ベビコン5話 うちあげ! -2-

 大会前の宣言通り、ルシアは今晩陽だまり亭に泊まっていくつもりらしい。

 聞けば、乗ってきた馬車はイロハたちに開放し、すでに三十五区へ戻っているのだとか。

 お前も一緒に帰ればよかったのに。

 イロハたちだけ帰らせやがって、可哀想に。


「イロハたちは、まだ気軽に外泊できるような経済状況ではないからな。しかし、子供服のレンタルを始めれば彼女らの懐も暖かくなり、ゆくゆくは観光や旅行といった娯楽を存分に楽しめるようになるであろう」

「イロハたちがいないことに文句言ってんじゃなくて、お前が残ってることに不平不満が溢れ出てきてんだよ、俺は」

「『精霊の審判』があるこの街では、口にしたことを反故にするわけにはいかぬのでな。貴様の誘導尋問にまんまと引っかかってしまった我が身の甘さを悔やんでおるところだ」


 してねぇよ、誘導尋問。

 なにを、俺がお前に泊まっていってほしくて策を弄したなんてファンタジーを生み出してるんだ。捏造すんな、歴史を。


「ギルベルタ。今日はもう仕事はよい。以降は楽にするのだ」

「承知した、私は。感謝する、優しい心遣いに、ルシア様の」

「私も大好きだぞ☆」

「おい、ルシア。『も』の使い方を間違ってるぞ」


 ギルベルタは一言も言ってねぇよ、お前が好きだなんてな。


「エステラ様。店長さんに許可を頂いてまいりましたので、本日はエステラ様もこちらにお世話になってください」

「そうだね。ルシアさんが泊まるなら、ボクも付き合うよ。何かあったら困るし」


 とか言いながら、お前も遊び足りないだけだろうが。

 きっと、イベントが楽しくてテンション上がったままになってんだろうな。

「今日、すっごく楽しかったからまだ帰りたくない!」って……遊園地に連れて行ってもらったガキか。


「ナタリア。君ももう上がっていいよ。今日の仕事はここまでだ。お疲れ様」

「ありがとうございます。では――やーい、ぺったんこー」

「仕事が終わったからって暴言を吐くな!」

「はっ!? す、すみませんっ、給仕一同、裏ではいつもこんな感じですので……っ!」

「さも本当っぽい雰囲気出しながらそーゆーこと言わないで! 明日帰ったら全体ミーティングだから、給仕全員を集めてね!」


 はわわと焦ってみせるナタリア。

 仕事が終わった途端、盛大にエステラに甘えてるなぁ、あいつ。


 つか、こっちでも仕事上がりとか言うんだなぁ。


「毎度のことながら、楽しい主従だな、そなたらは」

「だよなぁ、お前んとこは面白いの主の方だけだもんな」

「くだらぬことをほざいておらんで酒を注げ、カタクチイワシ。今日はハビエルがおらぬのだぞ」

「え、なに? お前、毎回ハビエルにお酌させてんの?」


 知らないかもしれないけど、あいつって、外周区の領主よりも発言権があるって言われてる三大ギルドのギルド長なんだぜ?

 すっかり仲良くなっちまったなぁ。


「みなさん、お仕事が終わられたのでしたら、冷たいビールはいかがですか?」


 普段は取り扱わないビールを手に、ジネットがルシアたちの前にやって来る。

 このあとのルシアの世話を考慮してか、エステラだけが辞退し、ルシアと給仕長二人はキンキンに冷えたビールを受け取り、一気に煽る。


「美味しい、このお酒は」


 ほふぅっと息を吐き、ギルベルタが木製ジョッキをテーブルに置く。

 叩きつけないあたりがお上品。


「ぷはー! ギルベルタの言うとおりだ!」


 一方の主は、「ったーん!」とジョッキを叩きつけている。

 品性どこに落としてきたんだ、ヘイ、YOU?


「るしるし~、飲んでるぅ~? きゃぴるん☆」

「秒で悪酔いしないで、ナタリア!?」

「いえ、素です」

「それはそれで問題あるから自重するように!」


 ジョッキ一杯を一気に飲み干したナタリア。

 エステラにかまってもらえて顔がにやにやと緩んでいる。

 ……酔ってるじゃねぇか。この甘え上戸。


「ツマミを出せ、からくちいぁし!」


 お前ももう酔ってんじゃねぇか。

 ろれつ回らなくなるの早ぇな。


「つまみ出せばいいんだな」

「こらぁ、わらしの襟首をつまむのれはない! おつまみ、おーつーまーみぃー!」

「えぇい、面倒くさい! ギルベルタ」

「……すやすや」

「寝てらっしゃる!?」


 疲れが溜まっていたのか、ジョッキ一杯を空けたギルベルタはテーブルに突っ伏して寝息を立てていた。

 年中無休でお利口さんなギルベルタが、唯一厄介になる瞬間、それが寝起きだ。

 ……もう、こうなったら誰にも手を付けられない。


「つ~ま~みぃ~!」

「……すやすや、すぴろろろ~」


 お前らも、十分おもしろ主従じゃねぇか。


「はぁ……しょうがない。ロレッタ」

「はいです!」


 ロレッタを手招きし、ルシアの前に差し出す。


「おつまみだ。好きなだけ摘むがいい」

「おぉ~、絶妙なぷにぷに感」

「ちょっと待ってです! どーゆー状況です、これ!? お兄ちゃん!? ルシアさん!?」


 ロレッタの頬袋をぷにぷにと摘みまくるルシア。

 他とは違うもちもちぷにぷに感に、ルシアは大変満足そうな表情を浮かべている。


「なんかこそばゆいです! ミリリっちょ、ちょっと代わってです!」

「ぁの……ごめん、みりぃには、ちょっと荷が重い……かも?」


 すすすっと、ミリィが凄惨な事件現場から遠ざかっていく。

 俺も距離とっとこ。とっとこ、とっとこ、っと。


「なんでお兄ちゃんまで距離取ってるですか!?」

「とっとこヤシ太郎だからな」

「誰ですか、とっとこヤシ太郎!? ちょっと可愛い気がしないでもないですけども、そのネーミング!?」


 ふむ。

 お祝いだからと、一部アルコールを提供しただけでこの騒動。

 やっぱり、陽だまり亭に酒は置けないな。


「陽だまり亭に酔っ払いは似合わんな」

「似合う似合わないの前に、君が面倒くさがっているだけなんじゃないのかい?」

「それもある」


 エステラの指摘には素直に頷いておく。

 こんな面倒くさい酔っぱらいを連日相手にするなんてとんでもない。

 俺の胃がストレスで網タイツみたいになっちまう。


「そうだ、エステラ。網タイツと言えば――」

「そんな話は一言もしてなかったよ」


 そうか?

 今、俺の心は網タイツで占められているのだが……


「ウクリネスが網タイツの量産に成功したそうだぞ」

「あぁ……なんでも、足がキレイに見えるんだってね。とんでもない技術を詰め込んで、相当苦労して完成に漕ぎ着けたって聞いたよ」

「完成品見たか?」

「……献上されたよ」

「そうか☆」

「そんな期待に満ちた顔でこっち見ても、見せないからね!?」

「網タイツにピッタリの衣装があるんだ。俺の故郷の正装の一つでな、バニーガールというアダルティでむふふな――」

「却下!」

「なぜだ!?」

「君が『むふふ』とか言うからだよ!」

「……俺、そんなこと言ったか?」

「まさかの無自覚で、盛大にドン引きしているよ、ボクは今……」


 この街で再現できるように、必死に知恵を絞って完成させた網タイツ。

 俺が一本一本手作業で作ることなら可能だったが、それがついに量産できるようになったのだ!


 夢が広がる!

 未来は明るい!

 俺たちの戦いは、まだこれからだ!


「あれは、ちょっとむっちりした女子に穿いてもらってこそその真価を発揮するものなんだ」

「むっちりって……」


 エステラの足は細いからなぁ。

 網タイツを穿くには若干細過ぎる。

 やはり、網目にちょっと食い込むほどでないと。


 とはいえ、太い必要はない。

 健康的で十分に成熟していれば、網タイツはその脚線美の魅力を十全に魅せてくれることだろう。


「ジネットやノーマにこそ相応しい」

「ノーマは、言えば穿いてくれそうだけど……ジネットちゃんは無理だと思うよ」

「エロいものじゃないだろうに!?」

「なんであんなに隙間を空けなきゃいけないのか、いまいち理解に苦しむよ」

「でも、足のシルエットが綺麗に見えるだろ?」

「う……むぅ…………まぁ、悪くはない、かな」


 そうなんだよ。

 綺麗なんだよ、網タイツ。

 引き締まって見えるし、足が長く見える。


「そして、ほのかにエロい☆」

「君の言う『ほのか』がどの程度なのか、見極めてから流通させるようにするよ」


 まぁいい。

 きっとこの街の連中なら、新しいファッションに飛びついてくれるさ。

 そのためには、効果的な広報と魅力的な広告塔モデルが必要だな。

 

「よし、ノーマ、ナタリア、イメルダ。今日は俺がみんなを歓待しよう。心ゆくまで楽しんでいってくれ☆」

「君の網タイツにかける本気度に、驚愕を禁じ得ないよ……そんなに見たい?」

「見たい!」

「…………」


 俺の熱量に押され、エステラは思わずと言った風に口を閉じる。

 そして、俺の目をじぃっと見つめてしばし黙り込む。


「……そんなに見たいなら、ちょっとだけ、……見せて、あげようか?」


 マジでか!?


「い、いや、ほら! 君は今日審査委員長を勤め上げてくれたし、それ以前にも、広報用のドレスとか、コンテストにも各部門に一つ以上の作品を出してくれたし……パッチワークの生地とか、この街にとってもいろいろと有益な情報をもたらしてくれたから、だから……その、お礼、的な?」

「頑張ってよかったぁー!」

「そんな全力で喜ばないでよ!」


 きゃんっと吠えたあと、「……恥ずかしいじゃないか」と、そっぽを向く。

 おぉ、なんだ?

 エステラが分かりやすくデレている。

 ここ数日、無心に頑張り続けた結果か?

「お天道様はいつもお前を見ているよ」と言っていた女将さんの言葉は本当だったのか!


「じゃあ、見たい!」

「う…………うん。じゃあ、今度、ね」


 おぉっ!?

 なんか、今ならどんなお願いも聞いてもらえそう!


「ついでにナデナデすりすりもしたい!」

「それは無理っ!」


 無理なのかよ!?

 ちょっとちゃんと見てた、お天道様!?

 俺、メッチャ頑張ってたんですけどぉー!?


「では、私も便乗させていただきましょう」


 と、酒でほのかに頬を染めたナタリアがエステラの隣に並び立つ。


「細いだけが取り柄のエステラ様に本当の脚線美とはどういうものなのかをお見せいたします!」

「ボクに対抗意識を燃やすな!」

「面白そうな話をしておるではないか?」


 と、こちらは完全に出来上がって顔を真っ赤に染めたルシア。

 ゆらりと立ち上がり、ナタリアの隣へ並び立…………今にも転けそうだな、おい。


「脚線美なら私も負けてはおらぬ。そこのエロクチイァシも、隙あらば私の脚を見てこようとしておるからな」


 ろれつの回らない口で、よく分からない自慢を勝ち誇ったようにのたまうルシア。

 そう思うなら普段からもっと足出せよ。毎度毎度裾の長いスカートばっかり穿きやがって。

 ミニスカ流行らせるぞ、情報紙で!


「……お、それいいんじゃね?」

「今目論んだくだらない企みは、この場で忘却するように」


 エステラに冷たい目で釘を刺された。

 横暴だわ!


「では明日、皆様でお披露目と参りましょう」

「ふふん、望むところだ」


 おそらく、何の話か理解していないであろうルシアが、ナタリアの言葉にまんまとのっかっていた。


 ……あいつ絶対、明日の朝悶絶するぞ。

 羞恥心に殺されるなよ。


 さっき自分で「『精霊の審判』があるこの街では、口にしたことを反故にするわけにはいかぬのでな」とか言ってたくせに……迂闊なヤツだ。


 でも、網タイツの脚線美は見たいので指摘してやんない☆


 明日が楽しみだな~っと♪






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る