幕間 離別 後

「おねえちゃん、どうしたの?」りんのその声で目をあける。心配そうな表情で私を見上げていた。


 りんは手を伸ばし、やさしく私の頬を拭った。そこで自分が泣いていることを知る。いつから泣いていたのだろう。……病室のドアがぼやけていたときから?


「どこかいたいの?」


「いいえ、身体はどこも痛くないわ」……そう、身体は。


「じゃあ、ぐあい悪い?」


「いいえ、平気よ……ありがとう。りんはやさしいね」私は優しく頭を撫でる。


「でも、おねえちゃんがないてるなんてめずら」そこまで言いかけてふあぁ、とりんは大きくあくびをした。目の端から涙がひと粒溢れる。


 今度は私がりんの頬を拭う。暖かい涙だった。


「りんも泣いてるよ」


「え……ほんとだ。じゃあおそろいだね」


「ふふ、そうだね。おそろいだね」笑ったことで心が少し溶けていく気がした。


「おねえちゃんの手、冷たいね」


「そう? じゃありんに暖めてもらおうかな」


「いいよー」りんはそういって私の手をとり指の間に自分の指を差し込み、ぎゅっと握ってきた。私も握り返す。


 その手は一回り小さく、ぽかぽかと暖かった。心が更に溶けていく。


 そのまま、二人でぼんやりとしていた。


「今日のおねえちゃん、ふしぎだね」りんはそんなこと言い出した。


「そうかな」


「うん。なんか……りんみたい」


「私がりん? どういうこと?」


「うーん、ほらだっこしたいっていったり、ないたり、あたためてほしいっていったり……」


「ああ、そういうこと……」そう言われると今の私は普段のりん、姉に甘えるのが好きな妹によく似ていた。


「たまには、おねえちゃんも甘えたいなって」私はそう返す。


「そっかぁ。じゃあもっとあまえてもいいよー」りんは少し背伸びをして私をぎゅ、と抱きしめた。

「よしよし」とその暖かな手で私の頭をなでなでしてくれる。


「ありがとう」と私は抱きしめ返し、胸に顔を埋める。えへへ、とりんは照れくさそうに笑う。


「そうだ、おとうさんはまだねているの?」純粋なその言葉で溶けていた心がぴきり、と凍てつきはじめる。まだりんには父のことは疲れててねむっている、としか伝えていなかった。


「……お父さんは」し、と口に出しかけ、止まる。その先の言葉を続けられなかった。


 それを言ったら、口に出したら。氷の心が割れて、壊れてしまいそうだった。


 ……そして、りんにその事実を突きつけたくなかった。妹の心が凍てついてしまったら、今の私では溶かすことはできそうにない。……自分の心を凍てつかせないようにする事すらやっとなのだから。


 言いよどんだ私をりんは首をかしげ、不思議そうに見つめていた。


 迷う。幼い妹は死の意味を理解できるだろうか。父はもう戻ってこない、会えないのだと分かるのだろうか。そしてそれを受け入れることができるのだろうか。


 じわり、と目頭が熱くなる。まずい、このままだとまた泣いてしまいそうだ。


 私は少し目を瞑る。


 ……決めた。近いうちにしっかり伝えよう。でも今は。


 ごめんね、と心の中でこっそりりんに謝りながら、目を開ける。ぽろり、と冷たい涙が零れてしまう。


 少しぼやけたりんの顔をまっすぐ私は見つめ、告げる。


「ねむっているわ。ずっと。」

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