第28話 捜索令状1
◇◇◇◇
「じゃあ、旦那の夕食は遅くでいいんだな?」
マークがふっとい腕を組み、一つ目で私を見た。
「そう」
私はうなずき、手近な丸椅子に座る。部屋にあるような細工に凝ったものじゃない。板と角材に釘を打ち付けただけの、武骨なものだ。だけど、マークが毎日座り続けても壊れないだけの強度はある。
「昨日の賊を連れて衛兵と街に行ったから……。申し送りをして、そのあとご両親にお会いしたとして……」
私は煤で汚れた天井を見上げて首を傾げた。毎年大晦日にみんなではたきをかけるのだそうだ。
「スザンカに帰着するのは、夜の十時ごろじゃないかしら」
「旦那、また軽いもの、とか言いそうだな。最近せっかく、よく食べるようになってくれたのに」
マークは言いながら、食材を確かめるために厨房の東隅に移動する。
「食が細かったの?」
足をぶらぶらさせながらマークの背中に尋ねた。
「おれたちがここに来たころなんて、がりっがりのやせっぽちだったからな」
マークは籠から卵を取り出し、丁寧に検分していく。大きな体や太い指からは想像できないほど、その手つきは繊細だ。
「お嬢が来てから、ようやく毎日三食食べてくれるようになったってのに」
「そういえば、あなたたちはいつからこの城に?」
私はふと思い立って尋ねる。
昨日、サラからは『リーに声をかけられて集まった』と言っていたが、ハロルドが三歳でこの城に来た時からなのだろうか。
「旦那が三歳から、ここに住んでいるのは知っているか?」
膝立ちのまま、ぐりんと首をこちらに向けた。
「……サラから聞いた。その時は、このスザンカはみんなで持ち回りだったんでしょう?」
私の言葉に、「そうだ」とマークはうなずく。
「辺境伯の縁者たちが、一年単位でスザンカに住み、そして守っていた。その時々の誰かが、旦那を養育していたようだが……」
マークは肩をすくめる。
「教育を施していたのは、リーだな。そのとき、おれたちはいなかった」
「……リーがみえる人はいなかったの?」
私の家系には何人か「見える」人がいたから、ふとそんなことを口にしたが、マークは盛大に噴き出した。
「いないさ。リーも、旦那によく言い含めていたらしい。自分が見える、ということは内緒にしておけ、ってさ」
マークは手近な笊に卵をいくつかとりわけ、調理台に置く。またしゃがんで何かをしている、と思ったら、今度は野菜を吟味していた。
「旦那からすればさ。一年ごとに家族が変わる感じだったろうな」
根菜類をいくつか笊にとりわけ、呟くようにマークは言う。
「仲の良い家族が来たときは、別れがつらかったろうし。仲が良くない家族が来たら、別れまでがつらかっただろうし」
言われて、そうだ、と思う。
ハロルドだけが、このスザンカにいたのだ。
三歳のころから。
一年ごとに滞在者が変わる。
それはまるで彼にとっては景色のようだったのかもしれない。来ては移ろいゆく背景だ。
傷跡を残す嵐もあれば、陽だまりのように熱だけ残して去っていく人たちもいただろう。
だけど。
ずっと、残り続けてくれたのは、リーだけ。
「で。旦那の年が二けたになったころ、辺境伯がスザンカの城主に任命して、数人の使用人をよこしたんだけどさ」
快活にマークは笑う。
「リーが脅してみんな辞めさせたんだ。で、おれたちを雇った、ってわけ」
「……待って。辺境伯的にはどう思ってるの、スザンカのことを」
私はマークに向かって眉根を寄せる。
「対外的には、マークやロジャー、リーは見えないんでしょう? サラがひとりでこの城を回してるとおもってるの?」
「領民が助けてくれてると思っているようだぞ」
マークは何でもないことのように言うが。
それで、納得する辺境伯も辺境伯だ。
そんなこと、ありえないと思わないのだろうか。
城の維持に食事、時には騎士の滞在場所として使用し、本来の目的は『辺境領地の警備』だ。
それを、通常はたった二人で行っている。
いや、今は私を入れても三人か。
「こういっちゃなんだが、あんまり深く考えてないんじゃないか?」
マークは両手に大きなジャガイモを持って、のっそりと立ち上がる。
「今の辺境伯は昔の辺境伯と違う。昔はもっとこう、どっしりとしたイノシシのような武人だったがな」
ふう、とマークは盛大に息を鼻から吹いた。
「こどもはみんな女ばっかり。せっかく生まれた男は、自分にとってはあまりに異質。次の男子に賭けようとしたが、嫁は流産ばっかり。次第に娘たちは家督のことについて、ぐずぐず言いだした」
マークは根菜類の入った籠に、ジャガイモを追加させた。
「もう、辟易しているんだろうな。考えることに」
「辟易って」
私はあきれる。
「仮にも『辺境伯』でしょう。後継者を明確に決めるまでが、お仕事でしょうに」
「順番からいえば、絶対旦那なんだよ」
マークは憤懣やるかたないとばかりに言葉を吐き出す。
「だけど、ほら、後妻の子、だろ? 先妻の娘たちがいろいろ言うんだよ」
「なにをよ」
だんだん、私も腹が立ってきた。
みんな、ちょっとはハロルドのことを考えてくれているのだろうか。
これじゃあまるで、みんながみんな、自分のことを主張するばかりで、全然ハロルドのことなど考えていないようではないか。
彼は、この血族の中では一番年少だというのに。
「ハロルドが生まれるまでは、どうも辺境伯、長女のこどもに爵位を継がせる、みたいなことを言ってたんだよなぁ」
「ほら、またそんな自分勝手なこと言いだした!」
私はおもわず立ち上がる。
「確かに女児しか生まれていない場合、そんなこともあるでしょうけど……。生まれたじゃない、ハロルドが!」
「……あまりにも、異端だったんだろうなぁー……」
「異形が見えるからってなによ!」
「いや、結構なことだと思うよ、普通の家族には」
「私からすれば、辺境伯の家庭のほうが異常だわ!」
「まぁ……。ただ、だな、嬢ちゃん」
マークは、ぼってりとした人差し指を私に向ける。
「うれしいことにまだ、辺境伯の娘たちには『子がいない』んだ」
「あ、そうなの」
皆さん結婚されている、ということは知っていたし、三女のクリスタ様のご夫君はあのデーヴィッド様だし……。てっきり、お子さんもそれぞれいらっしゃるのかと思った。
「だから、だ」
マークは口角を釣り上げて笑って見せる。
「嬢ちゃん、産んじまえ。旦那との子を、よ」
またそれか。
私はうんざりと顔をゆがめ、もう一度椅子に座りなおす。
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