ベビコン5話 うちあげ! -3-
さて、今夜は大変珍しい事が起こっている。
「はぁ……美味しいですわ。ただ、ワインがないのが残念ですわね」
イメルダが酔っ払っている。
顔、真っ赤だな。
「マズい……イメルダが酔い潰れたら、一体誰がノーマとルシアの面倒を見るのだ!?」
「ヤシロ、ガンバ!」
「おぉ、立候補してくれるか、ルシアやイメルダと同じ女性で、同じ貴族で、その二人とも大変仲の良いエステラ」
「……ボク一人の手には負えないよ」
「じゃあ、足蹴にでもしとけばいい」
手に負えないなら足を使えばいいじゃない。
「エステラさん!」
「うわっ!?」
酔っぱらいたちを見ないように、体の向きを変え始めたエステラの背後に、イメルダが立つ。
「な、なにさ、イメルダ?」
「ワタクシ……優勝しましたの」
仁王立ちで、少々顎を上げて、ギンっと鋭い視線でエステラを見下ろしているイメルダ。
気の強そうな貴族令嬢然とした佇まいだ。
「ですので、褒めてくださいまし」
「……は?」
「『褒め』が足りませんわ!」
「さっきおめでとうって言ってあげたじゃないか」
「それは祝福であって『褒め』ではありませんわ!」
「…………はぁ。すごいすごい」
「ぞんざい、ここに極まれりですわね!?」
イメルダの目が「くわっ!」っと見開かれ、エステラの左腕を取り、持ち上げ、脇から腕と太ももの間に体を滑り込ませていく。
「ちょっ、ちょっと!? なにしてるのさ!?」
「『褒め』というのは、こうして膝に抱き、腕で包みこんで、こっちの手で…………手をお出しなさいまし!」
「えぇ……」
床に膝をついて、エステラの太ももの上に胸を乗っけるイメルダ。
まぁ、すっぽり収まるようなサイズではないからな。
催促されて、右手を差し出すエステラ。
「こちらの手で、こう、頭を撫でるのですわ。こう、そう、こうですわ」
エステラの手首を拘束し、自身の髪を強制的に撫でさせるイメルダ。
「さぁ、そこで褒め言葉ですわ!」
「えぇ……っと。イメルダのデザインは素敵だったよ」
「そんなことはどうでもいいのですわ!」
「どうでもいいの!?」
「『褒め』とは、すなわち、『いい子いい子』ですのよ!」
「それは、君の主観じゃないかなぁ……」
「むぅぅ~……っ! ワタクシ、今日はいい子でしたのにぃぃ~……っ!」
イメルダが拗ねた!?
ほっぺたぱんぱんだな、おい!?
体をよじって、エステラの腹に頭ぐりぐりし始めたぞ!?
「あぁ、はいはい、分かったから! イメルダはいい子だったよ。いい子いい子」
「えへへ~……」
エステラに頭を撫でられると、嬉しそうに寄りかかり身を預けるイメルダ。
新発見。
イメルダは、甘え上戸。
「エステラさんは、いいお母さんになりそうですね」
「ここまであからさまに催促してくる子供なら、誰がやったって同じ結果になるよ……」
ジネットの感想に、エステラの表情が乾燥していく。
カッサカサだぞ、今のお前の笑顔。乾いた笑みが乾き過ぎだろ、おい。
「見てください、イメルダさんのこの安心仕切った表情」
ジネットがイメルダの顔を覗き込んでくすっと笑う。
……え、なに? イメルダ寝たの? あまりに無反応……あぁ、『撫で』に集中してんのね。好きにしろよ、もう。
「きっと、エステラさんの膝の上がとても安心できるのでしょうね」
「えぇ……迷惑ぅ……」
「今日はイメルダさんにとって、とてもおめでたい日ですから、もう少しだけ……ね?」
「ん~……ジネットちゃんに言われちゃうと、断りきれないなぁ……」
肩をすくめて、「やれやれ」と息を吐くエステラ。
けど、その後は自然にイメルダの髪を撫でてやっていた。
「あぁして、もっとたくさん母親に甘えたかったんだろうな」
「そうなんでしょうね。今後は、イメルダさんのことをもっと甘やかしてあげましょうね」
「それはハビエルの仕事だろ……」
あとは仲良しのお友達同士でやってくれ。
俺は遠慮しとく。
「あぁーっ! なにを羨ましいことをしておるのら、イメルダしぇんしぇい! エステラ、私も抱っこだ!」
「無理ですよ!?」
「えすてら~、あたしも、らっこ、さねぇ~」
「ノーマは飲み過ぎだよ!? マグダ、ノーマにお水!」
「……分かった。井戸に叩き落としてくる」
「違う! コップ一杯持ってきてあげるだけでいいから!」
酔っ払いがエステラに集まり始めた。
よし、避難しよう。
「じゃ、エステラ。あとよろしくな☆」
「逃げるなんて卑怯だよ、ヤシロ!」
淑女のあられもない姿は、見て見ぬふりするのが紳士ってもんだからな。
「こんな時ばっかり紳士ぶるなぁー!」
目に涙を溜めてこちらを睨むエステラ。
腰にはイメルダが巻き付き、左右からルシアとノーマに挟まれている。
あぁっ、エステラの顔がノーマのおっぱいに埋まってる!?
「いいなぁ!」
「じゃあ代わってよ!」
それはどうかなぁ。
だってほら、ノーマがエステラのつむじをくりくり指でこねくりまわし始めてるしさぁ。
「ウェディングドレスは作れるのにさぁ……どーしてアタシはさぁ……」とか、面倒くさそうな独り言が口からこぼれ落ちちゃってるしさぁ。
ルシアに至ってはぺたぺた触って、自分のと比べて「よし!」とか言ってるしさぁ。あれもう完全にセクハラだろう。
「ちなみにさ……酔っ払いを介抱している時のイメルダって、いっつもあんな感じになってるのか?」
「えっと……そうですね。お部屋に入って男性の目がなくなると、結構みなさんイメルダさんにくっついて、あんな感じになってますね」
そりゃ不満もたまるわなぁ……
今回は酔いつぶれて甘える側になってるけども。
「……ボクも酔ってやればよかった」
酔っぱらいどもに絡まれて、エステラがほっぺたをふくらませる。
お前まで酔っ払ったら、誰が介抱するんだよ。
しょうがない。
エステラが元気になるように……ちょっとした報復を耳に流し込んでおいてやるか。
「エステラ……明日の網タイツお披露目会だけどな……この傍迷惑な連中に際どいミニスカートでも履かせてやったらどうだ? 新商品の宣伝にもなるぞ」
ちょっとした秘策を聞かせてやると、エステラの瞳がギラついた。
うわ~、悪い顔。
「そうだね……ボクにこれだけの迷惑をかけているんだ……みんなには、それくらいの措置があって然るべきだろう……よし、ヤシロ。大至急ウクリネスに連絡しておいて」
「任せとけ☆」
やっぱりさ、せっかく網タイツを見せてくれるならさ、ミニスカートでばばーんっと脚線美を見せつけてほしいよね☆
網タイツが定着したら、その次はバニーガールだな♪
そんなお店がいつか四十二区に出来るかもしれない……ヤシロ、た・の・し・み♪
「じゃ、ちょっとウクリネスのところに行ってくる」
エステラのGOサインが出ているので、ジネットも強くは止めなかった。
精々、「程々にしてあげてくださいね」という弱めの忠告くらいだった。
大丈夫だ。
エステラの許可のもと、ウクリネスが見繕うんだから、俺に責任はない!
頑張れウクリネス!
マジ頑張れ!
と、陽だまり亭を出ようとしたら、ミリィが真っ赤な顔をして「ぽ~」っと天井を見上げていた。
「おい、誰だ、小さい子に酒を飲ませたのは!?」
「みりぃ、小っちゃくないもん!」
ぽ~っとしていたミリィがガバっと立ち上がる。
こらこら、酔ってる時は急に動くな。酔いが回って気持ち悪くなるぞ。
「あのね、てんとうむしさん! みりぃはね、もう大人なの! お酒の楽しみ方だって、知ってるもん!」
腰に手を当てて、むぅむぅと俺に説教するミリィ。
伸ばした人差し指をブンブン上下に振って怒る様は、なんかカンパニュラみたいで可愛いぞ。
「分かった分かった。ミリィはもうお姉ちゃんだもんな」
「それ、子供扱いしてるぅ!」
むぅむぅと怒るミリィ。
なにこれ、一生癒やされていられる。
「分かりました……では、みりぃが大人だというところを見せてあげまふ……」
大人ぶって敬語になってるところも然ることながら、「あげまふ」が衝撃的に可愛いんだが……何をする気だ?
まさか、ナタリアのマネでもして大人っぽい吐息とか?
「早口言葉を言いまふ」
「……早口言葉?」
「ぅん。大人は、早口言葉が得意でふ」
果たしてそうだろうか?
まぁ、俺は得意だけれども。
「えっと…………ぇっと、ね……ぁの…………」
早口言葉が思い浮かばないらしい。
あ~ぁ、両手で頭抱えちゃった。
……潤んだ目でこっち見てきたよ。え、ギブアップ?
「それじゃあミリィ、お題を出していいか?」
「受けて立ちまふ!」
「じゃあ――」
一時期、日本でも流行った早口言葉を。
「『取り外し式、付け乳首。取り外し式、付け乳首。取り外し式、付け乳首』――はい」
「とりはるししきつけち――」
「ストップですミリリっちょ! それ以上は口にしちゃダメですよ!」
うむ、ミリィは完全に酔っ払っているようだ。
ロレッタがミリィを介抱し始める。
ロレッタ、しっかり頼むぞ。
「もぅ、からかわないであげてくださいね」
ジネットに叱られる。
「珍しいな、ミリィが酔うなんて」
「そうですね、……きっと、嬉しかったんでしょうね。みんなで作ったお洋服で優勝できて」
そうかもな。
なんとなく、ミリィは一人で優勝するよりも、みんなで優勝した方が喜びそうな気がする。
「ウクリネスのところに行くついでに、生花ギルドに寄ってくる」
ミリィは今晩陽だまり亭に泊めよう。
事情を話して、明日の朝の仕事を代わってもらえるよう話しておく。
必要があれば、俺が穴埋めに行けばいいさ。
「では、デリアさんのお家にも寄っていただけませんか?」
ジネットの視線の先を見ると――
「すやぁ……」
デリアがテーブルに突っ伏して眠っていた。
ギルベルタと並んで。
同じような顔をして。
知らん間に飲んでいたらしい。
「デリアも嬉しかったんだな」
「はい。ずっとにこにこされていましたよ」
まぁ、上機嫌のまま寝かせてやればいいさ。
「じゃあ、カンパニュラとテレサもついでに送っていこう」
今日は酔っ払いが大勢泊まる。
お子様は安全なお家へ避難した方がいい。
それに、こいつらの親も、よく頑張った娘をたくさん褒めてやりたいだろうからな。
「あの、ヤーくん。まだ少し時間が早いように思いますが」
「大丈夫だ。なぁ、ジネット?」
「はい。イベントの日は、みなさん飲みに行かれることが多いですから、今日は少し早く店じまいしてしまいましょう」
「早めに帰って、ルピナスに精々褒められてこい」
「はい。では、帰り支度をしてまいりますね」
少し早いが、もう通常営業は終わりでいいだろう。
他所の区の領主様が、他人には見せられないレベルで痴態を晒しておられるし。
「テレサも準備してこい。ちょっと散歩して帰るぞ」
「ぁい! ……あ、はい!」
まだ少し時間に余裕があるだろうから、カンパニュラとテレサを連れてウクリネスの店まで行ってしまおう。
それから、金物ギルドに行ってノーマを預かることを伝えて、生花ギルドに寄ってギルド長にミリィのことを話して、カンパニュラを送り届けて、ヤップロックの家にテレサを届ける。
ま、こんな感じだな。
「では、ご足労をおかけしますが、よろしくお願いしますね」
「ジネットが気にすることじゃないだろう」
庭先まで見送りに来てくれたジネット。
その後ろからは、賑やかな声が外まで漏れ聞こえている。
「賑やかなもんだ」
「はい。とっても楽しいですね」
感性がちょっと違うんだよなぁ、俺と。
ジネットはきっと、『煩わしい』って言葉を知らないのだろう。
「じゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
「おやすみなさいませ、ジネット姉様」
「おやしゅ……おやすみ、なさい、てんちょーしゃ……ん」
「ふふ……。はい、おやすみなさい」
ベルティーナに指摘でもされたのか、言葉遣いを必死に直そうとしているテレサ。
その様子がすごく可愛いらしく、ジネットがにっこにこだ。
小さなお子様二人を連れ、陽だまり亭を出発する。
いつまで見送ってくれるつもりなのか、数歩進んで振り返ってもまだ、ジネットは庭先に立ってこちらを見守っていた。
「帰ったら、コーヒーを頼む」
「はい。準備して待ってますね」
頼み事をすると、ジネットは一層笑みを深めて手を振ってくれた。
それから俺は、お子様二人と今日のコンテストの話で盛り上がりつつ、お遣いをすべてこなしたのだった。
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