第11話 理由

「どうぞ」僕は二人の前にお茶を入れた湯飲みを置く。


  「ありがとうございます」藍は会釈をする。


 二人は姉妹だった。姉の方が影山 藍(らん)、妹のが影山 凛(りん)と言った。


  「熱いから気をつけてね」とりんは藍に言った。


  「えっ、うん」と藍の方は僕ではなく妹から注意された事に戸惑った。


 りんは雪の夜、お茶で火傷してしまっている事からそう言ったのだろう。僕はそのことに少しくすりとし、「ええ、確かに熱いですから気をつけてさい」と改めてつげる。


 二人はお茶を飲んだ。面白い事に、二人の飲み方はそっくりだった。両手で持ち、息を吹きかけてお茶を冷まし、そっと啜る。タイミングまでほぼ同じだった。違いといえば同じ飲み方でも妹は可愛らしく、姉はは凛々しく見えることだろうか。


 藍はりんに顔立ちこそかなり似ていたが、可愛いというよりは美人と言う印象だった。佇まいや雰囲気でそう感じるのだろうか。


 ずっと二人を凝視している訳にもいかないので僕も自分の分のお茶を入れる事にする。


 お茶が半分ぐらいになった所で藍は湯飲みを机に置き、「あの、先月うちの妹がお世話になったみたいで……ありがとうございます」深くお辞儀をした。


  「いや、別にたいした事はしていません」実際していなかった。凛を駅長室で休ませ、防寒着と手袋を貸しただけだった。良識ある大人なら誰でもできる事だった。


  「これ、お返しにもなりませんが……心ばかりのお礼です」と藍はバックから二十センチ四方の紙包みを取り出し僕に差し出してきた。


  「いえ、仕事の一環ですし……」と僕はやんわりと断わる。


  「受け取って下さい」と藍ははっきり言う。「もし西田さんが居なかったら凛は最悪、死んでいたのかもしれないのですから」


  そんな大げさな、と思ったが確かに凛があの薄着でずっと外に居れば、風邪や熱を出してもおかしくは無かった。それが元で死んでしまう可能性も僅かにありそうだった。


  「わかりました。ありがとうございます」僕は結局それを受け取る事にした。このまま更に断わるのも逆に失礼だろう。


 受け取ってみるとけっこう軽かった。包みの柄からして


 凛が紙包みをじっと見ている。僕の視線に気付くと、慌てて目をそらす。包みを開けてみる。それは葉っぱの形をしたパイだった。一つずつ袋に入っている。


  「丁度いい、お茶菓子が切れていたのでこれにしましょう」と六枚取り出し、一人につき二枚ずつ置く。


 凛はそれをみて目を輝かせ、姉に向かって「食べていい?」と聞いた。


 少し迷ったあと藍は「ええ、いいわよ」と許可した。


 それを聞くとりんはにこっと笑い、袋を開けて食べ始めた。


「ところで、何故りんちゃ……凛さんはあの夜駅にいたんですか?」と僕は藍に尋ねる。


「りんちゃんでいいよ」とそれを聞いたりんは言った。


「ええ、ちゃん付けで構わないです。まだ子供ですから」と藍も言った。


「私の不注意で、目を離した隙にりんは勝手に行ってしまったんです」藍は申し訳なさそうに言う。


  「お姉ちゃんにめいわくかけたくなかったんだもん」とりんは口を尖らせて言った。


 「逆に西田さんに迷惑掛けてるでしょ」と藍は妹を叱る。


 べつに僕としては迷惑とは全然感じていなくて、逆に娘との思い出を思い出せたので結構嬉しかったのだが。


  「実はその日私と一緒に行く予定だったんです。でも私の都合がつかなくて」


  「だから私一人でいったの」りんが口を挟む。


  「他の日にするって言ったでしょ」と藍は返す。


  「でもそれじゃお父さんがかわいそうだもん」


  「それは確かにそうだけど……」


  僕には何の事がよく分からない。


  「二人のお父さんが、この近くに住んでいるんですか?」と尋ねてみる。


  その日に二人と父親が会うつもりだったが、藍の予定がつかず、りん一人で会いに行ったということだろうか。


  「いえ、住んでいるというよりは……」藍は言葉を濁し、目を伏せる。その表情は物悲しそうだった。


 少し、沈黙が流れた。


 りんは僕と藍の方を交互に見て、残りの言葉を告げる。


  「ねむっているの。ずっと。」

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