第13話 閃き

 藍はそれから堰を切ったように自分達の事を話し始めた。彼女は誰にも話せずに自分の苦労や思いを溜め込んでいたのだろう。雪だるまの時のりんと同じように。


 僕は時折相槌を打ちながらそれを静かに聞いていた。ゆっくりと、彼女の話すがままに。


  家族三人で話し合った結果、りんを一時的に施設に預ける事になった、と藍は言う。自身も働くので彼女の面倒を誰も見る事が出来ないうえに、経済的に三人は無理があるためらしい。……本当は親戚に預けたかったらしいが、そのような頼れる親戚もいないらしい。


「仕方なかったんです」藍はりんを膝に乗せる。


 「そうしないとまたお母さんは無理してしまうから。ごめんね、りん」と頭を撫でながら藍は言う。


 「だいじょうぶだよ」とりんも手を伸ばし、姉の頭を撫でる。


「どのくらい預けるのですか」僕は聞く。


「今はまだ、わかりません」藍は首を振る。「でも経済的に余裕ができたら迎えに行くつもりです」


 時計は二時を回っていた。


 「お姉ちゃん、もう行かないと」と時計を見たりんが姉の手をひく。


 「そうだね。では、そろそろ失礼させていただきます。ありがとうございます、私たちの話を聞いてくださって」と藍は椅子から立ち上がってお辞儀をした。


 「いえいえ」と僕は答える。「これから、お墓参りですか?」


 「はい。まだ母は家で療養しているので、二人で」


 「気をつけて下さいね」と僕は言う。


 すると、藍の横にいた凛が僕の前に歩いて来て右手を差し出した。手のひらを横にして。どうやら握手をしたいらしい。


 僕はその手をとり優しく握ってあげる。彼女は嬉しそうに左手も使って両手でぎゅっ、と握り返してきた。


「たくろうおじさん、ありがとう。ゆきのとき、とてもぽかぽかしてた」と笑顔で手を大きく上下に振る。


「どういたしまして。こちらこそありがとう。昔を思い出せたよ」


 それを聞いてりんはちょっと首を傾げてから「どういたしまして」とにこにこと返してきた。


 と、その時ある事を閃いた。


 りんと手を離し、藍とも握手をする。彼女の手は冷たかった。


「改めてりんのことを助けてくださり、ありがとうございます」藍は深くお辞儀をした。


  「どういたしまして。……あの、もし良かったら帰る時もこちらに寄ってくれますか?」僕は頼む。


  「ええ、構いませんけれど……」藍は少し困惑している様子だった。


  「とある提案がありまして」


  「はあ。でもそれなら今言ってくれても大丈夫ですけれど」


  「いえ、まだ確証が無いんです。今思いついたものですから」


  「……では帰りに寄らせてもらいます」と藍は戸惑いつつもそう答える。


  「えっと、多分六時位になると思います」と時計を見て、藍は言った。


  「またね」と凛はドアから出るときに手をふりふりと振った。それに手を振り返す。


  「西田さんの親戚だったんですか?」と二人が出て行ってから少しして入ってきた駅員が尋ねてきた。


  「いや、違うんだ……でも」


  「でも?」


  「いや、なんでもない」

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