第4話 これまでとこれから
救急車はサイレンを鳴らしながら
高速道路を使用して所要時間20分程度で
ジンヤたちを病院へと運んでいった。
大都市圏ではすでに飛行可能なタイプの
救急車の配備も徐々に
進んできてはいるものの、
筐島市近郊ではまだ未配備であるため、
陸路を行くしかなかったというわけだ。
ジンヤとユウジ、2人のキズの具合が
命に関わるものではないことだけが
不幸中の幸いである。
病院内へ搬入された途端、
ユウジのストレッチャーに
覆い被さってきた物体があった。
医療用高性能A・I……
差し詰めA・Pを医療版に
特化させたようなものだが、
エミリーとは全く風貌が異なる。
上半身こそ擬人化された形状を成しているものの、
下半身はさながら
タコのようにたくさんの足を有し、
なんとそれらの先端が
レーザーメスや鉗子などの器具になっていると
いうものであった。
そのロボットが重傷者の損傷部分に対して、
即座に治療を行い始めた。
ストレッチャーがそのまま運ばれて
いってしまったため、
ジンヤが目撃したのは数秒間程度であったが、
あれだけ見事な処置であれば
きっと大丈夫であろうと思わしめるものであった。
とはいえ、そうした高性能A・Iは
最先端のものであるため、
よほどの負傷でなければ
通常の医療処置を受けるのが通例だ。
ジンヤも傷だらけではあるものの、
自力での歩行ができる程度の損傷であるため、
自分の足で治療室へと歩んでいく。
ちょうど部屋の前のディスプレイに
自分の受診番号が表示されたため、
中へと進んでいく。
「……No.22ノ方、治療ヲ開始シマス……。」
入室そうそう無機質な合成音声が降りかかる。
どうやら医療特化型ではない
万能型A・Iが自分の治療をしてくれるらしい。
見た目はデッサン人形をもう少し金属的な感じにして
人体を模したような姿をしている。
かつ顔に当たる部分には
液晶モニターが付けられている。
てっきり人間の医者が治療してくれるものと
思っていたジンヤは肩すかしをくらったような
思いで、(ツイてないな……)などと思ってしまった。
「……ああ、頼むとするか。手っ取り早くで頼む。」
相手が人間であればジンヤの不機嫌さを
まざまざと感じとるのは容易であろうが、
そんな斟酌をする必要もないA・Iは
お構いなしにジンヤに近寄り治療を進める。
高性能A・Iのような驚異的なスピードや
技術はないが、プログラミングされている
医療処置はなかなかに的確。加えて、
時には別室の医師による遠隔操作も可能
という点で、安心感がプラスされる。
そんなA・I技術の発達は
人類の医療に貢献したと言えるであろう。
慶永のひとつ前の元号、
令和と呼ばれた時代の初頭……
COVID-19と呼ばれるウイルスが全世界に蔓延し、
人類を戦慄させたことがあったという。
医療崩壊、ひいては経済の崩壊一歩手前の
事態だったなどという話を想像すると
ゾッとするな、とジンヤは思う。
それ自体は不幸な出来事ではあったものの、
皮肉なことに、このことをきっかけに
結果的に医療用A・Iの進化が
促されたというのだから、
歴史の光と闇、人類史の功罪と
言えるのかもしれない。
(しかし……。これだけの技術や能力・
知能水準すら持った機械人形どもが、
ともすれば俺たち人類さえ
排斥しようとするんだ。
俺は忘れない!あの時のことをな!)
ジンヤは己の迷いを断ち切るかのように頭を振る。
人工知能が人類の知能水準を超える日である
シンギュラリティ……
その時は数年前には到来していたと
まことしやかに言われている。
果たしてA・Iは何を考えているのか?
治療を受けながら、ジンヤの脳裏からは
疑惑の念は払拭されないのであった。
そしてそんな逡巡さえ
許される間もなく刻は過ぎ去り、
処置の終わり際、頭部のモニターに
別室で診察中の医師の顔が映し出された。
「はい、ご苦労様でした。
キズの程度は幸い深くないようですので、
安静にしてご養生ください。」
モニターされた医師はジンヤの容態を観察して、
問題なしとの評価を下した。
ジンヤが軽く頭を下げて部屋を出る頃には、
A・Iのモニター部分は元の姿へと戻ったが、
あたかも人間のごとくお辞儀をしながら
ジンヤを送り出したのだった。
治療室から出てきたジンヤは
2人の見知った顔を見つけた。
ありがたいことに同僚の
筐島市役所職員が迎えに来てくれたらしい。
「忙しいなか出迎え感謝する。
それじゃあ、すぐ戻ろうか。」
ユウジの容態は気に掛かるものの、
これ以上同僚たちに負担を
かけるわけにもいかない。
ジンヤは後ろ髪を引かれる思いながらも、
庁用車に乗り込み病院を後にしたのだった。
それから30分もしないうちに、
ジンヤたちは筐島市役所へと帰還した。
まだ時間としては
正午前の早い時間帯であるはずだが、
機器情報管理課は関係機関への連絡や
現場の近隣住民を初めとする鳴り止まない電話による
問合せ対応に巻き込まれたためか、
SF小説で描かれる終末を迎えた世界のような、
暗澹たる雰囲気を醸し出していた。
「おいおい、すごい騒ぎだな。
火事か?救急か?それとも地震か?」
ジンヤが軽口を発した途端、
みんながジンヤを一斉に見やる。
一様に同じ困惑した表情を浮かべている。
「……失敬。俺の代わりに奮闘してくれたようだな。
みんな、礼を言わせてもらうよ。」
ジンヤは先ほどの軽口について、率直に詫びた。と……
「ホンドウ、ホンドウ!」
こもったような、それでいて軽い声で
ジンヤを呼びかける者がいた。
ジンヤは内心を隠すためか
無表情かつ真剣な面持ちで、
声を発した主のところへ歩み寄ってゆく。
彼は机を挟んでジンヤと対面した途端、
疾風怒濤にまくし立てて来た。
「全く、一体全体何をやっているんだ、お前は?
棚場でとんでもない事件を引き起こして。
これで何回目だ?全く、粋人を目指すだか
格好付けてるんだかしらんが、
他の皆様に迷惑をかけるんじゃないよ。
他人様の大事なA・Pを破壊した挙げ句、
貴重な庁用車が廃車になるとか、
冗談じゃないよ、全く!大体……」
「ヒルタくん、その位にしておきたまえ。」
「はっ!分かりました、課長!
さぁ、早く課長のところへ行くんだ、ホンドウ!」
悲しき中間管理職ヒルタは課長の一声に、
留まることを知らない濁流のような
発言の流れはものの見事に止まった。
心の底からウンザリしたような顔を表に出した後、
ジンヤは真面目な表情を戻しながら
課長のデスクの前まで歩んでいった。
「大変な目に遭って早々申し訳ないが、
話してもらえるかな?」
座ったままそう言って、
ジンヤを見上げる課長の物腰は優しい。
ああ、さすが上に立つべき人だなどと感じつつ、
ジンヤは口を開き、
今朝から現在までの事の仔細を述べていくのだった。
漂流英雄綺譚 -颯爽たる風姿- リアび太 @Riabita
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