幕間 離別 前

――ぴー。


 冷たい電子音と共に、私は父と離別したことを理解した。


 横にいる母が崩れ落ちた。父が眠っているシーツに顔をうずめ、嗚咽がこぼれ落ちる。


 私はそれを耳にしながらも、ぼんやりと心電図の直線を見つめていた。夢にいるようだった。頭では事実を受け止めつつも、心はまだ、受け入れることができなかった。


 ベッドの向かい側にいる医師が改めて脈をとり、瞳孔を確認していた。


「安らかに、眠られました」時刻を告げ、そう告げられる。ご臨終を使わない、やさしい言い回しなのだな。そんな事を思っていた。


 「ありがとうございます」母の代わりに私はお辞儀をする。医師もお辞儀を返し、ゆっくりと病室を出ていった。


 「……りんの様子見てくるね」私もそう母に声をかけ

病室をあとにする。いまは二人きりにさせてあげたかった。ドアの輪郭が少しぼやけていた。やはり夢なのかもしれない。


 ベンチでこくり、こくりとりんはうたた寝をしていた。横にならずに座ったままの姿勢で。器用だな、なんて思う。私はりんの横に座り、そっと肩を抱き寄せる。


「……ん」りんは眼をこすり私の方に顔を向ける。ぼーっと見つめ、頭を私の肩に寄りかからせた。


「だっこ、していい?」私はりんにお願いした。


 りんは少し首を傾げ、こくりとうなずく。疑問に思うのも無理はない。彼女からだっこをねだることはあっても、私から頼んだ事なんてなかった。


 向き合うようにりんは私の膝の上に乗り、胸に顔をあずけ抱きしめてきた。私もぎゅっと抱きしめかえす。

 りんはほっこりと暖かかった。しかしこの暖かさこそが私の心を冷たくさせた。これは夢ではない、現実なのだと感じさせる。


 私は目を瞑る。今すこし、何も想わないようにしよう。心が凍てついてしまわないように。


 ――とくん、とくん。抱きしめた腕からりんの鼓動を感じる。生きている証だ。……いまはそれだけ。それだけを受け止めよう。


 しばらく、そのまま。りんの背中をゆっくりと撫でながら、私は心の刻を止める。

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