5話 幼馴染と親友と

 全国の高校に学食なるものはどのくらいあるのだろうか? ドラマや小説ではよく見る光景で、俺も中学生の頃は学食のある高校に入って昼は素うどん三昧なんだろうなと思っていた。


 実際はどうだ?


 我が母校にあるのは学食ではなく購買のみだ。休憩時間に校外に出るのは原則禁止なので、近くのコンビニや喫茶店などに行くこともできない。 

 

 となるとだ。


 弁当を用意してない、もしくは早弁をしてすでに空の弁当箱しかないような奴らは購買でのバトルロワイヤルに参戦を余儀なくされるのである。


 昼休憩まで残り5分。


 未だ授業中にも関わらず、一部の生徒はすでに臨戦態勢で殺気だっている。


「みんな〜、気持ちはわかるけどまだ授業終わってないからね〜」


 本日の4限目はかや姉。


 呆れ顔をしながらも教科書をパタンと閉じ、ミュージックプレイヤーを再生し、流行りの洋楽を流した。


「最後ね。歌詞を聴いてこの曲の世界観に触れてみてね」


 かや姉は興味のあるものから英語に触れようと、洋楽だったり、洋画だったり、アメコミなんかも授業に取り入れている。


 英語はからっきしダメな俺でも、かや姉の授業は楽しい。


 授業時間残り秒針1周のところで、かや姉は教卓をコンコンと叩き、みんなの視線を集めた。


 見慣れた光景だ。


 みんなの視線が集まったのを確認すると、右手を下から上へと振り起立を促す。皆、無言で立ち上がると、かや姉が軽く頭を下げたので、俺たちも同じように頭を下げた。


 昼休憩まで残り僅か。


 購買攻略組は前後の扉に集合。チャイムと共に駆け出せるように、扉を開けるのは弁当組の役目。腕時計を見ながら右手は扉の取っ手に、カウントダウン。


「5、4、3、2、1」


『キーンコーン「ガラッ」』


「うおぉぉお〜!」


 雄叫びを上げながら教室を飛び出して行く、主に男子を見送りながら、みっちゃんの席にきたマリアが冷たい視線を向ける。


「毎日、毎日、よくやるわね」


 宿主のいなくなったみっちゃんの前の席に座ったマリアと目が合うと、気になることでもあったのだろうか? 俺の顔を見ながら言い淀んでいる。


「どうした?」


 身体ごとマリアの正面に向けて話を聞く体勢を作ると、少しアタフタしながら口を開いた。


「あ、うん。あんたいつもお弁当じゃない? その、あんたが作ってるようには見えないんだけど、ね? あんたん家、さぁ、……まあ、いつもどうしてるのかな? って思ったわけ」


「ああ。そういうことね。別に変に気使わないでくれ。今どき片親なんてのは別段、珍しい話じゃないだろ? 気遣ってくれたのはありがたいけど、俺は気にしてないから、普通に話してくれよ」


 口は悪いがホントはマリアがいいやつだってのは今更の話だ。


 だからといって、この質問に真面目に答えるかどうかは別問題。だってマリアはひなと光輝が付き合ってることを知ってるから。彼氏持ちのやつが他の男の弁当を作っているなんて、おかしな話だろ?


「あ〜、弁当な。近所に世話好きな昔馴染みの人がいてさぁ。ウチの事情知ってるから、いろいろ気利かせてくれるんだよ」


 大事なとこはボカしておく必要はあるが、嘘は言ってない。


「へぇ〜、優しい人もいるもんね。ちゃんと感謝なさいよ」


「もちろん。まあ、本音を言えばあまり気を使われるのもな」


 放っておいてくれとは言わないが、俺なんか構ってないで彼氏との時間を大切にしろと言ってやりたいくらいなんだけどな。


「人に優しくするのは、本人のためでもあるのさ。回り回って自分にも返ってくるしな。もう少しの好きなようにさせてやってくれ」


 ひなから聞いているのか、みっちゃん自身が勘づいたのか。みっちゃんには全てお見通しのようで。俺からマリアに視線を移したかと思えば、何かをみつけたらしく、教室の入り口に視線をやるように促した。


「失礼しま〜す」


 ひょこっと扉の影から姿を現した、ひなはみっちゃんを見つけると、胸の前で小さく右手を振りながら近づいてきた。


 左手にはかわいらしいトートバッグ。


「みっちゃん。あっ! ゆうくんも! お昼ごはん一緒していい?」


 満面の笑みのひなに対して、俺は自分の表情が引き攣るのを感じていた。


「やあ、陽菜乃。私は構わないよ。真理亜も構わないかい?」


 みっちゃんの問いかけに、少し口籠もっていたマリアが口を開きかけたところで、教室内が俄かににわかに騒がしくなった。


「あ〜、遅いよ、こうくん」


「あははは。ごめんね、ひなちゃん。ちょっとお花を摘みに行ってました」


「女子か!」


 教室を騒がせている爽やかイケメンこと沢村光輝さわむらこうきは、頭を掻きながらゆっくりと近づいてきた。


「よっ、マリー。俺も一緒にいいかな?」


「う、ぅん」


 少し気まずそうに頷くマリア。


 実はこの2人も俺とひなのように幼馴染らしい。あまり一緒にいるとこを見かけないのは、マリアが光輝を避けているから。

 積極的に俺に関わろうとする、ひなとは対照的にマリアは光輝との距離を空けようとしている。


 うん。俺もマリアの気持ちはよくわかる。

 わかるから、だ。


「じ、じゃあ、俺は部室にでも行って食うかな」


 鞄を肩から掛けて、この場から逃走を図る。


「あんた、帰宅部の部室ってどこにあるのよ」


 一人で逃げ出そうとした俺にマリアがジト目を向けてくる。

 いやいや、勘弁してくれ。俺の鞄の中にはひな特製の弁当が入ってるんだ。さすがに光輝の前で出せねぇだろう。


「あっ! しまった。俺、今日は弁当忘れてきたんだ。悪いな、購買行ってくるから先に———」


「えっ、ゆうくんお弁当忘れちゃったの?」


 すかさず、ひなが寂しそうな視線を向けてくる。


「鞄の中に入ってるんじゃないかい?」


 いや、みっちゃんまで。なんでみんなして逃してくれないかな? 仕方ない、別の方法だ。


「おい、光輝。カップルがグループで食べようとするなよ。中庭行けよ、中庭」


 俺が逃げれないなら、こいつらを恋人の聖地に送り込めばいい。


「まあ、いいじゃないか。一緒にひなちゃん特製弁当食べようよ」


「知ってたのかよ!」


 必死になって隠そうとしてた自分が恥ずかしくなってきた。

 

「くっそ〜! 結局、小倉マーガリンしか買えなかったぜ!」


 諦めておとなしく席に座ると、戦利品を携えたキヨが肩を落としながら帰ってきた。どうやら今日は負け戦だったようだ。


「よっ! キヨ。今日の昼はそれだけか?」


 爽やかな笑顔を振り撒くと、周りの女子も色めき立つ。


「なんだ光輝、来てたのか。今日はかやちゃんだったからスタートダッシュ決めたのによ、欲しいものがことごとく前の奴らと被っててよ」


 気心の知れたチームメイトの光輝とキヨ。ともにサッカー部のレギュラーポジションを奪取している。


「んじゃ、これあげるよ。俺はひなちゃんが作ってきてくれた弁当食べるからさ」


 光輝は右手に持っていた包みをキヨに渡すと、ひなから弁当箱を受けっていた。


「おっ! ラッキー! 光輝の手作り弁当か! サンキュー」


 両手で恭しくうやうやしく受け取ったキヨは、ウキウキしながらフタを開けて、ものすごい勢いで食べ始めた。まあ、その気持ちはわかる。光輝の料理の腕前は、ひなが教えを請うレベルで俺も食べさせてもらったことがあるが、店で出せるんじゃないか? と思うレベルだった。


 みんなに倣って俺も弁当箱のフタを開けた。


「いただきます」


 弁当に向かって両手を合わせて食べ始めた。


「ふふっ、召し上がれ」


 その、ひなの言葉を聞いたマリアがキョロキョロと周りを見渡して、最後に俺を見て一言。


「へぇ、世話好きの昔馴染みの人、ね」


 マリアの視線が痛い。

 

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