第12話 もにふくす
僕はそこでやっと二人の事情を理解した。それと同時に後悔する。こんな話聞くべきではなかった、ではない。りんの口から言わせるべきではないと。もっと早くに事情を理解すべきだったのだ。自分の頭の回転の悪さを呪う。
沈黙が訪れる。
「……ここは父の生まれ故郷なんです」五分ほどして藍は再び話し始める。ぽつり、ぽつりと。
「父は生前、俺が死んだらここに埋めて欲しいと冗談交じりで言っていました。その時は私達も父がすぐ亡くなるとは思ってなくて、じゃあおじいさんになったらまた言ってね、用意してあげるから、と返していました」
「でも、皮肉にもその一週間後父は交通事故で死んでしまい、冗談は遺言になってしまったのです」そこで藍は一息つく。
気づくと、りんは姉に身体を寄せていた。頭を軽くよりかからせている。
「残された私達と母は遺言どおり父の為にこの場所に墓を立てました。そして母はパートで働き、私が母の代わりに家事をやりました。父がいたときより生活はずっと厳しくはなったのですが、それでも三人で生きていくことはできました」
藍の声が段々と弱く、そして涙まじりになっていくのが分かる。でも止めさせる事は出来なかった。僕にはその権利がない。
「でもその生活を維持できたのは母の影の努力によるものでした。母は私達に知らせているよりずっと多く働いていたのです。母は無理を続け、だんだんと弱っていきました。そして、遂に倒れてしまったのです。それが父の命日の一週間前のことでした」
藍の目には涙がにじみ始めていた。りんはたちあがり、その震えている身体をぎゅっと、後ろから抱きしめる。
「幸い、母は重い病気にかかった訳ではなく、疲労によるものだったので、大事には至らなかったのですが、医者からはこんな生活を続けていたらいつかは命に関わる事になる、と言われました」息をつく。
「もともと私たち三人で父の命日にお参りする予定でしたがそんな事があ。、中止せざるを得なかったのです。でも凛が勝手にお参りに行ってしまったのです」
それで、彼女はひとりだったのか、と僕は納得した。
「でも、お父さんのおはかがわからなかったの」と凛は悲しそうな表情でつぶやく。「だからもにふくしていたの」
「喪に服した?」僕はその意味が分からなかった。
「あの、あの日りんの行動何か変じゃなかったですか?」藍が尋ねてきた。
「あまり喋らなかったのは覚えているけど」僕は凛が元々そのような静かな子だと思っていた。でも、今日普通に喋っていた。
「はい、たぶんそれがりんなりの喪に服す、と言う事です。色々と間違っていますけど」
そういうのも悪くない、と僕は感じた。大切なのは気持ちであって、形式では無い。逆に形式は合ってたとしても気持ちが伴なっていなければ、それは喪に服しているとはいえないだろう。
ふと、僕は凛がくれたストラップの事を思い出し、自分の机に置いてあるそれを二人の所に持っていく。
「それは……」藍は凛の持ち物だと気付いたようだった。「どこで拾ったんですか?」
「いや……りんちゃんがくれたのだけれど」
「わたしがあげたの」と凛も言う。
「でも失くしたって」
「うそついたの。ごめんなさい」
「……でもどうしてそんな事したの。お父さんの大切な形見じゃない」
「わかんない」と凛は首を振る。「でも、たくろうおじさんやさしかったし、なにかおれいしないとっておもったの。それに……」
「それに?」
「なんだかおじさんがお父さんにみえたの」
「だからあげたの?」
「うん」と彼女は首を縦に振った。
「……そういうことなら返しますよ。形見は」と僕はりんにストラップを手渡した。
「ごめんなさい。こんどわたしがくまちゃんつくるから」頭を下げながらりんは言う。
「ありがとう。その気持ちだけで嬉しいよ」僕は優しくりんの頭をなでる。
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