無口な饒舌、テレパシー

アカエイ

無口な饒舌、テレパシー

 ある人は僕のことを、無感動な人間だと言う。また別な人は黙っているだけで自分の意思のない人間、あるいは人を見下した冷たい人間と判断しているらしい。

 例を挙げれば切りがないが、総じて僕は無口で消極的だというのが周囲の評価である。けれどそれは完全に正しいとは言えないと、この僕――北堀悠大は反論したい。

 確かに、僕が話すことはほぼ皆無に等しい。そこに異論はない。けれどその裏には、僕が一種の精神的病を抱えているという理由があるのだ。それ故、僕は発声を必要とするコミュニケーションを取ることが出来ない。他の似たような罹患者がどうなのかは知らないが、僕の場合、声を出す過程で考えるという行為が暴走してしまうのだ。

 例えば、誰かに僕が声をかけようとしたとしよう。僕は『あの、すみません』と言おうとして『あ』と発声する。そして、ここで僕は考えてしまうのだ。今の『あ』という声量は大きすぎたのではないだろうか。うるさかったかな。でも聞こえないよりは良かったかもしれない。しかし、次にいうべき言葉は本当に『すみません』でいいのだろうか。僕と相手の人間関係はどうだったっけ。他人行儀すぎる気がする。だが親しげだと相手も不快かもしれない。もっと適切な言葉はないのだろうか。待て待て、考えすぎて今『あ』しか話してないじゃないか。絶対変に思われてる。ほら、要件を言わないと。ああでも、先に不審な言動をとって困らせてしまったことを謝るべきか。いやそれよりも――

 これが僕の会話をしようと試みた時の一連の流れだ。思考が空回りした末に、大抵自棄になって叫ぶか、逃走するかの二択をする。要するに、声という瞬間的な意思疎通において、僕の繊細で、心配性で、脆すぎる思考がついていかなのだ。

 冷たい人間だと思わないでくれ。

 寂しい人間だと思わないでくれ。

 本当は僕だって仲間に入れて欲しいのだ。一人は辛い。みんなで学食に行きたいし、放課後にゲーセンやカラオケにも寄りたい。何気ない無駄話をしながら無為に時間を過ごす、そんなありふれて些細な望みを持っているのだ。僕にも人並みの興味があって、趣向がある。別に君たちのことを嫌ってるわけではないし、関心が無いわけじゃない。まして、見下してるなんてもっての外だ。ただ僕は、暴走して迷惑をかけたくないだけで、好きで無口でいるのではない。

 僕は上手く喋れないだけで――それだけなのだ。

 頼むから、分かって欲しい。

 分かってください。

 分かってくれよ。


 なんて、心の中で叫んでも、無意味なのは分かっている。

 学校の教室。今は昼休み。僕は四時間目が終わると、自分の席に座ったまま、教科書を見つめてじっとしていた。胸の内でひたすらにクラスメイトに語り掛けながら。

きっかけは特にない。ただ、積年の感情が不意に上限に達しただけの話。爆発させずにはいられなかった。発狂しなかったのはむしろ褒めてもらいたいくらいだ。不安定になりがちな自身の精神に辟易するが、心の中で散々暴れさせたから、少しは気持ちが落ち着いてきた。

 なんとも不器用な解消の仕方だと思うが、学校の中では、もっとも他人に迷惑をかけない方法だっただろう。ああやって心情を人にぶつけている――つもりになって話して、自身の中で完結させる。なんと平和的なのだろうか。

 僕の病のせいで、面倒はかけられない。

 だから、これでいいのだ。

 教室の時計を確認すると、昼休みも半分を過ぎたところ。どうやら思いのほか時間を使っていたらしい。残りの時間は何に費やそうか。読みかけの小説が鞄に入っていたはずだから、それを読破してしまうのが丁度良いかもしれない。

 鞄から件の小説と音楽プレイヤーを取り出し、外界との接点を断つようにイヤフォンを耳につけようとした。

「北堀くん」

 ぴたり、と動きを止める。

 傍から見たら時間停止でもしたようだっただろう。それほどまでに、僕には衝撃的だった。現在、僕に話しかけてくる人間は、事務的な内容を一方的に伝える場合で全てが納まる。だから、今回もその可能性は十分にあった。けれどなぜだろう。僕はこの声の主が会話を求めているように思えてならなかった。

 顔を見たくない。このまま無言でやり過ごしたかった。聞こえなかったフリをして、強引にイヤフォンを付けようかとも思った。しかし、現実は甘くない。

「北堀くん、話したいことがあるんだが、ついてきてくれるか?」

 絶望した。血迷ったのか。何を話すというのだ。授業も真面目に受けてる。提出物も今はないはず。クラスの係も寡黙にこなしている。不満はないだろう。誰にも迷惑はかけていないはず。一体何だというのだ。

「ああもう、いいから来い」

 反応を示さない僕に苛立ったのか、声の主は強引に腕を掴んで立たせてきた。そしてあっという間に教室の外へ引っ張られ、人気のない場所へ連れていかれた。その間、クラスメイトの視線が僕らに釘づけだったのは言うまでもない。目立ってしまった。折角地味に平和に生きてきたのに。そんなささやかな平穏が、一瞬で崩壊してしまった。そもそも誰だというのだ。こんな暴挙を起こした人間は。

 ここにきて、僕の関心はようやく声の主に向かう。始終俯いて地面だけ見ていた僕は顔を少しだけ上げて、睨み付けるように声の主の顔を見た。

 女子だった。そして見覚えがあった。当然だろう。教室で声をかけられたのだ、十中八九クラスメイトなのだろう。だが、生憎とクラス全員の顔と名前を把握してはいない。こんな奴が教室にいた気がする。その程度だ。……いや違う。彼女の名前には心当たりがあった。なに、あまり特別なことではない。単に僕と名前が似てたのだ。だから、なんとなく顔とセットで覚えてしまったというだけのこと。

 堀北悠希。それが彼女の名前のはず。

「ほう、名前覚えていたのか。これは光栄なことだ」

 機嫌を良くしたのか、堀北は実に嬉しそうに笑った。快活よりは、妖艶。そんな笑みだ。同い年相手に適切かは微妙だったが、堀北はどこか大人びていて、成熟したような雰囲気を持っていた。

 ――あれ、今僕話したか?

「いや。話していない。それは君がよく分かっているだろう」

 堀北はまた笑う。今度は悪戯めいた印象。けれどやはりそこに子供っぽさが微塵もなかった。

 いや、そんなことより、どういうことだ。僕は確かに話していない。僕はさっき頭の中で考えただけだ。顔に出ていたのか。いや、二言目は考えられなくもないが、最初のは違う。いくらなんでも、表情だけで名前を記憶していたかを判別するのは不可能なのではないだろうか。まさか、心が読めるわけでもあるまいし。

「いや、タネだって仕掛けだってない。それがアタリだ」

 見透かしたように、堀北は言葉を挟んでくる。

「私は人の心の声を聞くことができるんだ。といっても、何もかもってわけじゃない。考えていないことは聞けない。その人が今思考を働かせていることだけだ。まあにわかには信じがたいとは思うが、さて君は信じるかな?」

 あまりに突飛だった。急に何を言っているのだろうか。常識的にありえないと一蹴するのは簡単だった。けれど堀北の顔は真剣で、悪戯な雰囲気は感じられず戸惑ってしまう。本当に心が読よめるのか。……一つ試してみよう。

 ――昨夜は炒飯を食べた。数学の宿題は難問だった。今読んでる小説の主人公の名前は更月礼祇(さらつきれいぎ)。

 心の中で脈絡のないことを語っていると、不意に堀北は小さく笑った。ぞくりと背筋に冷たい感触を覚える。

「炒飯は私も好きだ。今日の晩御飯にでもしようか。あの問題は苦戦したな。私は解くのを諦めたよ。サラツキレイギか。最近の小説は、どうも奇抜な名前を付ける風潮にあるようだ。……これで満足かな」

 さも当然のように反応する堀北。

 一番に感じた感情は驚きよりも、恐怖だった。それは肉食獣に追い詰められた獲物のような、あるいは最大の天敵に遭遇した気分で、別に殺されるというわけでもないのに、自分の中で逃走するべきだと脳が警鐘を鳴らしている。

「いや、そう警戒しないでくれよ。それこそ、取って喰おうなんてつもりは毛頭ない」

 心の声に応じて、堀北は話を進めていく。不気味な状況だ。僕は一切喋っていないのに、会話が成立してしまっている。ああ、これはよろしくない。こんなことは想定外だ。心の声が本当に聞こえるとしたら、まず間違いなく聞いているはずだ。あれを。僕の、独り語りを。

「当たってはいるが、一つ言わせてもらうと、語り掛けてきたのは君の方だからな。私は無為に人の心を盗み聞きする趣味は無い。閉じていた私の耳を強引にこじ開けて聞かされたんだ。余程強い思いだったようだね」

 余計なお世話だ。誰も聞いていないはずだからこそ、あんなことを思っていたんだ。心の中のことまでとやかく言われる筋合いはない。

「そうだね。だが、それ故素直な気持ちなはずだ」

 真っ直ぐと目を見つめられる。まるで考えたことだけでなく、僕の全てが見透かされているようだった。それは許してはいけない。これ以上は読まれたくない。余計なことは考えるな。誰だって知られたくないことはあるだろ。あの独白だけならまだしも、その先は危険だ。

「見下すように聞こえたら謝るが、私は君に助言をしてあげようと思ったんだ。だから、少し話してみないか?」

 それ以上踏み込んでくるな。僕は何も隠してない。何も訊くな。心の中は僕だけの場所だ。踏み込んでくるな。理解なんてされなくていい。ほっといてくれ。水を差すな。僕は満足している。

「本当にそうなのか?」

 堀北は半歩僕に詰め寄ってくる。

くそ、考えるのを止めようとするほど意識がそこへ向かってしまう。これでは思う壺にはまってしまう。口を閉ざすことで今までは身を守ってきたが、堀北には全く意味を成さない。

「……ああ、それが真実だろ」

 総毛立つ感触がした。じわりと額から粘ついた汗がにじんでくる。わけもなく喉が渇き、息苦しさを覚える。

「口を閉ざす、そして身を守る、か。つまりそれは、意図的にしているという意味合いになる」

 その先は言うな。

 言ってはいけない。

「君は、特別な病は抱えていないのだな」

 違う。僕は病気を持っていて、それだから誰とも話せなくて、現に今だって話してないし、僕が喋ることでみんなに迷惑がかかってしまうし、僕は病気を持っていて、仕方なくて、迷惑だから、どうしようもない話で――

「自分に嘘を吐くのは見苦しいぞ」

 お前に、何が分かる。僕の言っていることは真実だ。嘘なんかついていない。外側からちょっと心を覗き見ただけで、知ったような口を利くな。自分のことが理解できるのは自分だけだ。

「違うな。自身と他者の見解が合わさって初めて自分を理解できるんだ。万事、一面的な事柄は一つだって存在しない。自分が黒いと感じていても、裏から見ればそれは白いかしれない。多方面から見て意見をすり合わせることで、ようやく全体像が掴めるんだ。独りよがりな考えは確実に偏りを生じる。それは人の心だって同じだ。自身は正直者だと自己評価しても、他者はそれを堅物と感じるかもしれない。君は、本当に自分を理解していると言えるのか」

 たとえそうだったとしても、堀北には関係のないことのはずだ。僕なんかに関わろうとしないでくれ。誰にも迷惑をかけていないだろう。僕は静かに暮らしたい。僕は今の状況を望んでいるんだ。

「それも違うだろ。現状に満足しているはずがない。ではあの教室での独白は何だったんだ。あれは嘘だったというのか。そんなはずはない。あれほど悲痛な叫びが、偽物の気持ちのわけがない」

 止めろ。お願いだから、止めてくれ。

「……北堀くん、頼むから聞いて欲しい」

 堀北は小さな溜め息を吐いて、続ける。

「君の思考は少し考えすぎなくらいで、常人と大差はない。実際に言葉は発していないが、私との会話は成立しているじゃないか。君は話せている。話していないだけだろ。ではなぜ友達を欲して、みんなと仲良くなりたいと渇望する一方で、君は会話を拒絶するのか。私は、君の助けになりたい。……出来れば私は、君の方から説明して欲しいのだが――話してくれるか?」

 それきり、堀北は沈黙してしまった。ただただ、僕の言葉を待ち続けている。生憎と僕はテレパシーなんか使えないので、彼女が今何を考えているか知ることが出来ない。それでも、堀北は僕の声を待っているのは理解できた。

 心の声であり、そして現実の声だ。

 でもそれが真実なら、僕にとっては耐え難い苦痛だ。この感情も、堀北には伝わっているのだろう。だけど、やはり向こうから口を開くことは無かった。静かに僕のことを見据えて、待っている。

 ここまで僕に関わろうとしてきた人は初めてだ。今までは僕の方から拒絶していたので、誰しもが僕の周りから去っていた。それは僕が望んだことであり、それでいいと思っていた。たとえ寂しくても、現状維持のままでいい。ずっとそう思って生きてきたのに、いざ堀北のような人間と対面してしまうと、無性に嬉しく感じるのはどういうことなのだろう。

 気づけば僕の頬には、涙が伝っていた。

「…………怖かったんだ」

 久しぶりに発した声は、酷く震えていた。

 でも、声量は明確だった。

「喋るのは、自分の一部を、相手にさらけ出すということだ。僕は、そう考えている。人の内面にあるのは、綺麗なものだけじゃない。必ず醜悪な感情を、抱えているものだ」

 ――そんなの、考えすぎと言われるかもしれない。けれど、僕にとっては重要事項で――

「言葉は、不便だ。心という御しがたい存在を表現するには、不十分すぎる。適切な単語はいつだって見つからない。小さなズレは軋轢を生じるきっかけになる。今だって、僕の想いが正しく伝わってるか、不安で堪らない」

 ――昔、そうだったように、わすかな誤解から、友人を失ってしまったように――

「感情を形にするのは難しい。正しく相手に認めさせることは出来ない。自分の思惑とは違う風に受け取られることもあるし、言うべきでない気持ちを含ませてしまうこともある。声にした途端、暗い感情を混ざってしまったりもする。それに、一度発した言葉には、責任が付いてしまう」

 ――違うと言っても、信じてくれなくて。訂正は逆に傷を深めていって――

「だからいっそ、喋らなきゃいいんじゃないかって思ったんだ。そうすれば、誰にも誤解を生むことは無い。そう思ったんだ」

 ――そうすれば誰も傷つかないと、信じてしまって――

「でも、ただ耐えるのは寂しくて、喋らないことにもっとちゃんとした理由が欲しかった」

 ――ふとそんなとき、思いついてしまった――

「病だったら、仕方ないかなって思ったんだ。それならちゃんとした理由になるって。それを拠り所に我慢しようと」

 ――そう、自分に嘘を吐きながら、ずっと誤魔化した。それこそ、何が本当なのか分からなくなるほど――

「偽りの病が、僕の中にあると、信じ込ませてたんだ」

 ずっと心に秘めていた想いを、一気に吐き出した。喉が痛い。こんなに声を出したのはいつ以来か。

 僕が話している間、始終堀北は静かだった。眉ひとつ動かさず、じっと僕の声に耳を傾けている。その静寂が怖かった。しかし、僕の気持ちを察してか、話を終えるとすぐに言葉を返してくれた。

「嬉しいよ。ちゃんと話してくれて」

 破顔していた。今までで一番爽やかで純粋な表情だった。

「そうだな、君に対しては、こんなシンプルな言葉を掛けてあげるのが良さそうだ」

 そして、はっきりと言った。

「別に、口下手だっていいじゃないか」

 わずかに沈黙が漂う。

 僕はすぐに反応することが出来なかった。堀北の言ったことは本当に単純で、だが僕にとっては大変衝撃的だった。

「誰だってそうさ。正確に気持ちを表現できる人間なんていない。感情と言葉には常にズレがある。そういう風にできている」

 ――でもそれでは、分かり合うことなんでできない。

「だからこそ、会話を積み重ねるんだ。不器用に何度も言葉を重ねてやれ。拙くたっていい。思う存分語ればいいんだ。それに、君は一つ勘違いしているみたいだ」

 一呼吸おいてから、続ける。

「言葉なんて、会話の一部分でしかない。話すときの表情、仕草、距離、目線。他にも大事なところは沢山ある。感情を伝える方法は声だけじゃない。それらを駆使して、少しでも心の中の感情と近いものを伝えようとする。それが会話だ」

 堀北は一歩近づいてくる。二人の距離は三十センチもない。そして、右手を掴んで胸の高さまで持ち上げられ、両手で包み込まれた。

「君に足りないのは経験だ。一度や二度の失敗は誰だってある。私だってそうだ。こんな不思議な力を持っていたとしても、失敗する。人と付き合っていくというのはそれほど難しい。それでも人との繋がりを持って、相手の理解を得たいのなら、会話をしていくしかない。一朝一夕では成り立たないが、十分に時間を掛けて深めていけば、相手のことも、そして自分のことも知ることが出来る」

 握られている手が、とても暖かかった。

 それは随分前に僕が手放したもので、そしてずっと取り戻したかったものだった。人より心配性で、臆病で、不器用だったばかりに、長い間失っていた。せき止められていた想いが溢れ出しそうだった。激しい人恋しさが募る。

 けれど、今からやり直す自信はなかった。

 堀北のような人間は稀有だろう。テレパシーのことではない。こうして、一人ぼっちでいるような僕に話しかけるような人間のことについてだ。

「なんてことはない。君がその気になればどうにでもなる。心配性は思慮深く気遣いが出来ると言い換えられる。少しずつ、慣れていけばいい。それに――」

 握られていた手に、力が籠る。

「たとえ誰かと誤解が起きても、その時私は一番の味方でいれるはずだろ?」

 胸が熱くなった。じわりと心の中に染み込んでくる。優しい言葉を掛けられるのも久しぶりだった。誰かが近くにいてくれるのが、堪らなく嬉しかった。

 僕は繋がれていた手を静かに解く。

 堀北は不思議そうな顔をするが、構わない。そしてやや彼女から距離を置いて一つ深呼吸をした。他人に踏み込むのは怖い。自分を知られるのも怖い。けれど、それは誰でも感じていること。僕は偽りの病のせいにして逃げていただけだ。堀北は変わるきっかけを与えてくれている。

 ならば、応えなくてはいけない。

「僕と……友達になってください」

 右手を彼女へ伸ばし、頭を深く下げる。

 声はやはり震えている。しかし決死の覚悟で言い放った。

「…………」

 だが、待てども僕の手が握り返されることはない。こんな僕では友達になる資格はなかったのだろうか。だとすれば、非常に悲しかった。不安になって目線を上げてみると、そこには口元を手で隠し、笑いを堪える堀北の姿があった。

「いや、すまない。茶化すつもりはなかったんだが、傍から見たらこれは告白現場以外の何物でもないと思ったら、可笑しくて」

 言われて気づく。昼休みに人気のない場所で、男女が一体何をしているというのだ。誰かに見られたら、一発で噂になるだろう。いや、それだったら教室で堀北に連れ去られた時点で、手遅れな気もしないでもないけれど、しかしこの状況はあまりよろしくなかった。

 慌てて手を引こうとしたが、その前に堀北に握られる。

「こちらこそ、よろしく頼むよ。北堀悠大くん」

 その柔らかな表情は、十二分に僕を安堵させてくれた。なんとも笑顔のバリエーションの多い人だと思う。

「さて、そうと決まったら放課後から行動開始だ。まずは私の友人を紹介しようか。気のいい奴だしきっと馴染める」

 何やら急に話が進んでいる。他の人と話すのはまだ無理だと思うのだが。けれど僕のそんな気持ちは置いておかれたままぐいっと手を引っ張られ、来る時と同様に引きずられるように歩かされる。

「急げ、もう昼休みは終わるぞ」

 強引だったが、不思議と嫌な感情は湧いてこなかった。むしろ、その後ろ姿は今の僕にとって頼もしくすら感じた。

 そんな彼女を好ましく思う一方で、一つ疑問が残っていることに気が付く。結局のところ、堀北はどうして僕なんかに話しかけてくれ、気遣ってくれたのだろうか。これに関しては、しっくりくる理由が思い当らなかった。

「ああ、それについてだがな」

 心を読んでいたのか、堀北が割り込んでくる。

「私は単に困っている人を助けるという、当然のことをしていると主張するのだが、どうも私の友人たちとは考えが違うらしい。まったく、この齟齬はなんど訂正しても埋まらないんだ」

 ややためらった後、幾分不機嫌そうな調子でこう言った。

「周りの人間曰く、私はお節介のお人好しらしい」

 なるほど、確かに自分のことは自分が一番分かっているとは言えないらしい。

僕も、人との繋がりを持ってから、自分のことを再評価するべきかもしれない。きっと良い面も悪い面も見えてくることだろう。いつまでも臆病なだけではいけない。

 長い時間が掛かるだろうが、変わっていきたい。そう素直に思えた。今はまだ言葉で言い表すのは難しいが、心から彼女に感謝をしたかった。けれど幸いなことに、堀北悠希という女子は心を読む力があるらしい。これなら、何も問題がなかった。

 彼女の心に伝わるよう「ありがとう」と僕は何度も何度も想った。

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