4話 みっちゃん

『ピピッ、ピピッ、ピピッ』


 枕元のスマホを手探りで掴みアラームを止める。最近はなぜかひなに起こされることが当たり前になってきていたので、これまでよりもアラームの設定時間を10分早めておいたのさ。


『ガチャ』


 上半身を起こし両手を上げて伸びをしていると、部屋の扉が開かれて制服姿のひながひょっこりと顔を出した。


「あっ、ゆうくん起きてる。おはよう。今日はちゃんと起きれたんだね。えらいえらい。いつでも食べれるから顔洗ってきてね」


「……お、おう」


 だよな。10分早く起きたところでひなはもっと早くから来てメシの準備してくれてるんだよな。バカだな俺っ! 1時間は早く起きなきゃひながウチに入ってくるの阻止できねぇじゃん! 玄関ドアのU字ロックしちゃえばいいんだろうけど、いつ帰ってくるかわからん親父のせいでできねぇし!


「やっぱりカギを取り上げるしかねぇか」


 洗面所にいきバシャバシャと顔を洗ってリビングに行くと、配膳を終えたひながエプロンを外して使われてない椅子にかけた。


 毎日のようにひなが来て、一緒にメシ食ってるけど本来ならば椅子も一脚で足りるんだよな。当たり前のように俺の前に座るひな。でも、これってどう考えても幼馴染の関係性を越えてるよな? 

 非現実的、ラノベ的とでも言えばいいのだろうか?


「ねぇ、ゆうくん。晩ご飯なに食べたい? あったかくなってきたしさっぱりとしたものがいいかな?」


 同棲中のカップルのよ……いや、まるで家族であるかのように接してくれる、ひな。


 やっぱり相当心配かけてるんだろうな。メシくらいは自分でできるようにしねぇと。


「いや、気持ちはありがたいんだけどさ。毎日作ってもらうのは申し訳ないし、それに今日はバイトで賄い食ってくるからいいぞ」


「あっ、そ、そっか。今日はバイトの日だったね」


 少し残念そうな表情をする、ひな。

 消費期限が迫ってた食材でもあったのか?


♢♢♢♢♢


「それでね? こうくんにもお弁当にして食べてもらったら、美味しいって言ってもらえたんだ」


「おう、あれは確かに美味かったからな。喜んでもらえて良かったな」


 学校まで徒歩15分。

 

 隣を歩く、ひなはご機嫌で笑顔を絶やすことがない。まあ、話の内容の大半は光輝の話題だからだろう。ひなは最近、料理にハマっているらしく、無駄に女子力の高い光輝にいろいろ教わっているらしい。


「こうくんもね、試合前後の食事の研究をしてるみたいで何時間前に何を食べて、試合後は何をどれだけ食べればいいのかを調べてるんだって。この前なんかね、わざわざ職員室まで行って家庭科の安西あんざい先生にアドバイスをもらってたんだよ。男子は家庭科の授業ないのにね」


 思い出したかのように「ふふふ」と笑うその表情は、俺が今まで見てきたひなの表情の中でも柔らかいものだった。


「そっか、あいつも料理得意だったな。去年、弁当をお裾分けしてもらったことあるけど、めちゃくちゃ美味かったぞ」


「……」


「? どうした」


「ちなみに、私のご飯とどっちが美味しかった?」


俺の左肘あたりをクイクイと引っ張りながら上目遣いで聞いてくる、ひな。彼女としては彼氏に女子力で負けるわけにはいかないと言ったとこだろうか。


「……ひなで」


「その間は何! 私だって頑張ってるもん!」


 ジト目を向けられるが、間が空いたのは迷っていたからではなく正直に言うのがちょっと恥ずかしかったから。 

 何と言うか、ひなが作ってくれる料理からはちゃんと愛情が感じられるから。たとえだとしても、作ってくれる時はちゃんと俺に向き合ってくれてるのがわかる。

 

 あまり甘い玉子焼きは好きじゃない。

 辛いものは好きだけど、酸っぱいものは好きじゃない。

 

 ちゃんと俺好みの味付けをしてくれてる。


「知ってるから。俺にとっては、ひなの手料理が家庭の味だからな」


 お袋が出て行ってからまだ3年しか経ってないが、お袋の味なんてすでに覚えてない。覚えているのはコンビニ弁当や菓子パンを1人で食っていたということだけだ。


「あぁぁぁ〜、うぅぅぅ〜」


「どした?」


 俺の話を聞いたひなが、ポカンとした表情で固まったかと思うと、今度は徐々に顔が赤くなり両手で顔を押さえながら道路の真ん中でへたり込んだ。


「も、もうっ! ゆうくん、そういうところだからね!」


 押さえた手の指の間からチラリと視線を向けたひなから、なぜかお叱りを受けてしまった。


♢♢♢♢♢


 学校に着くと、ひなは職員室に用事があるということだったので、昇降口で別れた。


 下駄箱を開けると、中から1通の封筒が……と、言ったシチュエーションはなく、上履きに履き替えて階段をゆっくりと上がって行った。


 俺のクラスは2階の真ん中、東西にある階段のどちらから上がっても距離は同じ、強いて言えば俺の席が窓際の1番後ろなので西側の階段から上がった方が若干近いと言ったところだ。


 後ろの扉から教室に入ると、すでに朝練を終えた運動部の奴らも来ており席の半分程が埋まっていた。


 俺は自分の席に座り、隣の席に身体ごと向けて綺麗な姿勢で読書をしている少女に声をかけた。


「みっちゃん、ウッス」


「やあ、おはよう友人ゆうと


 彼女の名前は相根三千代さがねみちよ。俺やひなとは小学校からの付き合いだ。

 

 立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。


 この言葉はみっちゃんのための言葉と言っても過言ではない。  


 黒髪ショートに端正な顔立ちの彼女は、例えるならば宝塚の男役。かわいいタイプのひなに対して綺麗なタイプ。身長は180cmで俺の方が少し高いはずなのだが、その姿勢の良さからか、隣に並び立つと俺の方が小さいんじゃないかという錯覚に陥る。柔道部に所属しており、どの階級かは秘密だが昨年のインターハイでは全国ベスト8の成績を収めている。日頃のトレーニングの成果の賜物だろう。座っている彼女のミニスカートから見えるおみ足はセクシーさを通り越し、芸術品とも呼べるレベルだ。それでいて、女性らしい部分もしっかりと強調されており、制服の下ではその膨らみが主張している。


「なあ、友人ゆうと。その、だ。私の身体なので下心はないとは思うのだが、そうじっくりと見られるのはさすがに恥ずかしい」


 やべっ! っと思い顔を上げるとみっちゃんは苦笑いを浮かべていた。しかしながら、彼女の指摘には一部誤りがあり、俺の視線に下心が全くないなんてことはない。


「あ〜、ハハハハ。……悪りぃ」


 微妙な空気が流れたのはほんの少しの間。


「おっはよう、みっちゃん!」


 どんな空気をも切り裂いてしまうようなその声の持ち主は、みっちゃんの背中に「バフンッ」と言う効果音と共に張り付いた。


「やあ、真理亜まりあ。おはよう。今朝も元気だな」


 振り返ることもなく正体を見破るみっちゃん。


「ああ、ついでにアンタもおはよう45点友人


「うっせいよ、ロリ。せめてあと5点寄越せ」


 ゴロゴロと猫のようにみっちゃんに甘えるコイツは柘植真理亜つげまりあ

 テニス部所属のコイツとは春から同じクラスになった。148cmと小柄ながら身体いっぱいで感情を表現するロリ。童顔、ツインテ、巨乳と三拍子揃ったラノベ負けヒロインキャラ。


「あらやだ。45点だって甘々採点なんだから無理に決まってるでしょ? まずはその万年寝不足そうな目元をなんとかしなさいな」


 みっちゃん信奉者としては、俺とみっちゃんが仲がいいのを許せないらしい。


「うっさいな。別にビジュアルにこだわってねぇよ。男は中身で勝負だ」


「あら、その中身も加味しての点数よ。ちなみに内訳は中身55、ビジュアル35の平均45よ」


「辛辣すぎね? お前だって人のこと言えねぇだろう」


「へ〜、じゃあアンタの評価を聞いてみようかしら?」


 みっちゃんの肩越しに挑戦的な視線を向けてくるマリア。


「クッ! ビジュアルだけで75点は持っていきやがる! 中身は30点なのに!」


 まあ、実際マリアが悪いやつだとは思ってない。


「はよ〜」


 「ハハハハッ! 正直でよろしい。私のかわいさの前では素直にならざるを得ないでしょう」


「おはよ〜」


「まあまあ、2人とも。いがみ合うのはそれくらいにしよう。そろそろマリアは自分の席に———」


「いい加減、反応してくれよ! 拗ねるぞ!」


 俺の前の席にドカッと座って不機嫌そうな表情をしてるコイツは……コイツ? ……誰だっけ?


「おいコラ、ユート! コイツ誰だっけって顔するなや!」


 どうやら俺のことを一方的に知っているらしい。


「みっちゃん、……誰だっけ?」


「46点さんでしょ」


 みっちゃんの代わりに答えるマリア。微妙に俺より評価高いんだな。覚えてやがれこのヤロー。


 心の中のリベンジ帳にマリアの名前を記し———、


「プルン」


 勢いよくみっちゃんの背中から離れたマリアの胸が暴れた。


「おっ、おおぅ」


 思わず注視してしまうと、マリアから蔑んだ目で見られた。

 

「……変態コンビめ」


 コンビ? マリアの視線の先には名無しさん……、改め小倉清彦おぐらきよひこが鼻の下を伸ばしてマリアを注視していた。


「キモっ!」


「あんたもよ!」


 キヨの表情を的確に分析したところ、マリアからも的確な俺の分析結果が送られてきた。


「2人とも、マリアが魅力的なのは分かるが、もう少し自重することをお勧めするよ」


 みっちゃんからはポーカーフェイスでの指導をいただきました。


「キヨ。いまさらだけど……おっす」


「やっとかよ!」


 キヨは同じ中学出身で、元チームメイト。今も高校のサッカー部に所属している。


『キーンコーン カーンコーン』


 チャイムが鳴り、かや姉が入ってくるとマリアとキヨは自分の席に戻って行った。


「なあ、友人ゆうと。また近々、一緒にトレーニングしないかい?」


 2人が席に着いた頃、隣のみっちゃんから小声でデートのお誘い。


「OK」


 二つ返事で応えると、みっちゃんは微笑んでくれた。

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