6話 バイト仲間は幼馴染の彼氏の幼馴染
『トントントントン、トントントントン』
リズミカルな音と共に、円から線へと形を変えていく。お湯にしばし浸かれば柔らかくなり、急速に冷やされることにより、モチモチとした歯応えが生まれる。
ザバッと冷水から打ち上げられた麺を慣れた手つきで一人前に取り分けて、手首をクルンと返しながらケースに入れていく。
「
「はい」
注文が入れば一人前ずつテボに入れて湯掻いていく。
『パシャッ、パシャッ』
弱すぎれば湯切り不足で薄味になり、強くやりすぎると麺がつぶれてしまう。はじめたころは失敗の連続だったけど、いまではテボ内で麺をクルクルと回すことで、店自慢のモチモチ麺の食感を損なうことがなくなった。
「店長、月見用の並と天ぷら用の大です」
ゴトンと調理台の上に
「はいっ、5番テーブル様の月見うどん並と天ぷらうどん大ね。重いから気をつけて」
提供のためにカウンターに近づいてきた小さな女性に店長が声をかけた。
「はい。気をつけます」
ニコリと笑顔で応えながら、こちらも慣れた手つきでお盆を持って行く。
普段は長く綺麗な髪はツインテールに結われているが、バイト中はしっかりとバンダナの中に整え、飲食店では印象が悪くなりがちなネイルや派手な化粧は一切していない美少女。
まあ、マリアなんですけどね。
俺とマリアが働いてるのは駅前にあるうどん屋『無双庵』。半年前から練習のない平日と土日の練習後の週4日、ここの厨房でバイトをしている。
そこにホール係りとして3ヶ月前に入ってきたのがマリアだった。
初めの頃はミスすれば落ち込むような様子もあったが、ひと月過ぎた頃からは『ミスは次への教訓』と言って、同じミスを繰り返すようなことはなかった。
見た目や学校での印象とは違い、真摯に仕事に打ち込む姿に思わず目を奪われた。見た目の派手さとのギャップ萌えとでもいうのだろうか。
「はぁ〜、まじ、まりあたん天使」
いや、これは俺の心の声ではない。
ホールとキッチンを繋ぐ出入り口から、
たしか大学2年だったか? 先月からこの店で働いてる
見た目はひと昔前のオタクと言えば分かりやすいだろう。ボサボサの髪に黒縁メガネ。ベルトの上に乗った腹は、ちょうど流し台の縁にも乗っているので、彼のお腹はいつも濡れている。
なぜかリバイバルされたダサいウエストポーチを自慢げに愛用するこの男は、洗い物をするよりもマリア観察に余念がない。
「洗い物お願いします」
食器を下げてきたマリアに、とっておきのキメ顔を見せてるが、マリアはさっさとホールに戻って行く。
「ちっ! まぁ、ツンデレなところも萌えポイントだぜ」
ポジティブと言えばいいのだろうか。第三者的に言わせてもらえばデレは全くない。
木本はマリアの下げてきた食器から食べ残しを三角コーナーに放り込み、そのまま食洗機に入れていく。
「ちょっ!」
俺が声をかける前に、食洗機は閉められ『シュオー』という温水が舞い散る音が景気良く聞こえてきた。
本来であれば水を張った桶の中で軽く食器を
「あの、木本
アニソンを口ずさみながら食洗機を眺めてる木本に注意をするが、音がうるさくて聞こえないとでも言いたげなポーズを取ってくる。
「はぁ〜、後30分か。おい高校生。ちょっとトイレ行ってくるから終わったら片付けとけよ」
そう言い残して木本はトイレへと消えて行った。
俺、年下だけど一応、ここでは先輩なんだけどなぁ。シフト上がり30分前にトイレに行く木本が戻ってくるのは毎回、残り5分を切ってから。
『ピー、ピー、ピー』
食洗機の終わりのブザーが鳴ったので、仕方なく確認に行くと、どんぶりには汚れが残ったままだった。
「柏原くん、お疲れ様。今日も眠そう……、って、あれっ? 新人さんはどうしたの? まだ上がる時間じゃないよね?」
背後からの声に振り返ると、店長の奥さんが腰に両手を付けて呆れ顔をしていた。
「はぁ、いつもの
食洗機にかけた食器を流しに移して、洗い直していると、奥さんから苛立ちのオーラが漂ってきた。
「また? まったく。直る見込みなさそうだね。後でノブくんと話してくるよ。柏原くんにも迷惑かけてごめんね」
奥さんは目の前で両手を合わせながら頭を下げてきた。ちなみにノブくんというのは店長の
「どうしたの?」
奥さんとは違う女性の声がしたのだが、俺の視界には誰もいない。
「おや?」
グルリと周りを見渡すがやはり誰もいないので、洗い物を続けてると脇腹に衝撃を受けた。
「いでぇっ!」
「あれ〜? 何かにぶつかったかな? 影が薄くて気が付かなかったのかも〜」
「テメェ」
フンッと鼻を鳴らしながらソッポを向くマリアに奥さんは苦笑いしながら話しかけた。
「まりあちゃん、ごめんね。あの子に変につきまとわれたりしてない?」
奥さんの言葉で思い当たることがあったのだろう。
「そうですね。今のところはまぁ……」
遊びに行こうとかメシに行こうとか誘われてるのは何度か見たことがあるが、マリアは上手にかわしてたと思う。
「いま柏原くんにも話したけど、早いうちになんとかするから、もう少し我慢してね。でも、その間に何かあるといけないから、行き帰りは柏原くんに送ってもらってね」
「「はぁ?」」
「女の子を守るのは男の子の役目だぞ! しっかり役目を果たしたまえ」
珍しく息があった俺とマリアに、奥さんはビシッと指を差しながら言い放った。
「と、いうわけでこれからは柏原くんが賄い食べてる間、マリアちゃんは私とおしゃべりでもしようか」
満面の笑みでマリアに語りかけてる奥さんからは、断ることができない圧力を感じた。
まあ、それくらいはお安いごようか。
♢♢♢♢♢
バイト終了後、賄いの肉うどん大盛りを急いで平らげた俺は、駅前の雑踏の中をマリアと並んで歩いている。時刻は20時を少し過ぎたあたり。
仕事帰りのサラリーマンや遊びに勤しんでいる学生は俺たちとすれ違うたびにチラチラと見てくる。
もちろん、お目当ては俺ではなくマリアだ。
バンダナを外したマリアはいつものツインテールではなく、その長い髪を風になびかせていた。
まあ、控えめに言って79点。見る人によっては90点オーバーの容姿の美少女が歩いていれば俺だって振り返る。
「美少女も大変なんだな」
「なによ突然、キモいんですけど」
「性格も表面に出てくれるとありがたいよな」
「ど・う・い・う、意味よ」
その反応を見れば俺の言わんとしていることを的確に受け取ってくれたことが理解できる。
「まあ、冗談は置いといて。あまり頼りにはならないけど、遠慮なく使ってくれよ」
万が一ってのもあっては困るんだけど、友達としては出来る限りのことはしてやりたい。
「ん、ありがとう。その時はよろしくね」
「お、おう」
不意打ちに素直な反応をされるとドキッとしてしまう。いつもは小馬鹿にされてる印象しかないからなぁ。まあ、冗談半分だってわかってるから許せるんだけど。
「あ、そのさぁ」
突然マリアが視界から消えたので、後ろを振り返ると少し緊張の面持ちで俺を見ていた。
「ん? どした?」
「ぅん、ちょ、ちょっと聞きたいことがあって……」
マリアは俺の隣に並ぶと、歩くように促しながらもなかなか話は進めようとしなかった。
「どうしたんだよ? 何か聞きたいことがあるんだろ?」
「ん。答えなくなければ無理する必要ないから」
マリアにしては珍しい前置きに思わず身構える。すでに人通りの少ない住宅街だが、時折横切る車の音に会話は遮られる。
「アン———その、
「……はぁ?」
あまりの斜め上からの質問に、俺は言葉を失ってしまった。
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