃないか?


「ゆ、ゆうく、ん」


 パタパタとローファーが道路を駆ける音が響き、息を切らしたひなが追いついてきたらしい。

 少しばかり涙声になっているので仕方なく振り向いた矢先、「きゃっ」という声を残してひなが足をもつれさせて転んだ。


「い、痛いよ」


 ヨロヨロと崩れ落ちるように倒れたのでそれ程、痛くはないだろう。尻餅をついて膝を立てているのでミニスカートの中から白い布が見えてしまっている。


「……何やってんだよ」


「ずっと呼んでたのに、ゆうくん待ってくれないんだもん……」


 すでに光輝の家からは200mは離れてる。いつ俺をみつけたのかは知らないが、普通に歩いてきた俺に追いつくの遅くない? と、いうくらいにひなは運動オンチだ。


「おい。それよりなんでお前一人なの? 彼氏に送ってもらえよ」


「ふぇ? だって玄関出たらゆうくんの背中が見えたんだもん。だからいいよって断ったよ」


「はい? 暗い夜道を送るってのはカップルの一大イベントだろ! 何やってんだよ彼氏光輝!」


 暗い夜道を2人寄り添いながら帰る。途中の公園のベンチに座り、しばしの歓談。雰囲気の盛り上がってきたところでのチュー! って流れなんじゃねぇの? それともナニか? すでにおウチですごいことやってきたのか? 

 そんな妄想を思い描いていたせいか、思わず下げた視線にひなが気付き、慌ててスカートを押さえてジト目を向けてきた。


「ちっ!」


 おっと。思わず本音が溢れてしまった。


「じー」


 それ、声に出さなくても態度でわかるよ。邪な心を抑えながら、ひなから視線を外す。


「んっ!」


 微妙な空気が流れる中で、ひなは俺に両手を広げてきた。

 

 起こせってか。


「はいはい」


 甘えたように両手を差し出している、ひなの手を優しく握り「しょっ」と引っ張ると、勢いそのままに抱きしめてしまいそうになったので、両肩をがっしりと掴んだ。


「むぅっ、そこは! 優しく抱きしめるところじゃないですかね?」


 至近距離で文句を言われる。いや、理不尽じゃね?


「はいはい。そういうのは光輝にやってもらいな」


 適切な距離を保とうと、ひなから少し離れるとこれ見よがしに頬を膨らませる。


 なんだよ!


 渋々といった感じで俺の手を握りしめてくるひなに、ギョッとした表情を向けるとキョトンとしたかわいい顔を向けられた。


「夜だもん。怖いからしっかり握っててね?」


「いやいや、おかしいって!」


「ん? 小さい頃はしょっちゅうだったよね?」


 そりゃせいぜい小学校低学年までの話だろうが!  


 ブンと手を振り解こうとするが、ひなは頑なに離そうとしない。


「ふふ。オケ部の握力、ナメてもらっては困る」


 ドヤ顔でわけのわからない自慢をされた。オケ部ってそこまで握力鍛えるもん?


「お前なぁ、この辺にだってウチの高校のやつがいるだろ? 変な噂されたらどうするんだよ? そして、それに俺を巻き込むな!」

 

 俺の左手を掴んでるひなの右手に手刀を落としたところでようやく拘束が解けた。


「いひゃい! ゆうくん、やり過ぎ!」


 本気で痛かったのか、ひなは目に涙を溜めながら「う〜! う〜!」と威嚇をしてきた。


「俺はお前の幼馴染であって、彼氏ではない! お前の彼氏は光輝。故に手繋ぎは拒否します」


 こんなところ誰かに見られてみろ。一番ひどい目に遭うのはお前だぞ? 

 やれ、二股だとか。

 やれ、男好きだとか。

 やれ、ビッチだとか。

 やれ、男の趣味悪いとか。


 ……いや、本当にひで〜よ! 特に最後の! 


 それでもこれくらいは言われるだろうからな。なにせうちの学年ではベストカップルと言われる程の認知度を誇っているんだから。


「ほらっ、さっさと帰ろうぜ」


 両手をぽっけに突っ込んで手繋ぎ拒否をアピール。スタコラサッサと歩き始めた


「あっ! もう、待ってよ、ゆうくん」


 歩き出した俺の横に、ひなが慌ただしくくっついてきた。


 もう何を言っても無駄だと悟った俺は、左側から伝わるいろんな煩悩と戦いながら、我が家を目指した。


 しばらくすると、ひなは思い出したかのように口を開いた。


「ゆうくん、今日バイトだったんだよね? なんであんなとこにいたの?」


「あ、ああ」


 ひなが疑うのはもっともで、バイト先の無双庵は我が家から見て、光輝の家よりも手前に位置している。

 

「……あやしい」


 なぜか浮気を疑われた彼氏のような扱いを受けている気にさせられるが、俺は何も悪いことはしていない。むしろ、マリアを送ってきたのだからいいことをしたくらいだ。


 なんだけど、ひなの迫力にあらがうことができない。


「ゆうくん?」


「お、おう。わかったから、わかったからその目を止めろ」


 なぜ俺はひなに責められてるんだ! 理不尽だ! と心の中でだけ抗議をし、本当のことだけを伝えた。


「マリアを送った。以上」


「説明、雑だよ! って、えっ? 真理亜って柘植さん? まさかっ! 私にバイトって嘘ついて柘植さんとデ、デートして———」


「ねぇよ! 一緒の時間にバイト終わったから送ってきたんだよ」


「一緒の? 時間に? 終わった?」


 いかにも? ? ? と頭の上に浮かんでそうなひな。


「あれっ? 言ってなかったか? マリアと一緒のとこでバイトしてるんだよ」


 ひなにそういうと、なぜかガタガタと震え出した。


「ゆ、ゆうくんとっ! つ、柘植さんは、仲良いのかな!」


「ん? 悪くねぇと思うけど?」


 特に一緒に出かけるとかいうことはないけど、悪くはないんじゃないか?


「ま、まさか! ……ぉ、お付き合い、してるとかいうことは?」


「あるわけねぇだろ」


 恐る恐る聞いてきた、ひなに即答するとホッとした表情を浮かべた。


「えへへへへ。よ、良かった」


「は? なんか言ったか?」


 俯きながらボソボソしゃべられてもなにを言ってるのか聞き取れねぇ。

 

 マリアや光輝の家は閑静な住宅街にあるが友人ゆうとと陽菜乃の暮らすマンションは幹線道路に面しているので車の往来も激しい。


「あっ、ううん。そっか、勘違いか」


「どんな勘違いしてんだよ。マリアに知られたらめっちゃ嫌がられるぞ」


 俺なんかとの恋人疑惑が浮上でもしてみろ。まずは俺が富士の樹海にでも捨てられるわ!


「そ、そんなことないと、思うよ? 少なくとも私なら———えへへ」

 

 だらしない顔で薄ら笑いを浮かべると、いかに美少女でも不気味だ。


「はいはい。幼馴染補正な。第一、俺とマリアみたいな美少女じゃだろ」


 そう。お前が相手でもな。


 それが現実なんだよ。

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